第106話 少年期 毒の正体

「いやー、大変だったよ」

 セシリーは椅子に腰かけながら口を開いた。


 新聞委員会室にはセシリーの他、シオンとフェリしかいない。相変わらず室内の散らかり具合は酷いもので机の上なんかは様々な書類がぐちゃぐちゃに置かれていた。

「それにしても、噂には聞いてたけどシオン君の従者さん本当に白狼族なんだね」

 セシリーが興味ありげに瞳を光らせる。

「よかったらこの後インタビューさせてくれないかな?」

「えっと……」

「セシリー先輩、すいませんが先に教えて貰えませんか?」

 シオンはフェリの前にすっと立ってお願いする。


「ああ、ごめん。私興味があるものを見つけちゃうとそっちに気が持ってかれちゃうんだよね……」

 セシリーはあっけらかんと言いながら手帳を開いていく。

「この辺にまとめて書いておいたんだけど……あった、あった、はい」

 彼女は何のためらいもなくそのページをびりびりと破った。


 ページに書かれた文字は彼女の様子やこの部屋の乱雑さと打って変わり綺麗で簡潔にまとめられていた。

「シオン君って闇ギルドはわかる?」

「名前ぐらいで詳しくは……」

 シオンが申し訳なさそうに答えるが、彼女は気にした感じなく話を続ける。


「そうだよね、えーっと、闇ギルドって言うのは正規のギルドではないことはわかってるよね?」

「はい」

「おっけー、要は過去に重大な犯罪を犯した人や、表のギルドに登録できないような人たちの集まりって思ってくれればいいよ」

「わかりました」

「うん、それで今回調べた結果なんだけど、恐らくシオン君が助けようとしている獣人のお姉さんは毒を盛られた可能性が高そうだね」

「……はい」

 やっぱりそうなのか。


「毒を買う人の中に貴族の従者のような人が何度も購入しているらしいから恐らく間違いないと思う」

「あの一つ質問よろしいですか?」

 話を聞いていたフェリが恐る恐る手をあげる。

「構わないよ、なに?」

「どうして貴族の従者だとわかったんですか。普通そういった後ろ暗いものを購入しようとするなら素性がバレないようにすると思うのですが……」

 

 フェリの考える通りだ。闇ギルドから商品を買っているなんて周りの貴族に知られるだけでもまずいだろう。セシリーは感心したようにフェリに視線を向けた。

 

「メモには書いてないんだけど、それには3つ理由があるの」

 セシリーはそう言ってまず指を1本立てる。

「第一に、毒はかなり値が張るらしいんだよね。それを定期的に買いに来ている人がいたとしたらかなりお金を持っている人物だということになる」


 続けて2本目の指が立つ。

「第二に、買いに来ている人の雰囲気が周囲と違っていたらしいの」

「雰囲気ですか?」

 シオンが尋ねた。

「そう、闇ギルドって基本的には取引相手は裏にいる人たちがほとんどらしいの。だから表から来た人はすぐにわかるらしいんだよ」

 わかるようなわからないような。

「うーんと、例えば武術をやっている人とやっていない人って構や動きでわかったりするよね? それと同じ感じに思ってくれればいいと思う」

「なるほど」

 そう言われると、何となく理解できる。表と裏とでどれだけの違いがあるのかはわからないけど、そういった違和感があったのは間違いないのだろう。


「それで最後、これは直接なんだけど、どうやら最初にその毒を買う時にその従者が言ったらしいの。『俺はエルベン伯爵家の従者だぞ』って」

「えっ?」

 フェリがぽかんと口を開ける。

「なんでそんなことを」

 ばれたらまずい状態で自ら名乗る意味がわからない。


「推測なんだけど、恐らく最初の購入時に売る売らないみたいな話が合ったんだじゃないかな? 闇ギルドって非合法な組織だから売った相手がへまをして衛兵とかが来るような事態は避ける必要があるから」

「だとしたら、売らない選択肢を取りそうですけど……」


 少なくとも自分から素性をばらすような人は闇ギルドからしたら信用できない気もする。

「そこは、それ以上に貴族と繋がりを持てるってメリットの方が大きいと判断したんじゃないかな。実際に使うのは貴族様で目の前の従者は使いっぱしり。危なくなったら従者ごと闇に葬り去って証拠を消せるだろうし」


 セシリーはそこまで言うと、視線をフェリに移す。

「少し話が逸れたけど、そういうことで買った人に貴族の従者がいるって話になってるみたい。それに、シオン君から教えて貰った話を考えると信憑性は高そうに思えるね」

「……そうですね。ありがとうございます」

「ううん、気にしないで。それと、毒はここ2年ぐらい前から闇ギルドで出回りはじめたものみたい。なんでも数十体の魔物たちから得られた毒を元に調合されたもので、即効性はないけど飲んだものを徐々に徐々に弱らせて最終的に死に追いやる。今のところ解毒薬なんかは出回ってないみたいだから飲んだらほぼ終わりみたいだね……」

「……っ」

 死。その単語にシオンの背筋がぞくりする。


「下の方に魔物の名前書いてあるでしょ?」

 ページの右下に視線を向けると、そこには数種類の魔物の名前が書いてあった。知っている魔物の名前も僅かにあるけど、それ以外は聞いたことがない魔物ばかりだ。


「多分、知らない魔物も多いと思うんだよね。というのも最低でもBランク以上ないとギルドで依頼を受けられないような強力な魔物だったり、そもそもかなり個体数が少ない奴らしいから」

「じゃあ、ここに書いてある魔物の毒を混ぜて作ったものなんですか?」

 それならば、それぞれの毒に対応する薬さえ手に入れればルルのお姉さんは何とかなるかもしれない。


「うんと、残念ながらそこに書いてあるのは全部じゃないんだ」

 セシリーが僅かに表情を曇らせる。

「あくまでも調査した結果、混入している可能性が高い魔物たちを書いただけなんだ。どうやら毒の調合とかは製作者だけしか知らないみたい」

「そうですか……」

 一瞬見えた光明はすぐに閉ざされてしまう。


「以上が調べられた結果だけど……、その様子だとあんまり望んだ結果じゃなかったみたいだね」

 僅かに落胆した様子のシオンを見てセシリーが声をかける。

「そんなことないです、ありがとうございます」

 少なくとも毒を盛られたということがほぼ確定しただけでも進歩なのは間違いない。 


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