第115話 少年期 万能薬の性能
「セシリー先輩ありがとうございました。フェリクスも」
「気にしないで」
「僕のことは気にしないでいいから早く届けてくるといいよ」
「うん、ありがとう!」
シオンは2人に頭を下げた後、屋敷へ向け駆け出した。
「戻りましたっ!」
屋敷に戻ったシオンはそのままレアーネが寝ている部屋に駆け込む。
「おかえりなさい」
「ティアナ姉さん、レアーネさんの容態は?」
「かなり衰弱が進んでるみたい」
「お姉ちゃん、シオン様が来てくれたよ」
彼女の手を両手で包むように握っていたルルが声を上げる。
悪化しているのは一目見てわかった。すぐにこれを飲ませないと。
「レアーネさん、聞こえますか?」
レアーネがゆっくりと目を開く。
「これを飲んでください」
「……それは?」
「万能薬です」
「……っ!?」
彼女の目が僅かに揺れる。
「これを飲めば治ります。だから……」
「必要、ない」
被せられた言葉は拒絶だった。
「お姉ちゃん、これを飲めば治るんだよ!?」
ルルが大声を上げる。
「それが、本物の、万能薬だって確証がない」
激しく咳き込みながら、彼女はシオンを睨みつける。
彼女はエルベン家からの依頼を断ったせいで毒を盛られた。それだけでも貴族を恨むようになるのは当然だろう。
「お前たち貴族は、善人のフリをして、私たちから大切なものを、奪っていく」
「そんなやつの言葉を、どうやって信じろと?」
「お姉ちゃん……」
「……っ」
レアーネの言葉がシオンに突き刺さる。この件だけじゃない。きっと彼女たちはこれまでにも獣人であるだけで不当な扱いを受けてきた過去があるんだ。
「第一、数回しか会ったことがない私に、ゴホッゴホッ、万能薬なんて、使わせるわけがない」
ルルの補助を受けながら、レアーネがベッドから上体を起こしていく。
「どうせ、中身は偽物で、私たちがぬか喜びする様を、嘲笑いたいんでしょ」
「シオンがこれを手に入れるのにどれだけ……」
「ティアナ姉さん」
食って掛かりそうな勢いで立ち上がったティアナの前にシオンが素早く回り込む。
「でもシオン、いまのはいくら何でも……」
「僕は大丈夫ですから」
なおも怒りが収まらない様子のティアナにシオンがにっこりと微笑む。
「シオン……わかったわよ」
ティアナは不満そうにしながらも怒りを抑えていく。
「レアーネさん」
彼女の視線がシオンに向く。
「一つだけ約束してください。この万能薬が本物だって証明できたら飲むって」
シオンがまっすぐに見つめ続ける。
「……」
「……」
「……本物ならね」
数秒して真剣な眼差しに気圧されるようにレアーネが瞳を逸らす。その答えが聞けただけで十分だ。
万能薬はその名の通り、どんなものにでも効果を発揮すると言われている。そしてその効果は絶大とも。だったら……。
「シオンっ!?」
ティアナが驚くのも無理はない。シオンはその場で腰から下げていた剣を引き抜いたのだ。
「……っ!」
レアーネはルルを守るように胸にかき抱く。人は窮地に追い込まれた時に本性が出る。彼女の行動は心から妹を大切に思っていなければできない。自分は毒でぼろぼろなのに、それでもルルの為に命をとして守ろうとする。
そんな人が死んでしまっていいわけがない!
シオンは剣を右手に持つと、刀身を左腕に添えて一息に引いた。
「うっ……」
覚悟していたけどそれでも我慢しきれなかった。思ったより深く傷がついてしまったのか。腕からだらだらと血が流れ出て、腕を、指先をつたって、赤い雫となり床にぼたぼたと落ちていく。
「誰かっ!」
ティアナが大声を上げながら使用人たちを呼びに部屋を飛び出していく。
「レアーネさん、見ててください」
シオンは痛みを堪えながら万能薬のキャップを開けると、傷口に数滴垂らしていく。
「……っ」
彼女が息を呑むのがわかった。それなりに深い傷口がみるみるうちに塞がっていき、数秒もしないうちになくなったのだ。
「これで本物だってわかって貰えましたよね?」
「……」
彼女は小さくだが、確実に首を縦に振った。
「なら、早くこれを」
「ゔっ……」
シオンが言い終える前に急にレアーネがその場にばたりと倒れこんだ。
「お姉ちゃん!? お姉ちゃん!」
ルルが彼女の体を必死に揺する。
「レアーネさん!」
シオンも慌てて彼女に駆け寄り、口元に万能薬をあてがう。
「早く飲んでください!」
シオンが必死に声をかけるも彼女は上手く飲んでくれない。ルルを守ろうと無理やり動いた反動かもしれない。
「……疑って、悪かった」
掠れて弱弱しい声音。
「そんなことはいいですから早く」
だが、口に入りそうになるたびに咳き込んでしまい、上手くいかない。次第に彼女は苦しそうにうめき声を上げ始める。
「お姉ちゃん、死なないで!」
ルルが大粒の涙を頬から零れさせていく。ここまできて諦めるわけにはいかない。
「レアーネさん、後でいくらでも怒って貰って構いません……」
そんなセリフを吐いてから、シオンは残っていた万能薬を全て口に含む。
「シオンっ! お医者様を連れて……」
バンッとドアを蹴破る勢いで入ってきたティアナが固まった。
「ティアナ様どうし……」
彼女に連れられたフェリも眼前の光景を前に耳と尻尾をピンと尖らせてる。その後ろに控える使用人たちも想定していない状況に動きを止めてしまう。
唯一の救いは彼らがドア付近で立ち止まったことで、後ろにいたリアが入ってこれなかったことだろう。
シオンがゆっくりと唇をレアーネから離した。
彼女は頬を染めながらぱくぱくと口を動かしているがどれも言葉にならない。
顔色が良くなってる。よかった。
レアーネの様子に安堵した途端、シオンの体がふらりと揺れる。
やばい、血が出過ぎたかも……。
「シオン様っ!?」
慌てたフェリの声を後ろに聞きながら、シオンは意識を手放した。
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