第8話 少年期 使用人は白狼族の料理人見習い
「シオン様、苺の方はこれぐらいでよろしいですか?」
フェリは火からおろした鍋をシオンに見せる。
「ばっちりです! ありがとうございます」
「いえ、次は何をすればよろしいですか?」
「なら、この葡萄も同じように鍋で砂糖と煮詰めて貰えますか?」
「承知いたしました」
フェリはシオンの所から皮の向かれた葡萄と貰って再び鍋を火にかける。
「その、何かあったんですか?」
「えっ?」
「すいません、盗み聞きするつもりはなかったんですが……」
申し訳なさそうにするシオンがちらりとフェリを上目がちに見る。
「いえ、誰かに聞かれるようなところで弱音を吐いていた自分が悪いんです」
「その、もし誰かに嫌がらせとかされているなら言ってもらえれば……」
「そんなことはないです! 皆さん良くしてくれてます。全部、私が悪いんですよ」
今度はフェリがシオンの言葉を遮るように答えた。
「よかったら話してもらえませんか? 誰かに話すだけで楽になるかもしれませんし」
「でも……」
フェリが口ごもる。彼女からしたら雇用主側であり、自分よりも年下の子に愚痴のような話はなかなかできないだろう。かと言ってシオンの善意を無下にするわけにもいかない。少ししてフェリはぽつぽつと語りだした。
「シオン様は白狼族と聞いてどんなイメージが浮かびますか?」
「えっと……武闘派とか、かな」
白狼族。人間よりも基礎体力に優れている獣人たちの中でも一際腕力や脚力にたけた一族で、多くが冒険者や騎士などになっていると聞いている。その分魔法については自分たちにバフをかける無属性魔法ぐらいしか使えないらしいが、それを差し引いてもお釣りがくるぐらい圧倒的な身体能力を持っている。それがシオンが本や聞いた話からイメージする白狼族だった。
「そうですね、その通りだと思います」
フェリは何処か寂しそうに頷く。
「私も小さい頃から武芸の稽古に励んでいました。12歳の時に槍術のスキルも授かっていることが発覚してからはより一層。体を動かすことは嫌いではなかったので、武芸の稽古も嫌ではなかったです。ただ、私にはそれよりも好きなことがありました。それが料理です」
フェリは葡萄の鍋をそっと火からおろす。
「きっかけは小さい時に私が作った料理を両親が美味しいと言って食べてくれたことでした。そこから独学で勉強を重ねて、やっぱり武芸を極めるよりも料理人になりたいと思うようになりました。15歳の誕生日のとき私はそのことを両親に打ち明けました。周りの白狼族からは反対されましたが、両親はお前が本当にやりたいことなら応援すると言って私を送り出してくれました」
「……」
シオンは手を止めフェリの話にしっかりと耳を傾ける。
「これまで様々な場所の料理店に働かせてほしいとお願いをしました。ただ何処も雇ってくれませんでした。この耳としっぽの所為です。衛生的によくないとか、獣人に繊細な味がわかるわけないとか言われたこともありました。そんな折、ローゼンベルク領の領主様の家で料理人を募集するという話を聞いて、私は最後にと思ってきました。ローゼンベルクの領主様は獣人だろうと差別しないという噂も聞いていましたし」
「……」
ローゼンベルク領ではありえないが、他の国や領では獣人への差別があると言うのは聞いたことがあった。きっと人間の僕ではわからない辛いことがたくさんあったんだろうと思うとシオンは気軽に声をかけられない。
「結果として、メイド兼任の料理人見習いとして雇っていただけることになりました。本当に嬉しかったですし、ここから頑張っていこうって思ったんです。でも……」
フェリは言葉を止めた。よく見ると握りしめた手が小刻みに震えていた。
「たった3週間ですがわかってしまったんです。自分が作っていた料理とはレベルが違い過ぎました。私と同じタイミングで入ってきた人も私なんかより圧倒的に上手な方ばかりで、正直、このまま続けていけるのか不安になってしまったんです」
フェリはそう言って話を終えた。
「こんな愚痴なんか聞かせてしまって申し訳ありません」
「そんな、僕が無理を言ったせいなので気にしないでください。……あの、フェリさん一つ聞いてもいいですか?」
「はい? なんでしょうか?」
シオンは少し考えた後、フェリに問いかける。
「今でも料理することは好きですか?」
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