第2話 少年期 日課の鍛錬と前世の記憶

「シオン様お出かけですか?」

 屋敷の正門でシオンは門番に声をかけられた。鎧を着込み兜をつけ、手に槍を携えている姿は風格がある。

「うん、外で鍛練してきます」

「左様ですか。お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 門番は脇を閉め右手を左胸の前につけて頭を下げる。正式な礼というものらしい。

 ほんと僕にする必要なんてないのに。

「うん、ありがとう」


 シオンはジョギングしながら街道を抜けていく。まだ朝早い時間もあってか、何処も人の姿はまばらだ。これがもう少しすると活気あふれる状態になる。特に昼時の屋台通りはとてつもない。小さいころ人の波に流されかけたことを思い出し、身を震わせつつもシオンは歩みを進めた。


 着いたのは街の外れにある草原地帯。青々とした芝が一面に生い茂り、その真ん中辺りに大きな木が生えている。少なくとも100年以上は経っているとされる巨木は、鬱蒼と葉を生やし、風が吹くたびにサラサラと音を奏でる。その音を聞いていると、なんとなく落ち着く感じがしてシオンは好きだった。


「さて、始めるか」

 シオンは腰からぶら下げていた木剣を両手で持つと、型がブレたりしないよう意識しながら剣を振り始める。


「1、2、3」

 剣を振るたびに風を切る音が聞こえてくる。振り始めた当初と比べると、音の鋭さは見違えるほど良くなっている。その後も一心不乱に剣を振り続け、半刻かけて300回振り終えると、シオンは剣を置いてその場に大の字になって寝そべった。


「疲れたー」

 少しづつ上りかけている太陽を見ながら息を整える。眼前には青い空が広がり、近くから小鳥のさえずりも聞こえてくる。程よい疲れも相まって睡魔に襲われそうになりつつも、なんとか起き上がりまた剣を構える。


 今度は仮想の敵を想像し、その動きに合わせてステップしつつ剣を振るう。時に大きく、時に繊細に。それから1刻半、シオンは仮想敵に合わせて剣を振り続けた。


「はぁ、はぁ、今日はこれで終わり」

 剣を腰に戻して巨木に背中を預けながら座る。

「少しは強くなってるのかな?」

 腕を見ながら呟く。最初の頃に比べれば剣も振れるようになっているが、実際に魔物などと戦ったことはないから実感が湧かない。


「また適正もわからないし」

 この世界では12歳の誕生日に教会で祝福を受けることで相性がいい魔法の適性や、スキルがわかる。その為、まだ11歳のシオンは自分がどの属性の魔法と相性がいいとかスキルがわからないのだ。


「でもあと1週間の辛抱か」

 そう、シオンの誕生日は一週間後に迫っていた。不安もあるがそれと同じぐらい期待もある。できることなら複数の魔法の適正があればいいと思うが、あまり高望みしすぎるのも良くない。相性のいい属性が一つあるだけでも凄いことなのだ。それに相性が良くなくても属性の魔法を使うことはできる。勿論、相性の良い人より多くの魔力が必要になるし、威力や効力なども落ちてしまうが。

 シオンははやる気持ちを抑えつつ立ち上がり、ズボンについた葉を叩いて落とす。


 シオンが鍛練をする理由。それは彼が8歳の時のことだ。

 急な頭痛で倒れるように意識を失った日から、シオンは三日三晩高熱にうなされ続けた。高熱と苦しさで夢現のような状況になる中、この世界とは全く違う世界の記憶が頭の中にあることにシオンは気づいた。そして、それが自分の前世なのだと理解していた。何故だかわからないが、そうなのだとすぐにわかった。


 前世の自分はずっと病院と呼ばれる場所でベッドに横になっていた。幼い頃からずっと。そして窓の外を羨ましそうに見ていたのだ。

『外を走り回りたい』

『友達と遊びたい』

 そんな感情がシオンに届く。

 そうか、前世の自分は病気でまともに外に出ていなかったのか……


 病弱な体だった前世の自分は、いつしか本を読むことに夢中になっていった。外を出歩けない代わりに、想像の中でこの世界を楽しもうとしていたのだ。


 やがて、無数に存在している本の中から、前世のシオンは冒険小説ばかりを好んで読むようになっていった。

『いつか僕もこの小説みたいな冒険をしたい』

 その思いがシオンの中にじんわりと入ってくる。


『いつか生まれ変わって、丈夫な体を持てたら、冒険がしたいな』


 そんな彼の思いが届いたところでシオンは目を覚ました。

 その日以降、シオンは冒険者になることを決め、鍛錬をするようになっていった。

 元々、家を継ぐ立場でもない三男であるし、自分の食い扶持を得るための一つとして冒険者は候補の一つとして考えていた。


 それに、僕は本当のローゼンベルク家の息子ではないしね。

 少しだけそんなことを考えながら、シオンは屋敷への帰路についた。 

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