第122話 少年期 セシリーの手伝い
「えっと……ここで間違いないよね?」
ブレッチア商会でクロスボウを買った日から3日。使いやすい武器ということもあってある程度使い方を理解し始めた頃。
シオンは大通りから一本外れた路地にあるカフェの前に来ていた。その理由はクロスボウを買ったあの日に遡る。
「シオン君、ちょうどいいところに!」
クロスボウとフェリ用の弓を買い終え、ブレッチア商会から出ようとしたところでばったりとセシリーと会ったのだ。
「セシリー先輩!?」
セシリーはシオンの手を掴むとそのまま商会内のバックヤードに向かい、商談で使用する部屋の1つに連れて行く。
「シオン君、この前の件で私に貸しがあるよね?」
「は、はい……」
ぐいっと距離を詰めて来られてシオンはその分だけ後ろに下がった。
「シオン様、私の後ろに」
シオンを守るようにフェリがその間に体を入れてくれる。女の子に守ってもらうような形で情けないけど、今はそうも言ってられない。
さっきから凄く、いや、物凄く嫌な予感がしているのだ。
「ちょっとだけ手伝って欲しいことがあるんだよね」
セシリーはフェリの後ろを覗き込むようにしながら頼んでくる。言葉こそ柔らかいが、断れない雰囲気をひしひしと感じていた。
「当然手伝ってくれるよね?」
「……わかりました」
「流石シオン君!」
「シオン様、よろしいのですか?」
嬉しそうに小躍りしているセシリーを横目にフェリが心配そうに声をかけてくれる。
「うん、ルルとレアーネさんを助けるときに手伝ってもらってるし」
それに彼女に貸しを残したままと言うのは少し怖い。
「それでセシリー先輩、何をすればいいんですか?」
「ちょっと待ってね」
セシリーはテーブルの上にある紙にペンをするすると走らせていく。
「3日後、ここに来てくれる?」
そう言って即席の地図を満面の笑みで渡してきた。
「こうしちゃいられない、各方面に連絡を入れておかないと。……楽しみだな♪」
ぶつぶつと呟かれた彼女の言葉には聞こえないふりをした。
セシリー先輩の話だと一日カフェの接客をするだけって話だったけど……。
店舗を見た限り変な感じはしない何処にでもありそうなカフェのように思える。
けど、あまり油断しない方がいいよね。一日接客をするだけで貸し1つがチャラになるなんて思えない。なにか裏があるのではと勘ぐってしまう。
「……ふぅ、よしっ」
気合いを入れると、シオンはお店のドアを開けた。
「すみません」
「はいはーい、っとシオン君、待ってたよ!」
入り口付近で声をかけると奥の方からセシリー先輩がひょっこりと顔を出してきた。
「こっち来てくれる?」
手招きされるまま彼女の元に近づいていく。
「早速だけど、まずこれに着替えてくれるかな」
「えっとこれは」
「うちのカフェの制服、この奥に更衣室があるから」
「わかりました」
「着替え終わったらここに戻って来てね。やってもらいたいこと教えるから」
「はい」
シオンは受け取った制服を持って更衣室に入ると、中にいた4人の視線がシオンに集まった。手渡された制服と同じ服装だからこの店の店員さんたちだろう。
「あっ、君がセシリーさんが呼んでくれた助っ人だよね?」
「はっ、はいシオンです」
「よろしく」
「よろしくっ!」
「ああ」
「……よろしく」
「このロッカー使ってもらって大丈夫だから」
「ありがとうございます」
お礼を言って服を着替えていく。なんだがうちの学院の制服と似ている気がする。
「やっぱり現役の学院生は違うね」
着替え終わったシオンを店員さんたちがじっと見つめてきてうんうんと頷き合っている。
「その、どこか変なところありますか?」
「そんなことないですよ」
「ばっちりだぞ!」
「まあ、似合ってるんじゃねぇの?」
「……(ぐっ)」
「あ、ありがとうございます」
小説のキャラクターを演じているような返しに戸惑いを感じてしまう。
「それじゃあフロアの方に行きましょうか」
「おっけー」
「ああ」
「……(こくん)」
ぞろぞろと出て行く店員さんたちの後に続いてシオンもフロアに戻る。
「みんな来たね。じゃあ開店の準備お願い。私はシオン君の研修するから」
セシリーはゆっくりとシオンの目の前までやってくる。
「うん、やっぱり私の目に狂いはなかった」
つま先からてっぺんまで眺めて大きく頷きを一つ。
「シオン君。今日やってもらいたいことなんだけど……」
ぱっ、とシオンに2、3枚の資料を渡される。そこには男性のイラストと性格、口調などが書かれている。
「えっと……もしかして、これを……?」
資料から視線を上げるとにこっと笑われる。
「……」
……1時間後。
「その、セシリー先輩」
「どうしたのシオン君? 大丈夫、その服装凄く似合ってるよ」
「ありがとうございます、ってそうじゃなくて!」
「んっ?」
「その、本当にやらないとダメなんですかね?」
「もちろん」
満面の笑みで頷かれる。やっぱりそんな甘いわけがなかったんだ……。
「いやー、ホント助かったよ。ちょうど弟系の子がいなかったからさ」
ニマニマと笑みを浮かべる彼女。
「セシリーさん、もう開店してしまっていいですか?」
「そうだね、少し早いけど開店しちゃおう。みんな今日一日よろしくね」
「はい」
「わかってるよ」
「おう」
「……(コクリ)」
セシリーの声に店員さんたちが一斉に反応する。
「シオン君、期待してるからね」
「……頑張ります」
そう答えるのが精一杯だった。
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