第101話 少年期 セシリーとの取引

 どういうこと?

 呆気に取られて固まったシオンに男子生徒が尚も声をかける。

「さぁ! 思いっきり頼む!」

「えっと……」

 全然理解が追い付かない。この人何をしようとしているんだ?


「もしかして、全力でぶつけられたら怪我してしまうとか思っているのかい? それなら心配はいらない。これでも鍛えてるし、こう見えて武術も魔法も得意だからね」

 そういう問題なのだろうか……。

「えっと、斜め45度ぐらいで背中に向かって風魔法を放てばいいんですよね?」

「ああ! 頼むっ!」

「わ、わかりました」


 正直何もわかってはいなかったが、本人がそうして欲しいと言っているし、僕としても行きたいところがあるから、早く済ませた方がお互いにいい気がする。


 シオンは意識を集中させる。斜め45度上空に飛ばしたいんだから打ち上げるような軌道が必要だろう。シオンは風の球が浮き上がるようなイメージをしていく。


「おいっ、いたぞ!」

「しまった、どうやら見つかってしまったね」

「え?」

 振り返ると、彼を探していたのか数名の生徒たちがこちらに駆けてくるのが見えた。本当にどういうこと?


「さぁ、準備はできているだろう、早く撃ってくれ!」

「は、はい。それじゃあいきます」

 シオンは言われた通り風の球を男子生徒の背中に向けて打ち出す。放たれた魔法はシオンのイメージ通り、やや下の方から彼の背中に着弾する。その瞬間男子生徒は翼の模型を付けた両手を大きく広げた。


 衝撃と同時に強い風が巻き起こる。そして、男子生徒は宙に浮かぶ。

「飛んでる! 飛んでるぞっ!」

 そんな叫び声がシオンの数メートル上空から聞こえてくる。男子生徒は陽気な声を上げながら両手をバタバタと羽ばたかせる。だが、当然それで飛び続けられるわけなんてなく。男子生徒の高度は徐々に徐々に下がっていき、そして地面に着地した。


 距離にして20メートルあるかないかぐらいだろう。だが、男子生徒は満足そうに両手を天に向かって掲げている。

「よっしゃー!」

「???」

 最早、疑問しかないシオンの横を生徒たちが追い越していき、男子生徒に向かって飛び掛かっていく。だが、男子生徒は軽やかな動きでそれらを全て躱していく。


 凄い。少なくとも武術に関しては得意と言っていたのは本当のことのようだ。

「いやぁ、君のお陰で最高記録が出たよ! ありがとう!」

「……っ!」

 いつの間に目の前にっ!?


「驚いたかい? これでも6年生だからね。先輩として少しは凄いところを見せないと」

 男子生徒はそう言ってシオンにウィンクしてみせる。

「おっと、彼らがくるからこの辺で、また良かったら手伝ってくれ。じゃねー」

 男子生徒は風のようにその場を消えていく。


 ほんと何だったんだろう……。

 結局、シオンは答えを見いだせないまま暫くその場に立ち尽くしていた。


「それで、シオン君何か用かな?」

 シオンが巻き込まれた謎の一件から少しして、シオンは学院内の外れにある一室にいた。壁中にスクープだの疑惑だの書かれた紙が貼られており、かなり大きなテーブルの上はノートや資料で酷い有様だ。


 泥棒にでも入られたかのような状況なのに、セシリーはまるで気にしたそぶりなくシオンに紅茶を渡す。どうやらこれは新聞委員会の日常風景のようだ。


「実は調べたいことがありまして……」

「調べたいこと?」

 セシリーの目が怪しく光る。

「内容を教えてくれる?」

「はい、ただ、周りには広めないで欲しいんです」

「なんだがきな臭そうなかんじだねー」

 セリフとは裏腹にセシリーの声音が弾む。


「こう見えても口は堅い方だから安心して」

 周りの人たちからの話だとあんまりそういう感じはしないけど……。シオンはそう思いつつも調べたい内容をセシリーに話していく。


「ふーん、なるほどー」

 一通り話を聞き終えたセシリーが口を開く。

「でも、それだったらどの貴族が依頼を出しているのかとか調べるより、違うことを調べたほうが良さそうだね」

「えっ?」

「だってティアナ先輩が学院内で話を集めてるんでしょ? そしたらそう遠くないうちに結果は出ると思うんだよねー」

「そうなんですか?」

「うん、たぶん生徒会メンバーに力を借りてると思うし、もしかしたらもうある程度の情報は持ってるかも」

「そうですか……」

「それよりも気になるのは、依頼を断った冒険者が体調を崩している点だね。一人なら偶然ってことも考えられるけどもし複数人いたとしたら何かしらの毒を盛られてる可能性が高い」


 確かに、複数人の被害者がいたとしたらその可能性は高いだろう。でも……。

「依頼を断られただけでそんなことするんですか?」

「甘いなーシオン君」

 ちっ、ちっ、ちっ、とセシリーが指をふる。

「貴族ってのはプライドが高いんだよ。もちろん何もしない貴族もいるだろうけど、恥をかかせたと逆恨みするような人もいるだろうね。まして相手が獣人だったら尚更」

「そう、なんですね……」

 そんなしょうもない理由のせいで、ルルのお姉さんが体調を崩していたとするなら許せない話だ。こぶしに力が入る。


「だから、もしものことを考えれば、そっちの方を調べたほうが良いと思うね」

「はい」

「実は私には学外にもそう言った伝手があったりします」

 セシリーが手をワキワキとさせながら続ける。

「調べてあげようか? 空振りに終わるかも知れないけど」

「いいんですか!?」

「交渉成立だね」

 セシリーが差し出してきた手を握る。


「ありがとうご……」

「そのかわり」

 シオンのお礼を遮るようにセシリーが口を開く。

「これは貸1つにして貰うよ」

「わかりました」

「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。さてさて、何をして貰おうかなー。シオン君の写真集を作って売りさばくのもありだなー、あっでも、シオン君を使ってドッキリを仕掛けるのも、あー悩むねー」

 

 やっぱりローザ先輩が言っていたように新聞委員会には近づかない方が良かったかも……。

 ぺらぺらと考えを述べていくセシリーの前で、シオンは乾いた笑みを浮かべていた。





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