第16話 少年期 ティアナのお仕置き 

「あの、ティアナ姉さん?」

「なあに、シオン?」

 ティナアはシオンの瞳を至近距離で見つめながら優しく微笑む。

「どうして僕のベッドの中にいるんですか?」

 ティアナはシオンのベッドで横になっていた。

「言ったじゃない、今日夜に行くって」

 何を当たり前のことをティアナは言ってのける。

「それはお説教の続きをするからじゃ……」

「それはさっきしたじゃない、なにシオンはお姉ちゃんにもっと叱って欲しいの?」

「そんなことないです」

 シオンは慌てて首を横に振る。確かに夜、ティアナがやってきて最初の五分程度は昼間の件で怒られた。でもそれ以降は一緒に紅茶を飲みながら話したりしただけだ。お説教をしに来たというよりは弟に会いに来ただけのような……

「ほら、明日は色々忙しくなるんだから早く寝なさい」

「でも……」

 明日が忙しくなるのは分かっているし、早く寝たほうが良いことも重々承知している。問題なのはそこじゃないのだ。煮え切らない態度のシオンにティアナは上体を起こし口を開く。

「ねぇ、シオン、お姉ちゃんは今日凄く心配しました」

「はい」

「シオンに何かあったらと思ったら心臓が張り裂けそうでした」

「ごめんなさい……」

「もしシオンが本当に申し訳なく思っているならこのままで大丈夫よね?」

「……はい」

「わかればよろしい、ほら」

 ティアナは横をぽんぽんと手で叩く。シオンはいそいそとベッドに近づくと端の方に寝転がる。

「そんな端だと寝返り打ったら落ちちゃうでしょ」

 ぐっと引っ張られ、シオンはティアナに抱きすくめられた。

「流石にこの体制は……」

 すぐ近くにティアナの顔があり、甘い香りに柔らかい感触が当たってシオンはみるみる顔を赤くさせる。

「いいの、もう決定事項です。少し前まではこうやって当たり前に寝てたじゃない」

「少し前ってもう三年も前だし、あの時はまだ子供だったから……」

「今だってシオンはまだ子供でしょ」

 可笑しそうにティアナがふっと口元を緩めた。


「シオンも今年から学院生になるのよね」

 ティアナはシオンの頭を優しくなでながら尋ねてくる。結局あの後、向き合ったままだと寝られないとシオンが懇願して、後ろから抱きしめられる形に落ち着いていた。

「はい、入学式の前にテストがあるんですよね?」

「筆記と実技のテストね。その結果で入学時のクラスが割り振られるのよ」

「そうなんですね……」

 トップとはいかないまでも、ローゼンベルク家の息子として学院に通う以上、ある程度上のクラスには入りたいけど……

「心配しなくてもシオンならトップのクラスに入れるわよ、毎日鍛錬してるんでしょ? エマから聞いたわ」

「時間があるときにはブルーノ兄さんや、ミヒャエル兄さんにも見てもらってます」

「なら大丈夫よ。ミヒャエル兄さんは魔法も座学も優秀だし、ブルーノ兄さんも、剣術だけなら領内随一だし……」

 でもね、とティアナが続ける。

「別にトップのクラスなんかに入れなくてもいいのよ。シオンのことだから家の名に恥じないようにとか考えてそうだけど」

「そ、そんなことないですよ」

「うそ、シオンのことならお姉ちゃんが一番知ってるんだから。ねぇ、シオン、学院生活は大変なこともあるけどその分楽しいこともたくさんあるわ。それに学院は王国の貴族だけじゃなく、他国の貴族や、厳しい試験を突破した優秀な市民の子達もいるわ」

「はい」

「シオンにはそこで沢山の経験を積んで何より楽しく過ごして欲しいな。これはきっとブルーノ兄さんやミヒャエル兄さん、お父さんお母さん、リア、使用人のみんな全員が思っているのよ。だからそんな肩ひじ張らなくていいの」

 ティアナはシオンの背中をぽんぽんと優しく叩く。

「わかり、ました……」 

 一定の心地いいリズムに段々と睡魔が襲ってくる。

「あっ、沢山経験積んで欲しいとは言ったけど、お姉ちゃん的には恋愛はまだ早いと思うな」

「……」

「特にシオンは年上に人気が出そうだから、誘われてもホイホイついて行っちゃだめだからね。必ずお姉ちゃんに報告すること。……シオン?」

 ティアナが顔を覗き込むと、シオンは小さく寝息を立てて眠っていた。普段大人びているシオンだが、寝ている姿はかわいらしい子供のままだ。

「おやすみ、シオン」

 ティアナは少しだけその様子を眺めた後、額に優しく口づけをして瞳を閉じた。


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