第41話 少年期 森の中の逃走劇

「はぁ、はぁ、はぁ」 

 シオンたちは森の中を駆けていた。人の足で踏み固められた道を通りたいところだが、それではすぐに賊に見つかってしまうため木々の間を縫うように進んでいく。

 ゲオルグが時間を稼いでくれているとはいえ、12歳の少年と少女を抱えて走る騎士だ。いつ追手に追いつかれてもおかしくない。まして森の中は腰元まで伸びた草に木の根、ツタなどが邪魔をして思うように速度が上がらない。このままじゃまずいことは誰の目に見ても明らかだった。


 ほんとに厄介なことになった。クリストフは心の中で毒づいた。

 リアを抱え直し、後ろをついてくるシオンを確認する。多少息が上がっているがまだ大丈夫そうだ。それにこの僕の速度に追いついてこれている。ブルーノ様が訓練場で『シオンは天才だ』と言いふらしているのもあながちただのブラコン発言ではなかったみたいだな。まあ、今はそんなことどうでもいい。

「おい、ガキ。ここから道に出て速度を上げる。身体強化の魔法は使えるか?」

「大丈夫です」

「なら出たと同時に使うぞ」

「でもそれだとすぐに見つかりませんか?」

「人の手が入っていないところを抜けてるんだ。何処を通ってるかなんて踏まれた草とかですぐにばれる。だったら走りやすいところを通った方がマシだ」

「わかりました」

「いくぞ」

 シオンたちは森の中にある道に出て速度を上げる。人の足によって踏み固められただけの地面だが、それでもさっきより断然走りやすい。

「いたぞ!」

「ちっ! もうかよ。頭を下げろ!」

 シオンが頭を低くすると、頭上を風を切るような音が通り過ぎて行く。

「ぐあぁ!」

 程なくして後ろから鈍い悲鳴が届く。

「振り向くな! 前だけ見て走れ!」

 クリストフがシオンを嗜める。まだだいぶ距離があるがそれでもこのままだと追いつかれるが、ガキ二人だけ逃がしても無事に街までつけるかわからない。クリストフは小さく舌打ちした。


 追手が近づいてきていることは後ろから聞こえる複数の足音でわかる。こいつらがここにいるということはゲオルグさんは……

「ガキ、余計なことを考えるな!」

 シオンの思考を読むようにクリストフが声を荒げる。

「今は逃げ切ることだけに集中しろ!」 

 彼は振り向きざまに風を圧縮した刃を放つ。最初こそ賊をめがけて放っていたが、今は道の傍にある木々に狙いを変えている。刃に切り裂かれた木々はミシミシと音を鳴らしながら道の方に倒れていく。

「くそっ! はぁ、はぁ」

 クリストフの額は汗でにじんでいた。顔色も少し悪くなっている。追手を巻くためにさっきからずっと魔法を放ち続けているせいだ。今のところなんとか逃げ延びているが、少しずつ確実に追手は近づいてきている。

 どうする? どうすればいい?

「シオン、お兄さま……」

 顔を上げるとリアと目が合った。クリストフに担がれたままの彼女は今にも泣きだしそうな表情をしている。そうだ、少なくともリアだけは何をしてでも逃がさないと。

「安心して、大丈夫だから」

 シオンは何とか笑顔を作り優しく語り掛ける。リアはこくんと頷く。


「おらぁ!」

「……っ!」

 シオンたちの横、木々の間から賊の一人がタックルをかます。後ろからしか追手がいないと思っていたシオンはもろにくらい地面に転がる。

「お兄さまっ!!!」

「世話がかかる!」

 クリストフはリアを担いだまま片手で剣を抜き、シオンにのしかかろうとする男を吹き飛ばす。

「すいません、げほっ、ありがとう、ございます」

「さっさと立て! 余裕がない!」

 シオンは気合を入れながらなんとか立ち上がり、もろに食らった脇腹を抑えながら走り出す。今の一件で追手たちとの距離は一気に詰まってしまった。まだ森の中を抜けきるには1/3は残っている。ズキリと脇腹が悲鳴を上げた。


「……クリストフさん」

「話かける余裕があるならもっと速度を上げろ」

「このまま走って逃げ切れますか?」

「……」

 クリストフの表情が僅かに翳る。それで察した。

「シオンお兄様、怪我は大丈夫ですか?」

 自分も一杯一杯なのにリアは心配そうに声をかける。優しくて可愛い僕の大切な妹だ。この子を護るためだったらなんだってできる。

「大丈夫、ありがとうリア」

 シオンはクリストフに顔を向ける。覚悟を持った瞳を向けて。

「クリストフさん、リアを必ず無事に届けてください」

 クリストフが目を見開く。

「お兄様?」

「僕が時間を稼ぎます」

 シオンは足を止めた。

「そんな! 嫌ですっ! お兄様!!!」

 リアは必死に手を伸ばすがその距離がどんどん離れていく。

「リア、元気でね」

 シオンは呟き振り返った。正面からは賊たちがギラついた目で向かってきている。怖くないと言ったら嘘になる。今だって気を抜いたら足が震えてしまいそうだ。

 

 でもここで引くわけにはいかない。血が繋がっていない僕を兄と慕ってくれる大切な妹、そして僕を家族だと受け入れてくれたローゼンベルク家のためにも。


 シオンは両手を胸の前に翳した。

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