第7話 少年期 ご褒美の準備と使用人の少女

「それでシオンお兄さま、ご褒美に何をくれるんですか?」

 待ちきれないといった様子でリアが聞いてくる。

「少しだけ待ってね」


 屋敷に戻ったシオンとリアは食堂にきていた。早く早くと目で訴えかけてくるリアを椅子に座らせて、シオンは厨房に入る。事前にエマに確認を取ったところ、今の時間帯であればほとんどの料理担当の使用人は休憩に入っているから好きに使ってもらっていいとの話だった。

「はぁ、私才能ないのかな」

 厨房の奥からそんなぼやき声が聞こえた。声のする方にシオンが顔を向けると、流し台で皿を洗っている使用人の後ろ姿が見えた。次々と洗い終わった皿を水切りかごに移しているが、後ろ姿からも覇気がないのが見て取れた。頭の上にある二つの耳はぺたんとなり、真っ白なモフモフしそうなしっぽは力なく垂れ下がっている。

「……やっぱり、獣人の私には無理なのかな」

「……あの」

「……ぴゃい⁉」

 シオンが恐る恐る声をかけると、彼女はびくりと体を竦ませばっとこちらを振り向いた。

「驚かせてしまってすいません」

「し、シオン様⁉ どうしてこちらに⁉」

 見たところシオンより4、5つぐらい上ぐらいだろうか。女性の使用人が着ているロングスカートのメイド服に白いエプロンを着ている彼女はシオンが厨房に入っていることに驚いている様子だった。

「なにか料理をご所望でしょうか? すいません、今は私以外休憩に入っているので、簡単なものであればすぐに出せるのですが……」

 申し訳なさそうに獣人の彼女が答える。

「いえ、少しだけ厨房を使わせてもらいたくて、エマさんから許可も貰っているので」

「厨房をですか? メイド長から許可を頂いているのであればご自由に使っていただいて問題ありませんけど……」

 たどたどしい言葉遣いの中で、何で貴族様が厨房を使うのだろうと不思議に思っている風だった。


 ほとんどの貴族は自分で料理はしない。曰く、自分たちで料理をすると、料理人の仕事がなくなってしまうとか、大層なことを理由に挙げているものがいるらしいが、実際の所、自分が作るよりもおいしい料理が何の労力もなしに出てくるからだろう。ローゼンベルク家でも料理をしようとするものはシオン以外いない。


「ありがとうございます」

 シオンはお礼を言って、壁際に置いてある食材庫の扉を開ける。中には肉や、魚、野菜などが綺麗にジャンル分けしておかれており、その後ろの方には巨大な氷が入った入れ物が置かれている。この氷で食材庫に入っている食材が痛まないようにしているようだ。

「えっと、果物を少しいただいても良いですか?」

「えっ、あっはい。大丈夫だと思います」

「ありがとうございます」

 シオンは食材庫から苺と葡萄を取り出して調理台に置く。

「あの、お邪魔かと思いますので、私は少し席を外します。ご使用になられたものはそのまま置いて貰えれば後で私が洗っておきますので」

 彼女は食堂とは反対にある庭へと続く勝手口から出て行こうとする。

「ちょっと待って貰えますか?」

「はい、なんでしょうか?」

 振り返った使用人の瞳はうっすらと涙の痕が見える。きっと僕にはわからない大変なことがあったんだろう。


「作るの手伝って貰えませんか? やっぱり本物の料理人がいた方が効率もいいですし」

「でしたらすぐに私より仕事のできる先輩たちをお呼びして……」

「リアがもう待てないって感じだからあまり時間をかけられないんだ。お願いします」

 使用人の言葉を遮るようにシオンは口を開く。なんとなく、この子をこのまま放置していたらそう遠くないうちにやめてしまうだろうという予感があった。

「……承知いたしました。何をお手伝いすればよろしいですか?」

 雇用主からここまで言われて断れるわけもなく、使用人はシオンの横までやってくる。近くで見るとシオンよりも頭一つ分ぐらい背が高い。

「ありがとうございます、この苺を半分に切って鍋で砂糖と一緒に煮て貰えますか。食感とかも残したいので完全に潰さない程度でお願いします」

「承知いたしました」

 使用人は手際よく苺を半分に切って鍋に入れていく。シオンはその横で葡萄の皮を一つ一つ丁寧に向いていく。

「……」

 使用人は何も言わず苺の入った鍋に砂糖を入れ、焦げないように木べらで優しくかき回す。

「……新しく入ってくださった方ですよね」

「はい、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。3週間前よりメイド兼料理人見習いとして雇っていただいている白狼族のフェリと申します」

「フェリさんですね、宜しくお願いします」

 シオンが笑いかけるが、フェリの表情は曇ったままだった。

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