第3話 少年期 1人目の兄さん

「シオンじゃないか!」

 屋敷への帰り道、シオンは後ろから聞こえた声と同時に両脇に手を入れられてグイっと抱えられた。こんなことをする人間は一人しか知らない。


「ブルーノ兄さん降ろしてください!」

 シオンが抗議するもブルーノは、「いいじゃないか、久々に会ったんだからよー」と全く聞く耳を持たない。


 昼も近くなり街は大勢の人で賑わい始めている。そんな中で持ち上げられているのだから、あちこちから好奇の視線が飛んでくる。シオンはブルーノから逃れようと体を動かすが、8歳の年の差は大きく全くうまくいかない。


 そうこうしていると、周りの住民たちも「ああ、あれは、ローゼンベルク家の長男に3男だ」と気づき始め、微笑ましい目をしてくるから余計に恥ずかしくなる。


「久々と言ってもたった一ヶ月ぶりじゃないですか!」

「いや、一ヶ月もだ!」


 結局、ブルーノがシオンを降ろしたのはそれから3分が過ぎた頃だった。シオンは恨みがましくブルーノを睨みつけるが、ブルーノは気にした様子もなく高らかに笑っている。


 銀色の髪に鍛えられた体。大きな瞳に時折見せる少年の様な笑顔。偉丈夫と呼ぶに相応しい姿。髪の毛の色こそ違えど、名君と名高い現当主の若い頃にそっくりだと評判だ。


「また身長が伸びたな」

 懲りもせず今度は頭を撫でてこようとする手をシオンは素早くかわす。

「……成長期ですので」

「すまん、すまん、怒ったか?」

「……別に怒ってなんかいません」

「いや、ほんと悪かったよ」


 ブルーノは頭をポリポリとかく。銀色の髪が日に当たりキラキラと輝いて見える。シオンは一瞬それを羨ましそうに見上げていたが、すぐに顔を逸らし歩き出す。


「どうだ、あれから剣術は上達したか?」

 ブルーノはすぐさまシオンの横につくと顔を覗き込もうとしながら尋ねてくる。護衛の騎士たちには「シオンと帰るから先に戻るように」と言いつけてまで一緒に帰ろうとするぐらいにはブルーノはブラコンだった。


「……少しは」

「なら明日にでも一緒に鍛錬するか」

「忙しいんじゃないんですか」


 ブルーノは跡継ぎとして領地運営を手伝っている。ひと月も屋敷にいなかったのはその一環で、領内の街を見回りにいっていたのだ。本音を言えば、シオンも領内の随一の腕を誇るブルーノと鍛錬を行いたい。だが、その皺寄せで既に父さんの片腕として働いているブルーノをさらに忙しくさせたくはないのだ。


「大丈夫だよ、それぐらいの余裕はちゃんとあるし、何より俺がそんなやわじゃないことは知ってるだろ」

「それは、まあ」

「だろ、だから遠慮すんな!」


 にっこりとブルーノが笑いかけてくる。その笑顔を盗み見た街の女性から熱い吐息が漏れる。本人は全く意識していないからタチが悪い。

 

 シオンもそこまで言ってくれているのに断るのも逆に失礼だし、何より一緒に鍛錬できることが嬉しい為、「よろしくお願いします」と返した。


「しかし、どれだけ強くなったか楽しみだなー」

「そんな変わらないと思います」

 そもそも競う相手がいない為、自分がどれだけ強くなっているのかシオンにはいまいち判断がつかない。


「心配すんな、シオンはちゃんと強くなってるよ、この俺が保証してやる」

「そうかな」

「ああ、もっと自信を持っていいぞ」


 そっか、ちゃんと強くなれているのか。ブルーノはおおらかで優しいが、武芸に関してだけは人一倍厳しい。そのブルーノから強くなっていると言ってもらえたことで、シオンの口元は知らずに緩んでしまっていた。


「しかし、シオンももう12歳になるのかー」

「はい」

「初めて見た時はこんな小さかったのにな」

「そんな小さくはないですよ」

 シオンとブルーノはたわいのない会話を続けながら、屋敷への道を歩いていった。

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