第111話 少年期 反逆

 獣人族の姉妹がシオンの屋敷で眠りについた日の夜。ひとけのない道を冒険者が歩いていた。ルルを騙してアイテムを手に入れた奴らのリーダーの男だ。金が入ることが決まっているので最近は飲み歩いてばかりいて、この日も数杯引っ掛けていた。


 男は周囲を警戒するように時折振り返りながら、従者に指示された場所へ歩みを進める。程なくして男は指定されたところに到着した。


 そこはスラムでもめったに人がこないような細い路地の奥だった。街灯がない路地は暗く、かなり近づかないと相手の顔も判別できない。

「おい、きてやったぞ」


 男が闇に向かって声をかけると、正面で人が動いたような気配があった。

 こんなところに呼び出すとかいい度胸じゃねぇか。依頼料の他にまた金をふんだくってやるよ。ここは人の目もないしな。


「とっとと顔みせろよ」

「……」

 一向に姿を現さない従者に男は苛立ちを募らせる。がさごそと動く音が聞こえてくるからこの先に人がいるのは間違いない。


「ちっ……」

 男は舌打ちしながら大股で気配のある方へ近づいていく。この路地の先は行き止まりになっているから、進んでいくだけで顔を合わせられる。


 ぼんやりと目の前に人影が見えてくる。男は顔を俯かせながら地面に座り込んでいた。スラムの奴らにでも殴られたのか。ダセェやつだ。ここじゃ弱い奴が悪い。


「おい、わざわざ来てやったんだぞ。顔上げろや」

 そう言って男は座り込んでいる従者の髪を掴む。

「……っ!?」

 あいつじゃねぇ!

 

 男がそのことに気づいたの同時に背中に激痛が走った。

「ぐあっ……」

 痛みを押して振り返ろうとすると、どすっと肉を差すような嫌な音が再び耳に入った。遅れてやってくる痛み。


「あぁぁぁ!」

 男がたまらず叫び声を上げた。

 くそ野郎が! この俺をはめようとしやがったな。事態に気づいた男は腰にぶら下げた剣を掴み、振り向きざまに乱暴に薙いだ。しかし剣は虚しく闇を切っただけ。


「出てこい! ぶっ殺してやる!」

 男は手あたり次第剣を振り回す。ぶんぶんと風を切る音だけが辺りに響いていく。

 手負いの状態で闇雲に剣を振るなんて愚策でしかない。


 体を振り回したせいで傷口からより多くの血が流れだし、程なくして男は膝を付いた。それだけじゃない、じんじんと痺れるような感覚が出てきて、剣を持つ手にも力が入らなくなっていた。


「麻痺毒が回ってきたみたいですね」 

 ぬるりと闇の中から気味の悪い笑みを浮かべながら従者が出てきた。


「てめぇ」

 男が睨みつけると、従者は男の利き腕に大型のナイフを突き刺した。

「ゔぁぁぁぁ!!!」

 悲鳴が闇の中に響き渡る。

「この前は良くも殴ってくれましたね」

 従者は男の剣を蹴り飛ばしてから顔面を踏みつける。


「こんなことしてただで済むと思ってんのか?」

 ぼろぼろになりながらも男は従者を睨みつける。見たところこいつは荒事には慣れていない。恐怖心を煽ってやって隙を見せたところでぶちのめしてやる。


「済むわけないでしょうね」

 だが、男の予想とは裏腹に従者は薄気味悪い笑みを浮かべたまま答えると、もう1本のナイフを取りだし男の横を通り過ぎていく。


「でももう、今更どうにもならないんですよ。既に1人やってしまってますし」

 そんな声の後、バシュっと肉を切るような音が聞こえてきた。

 続いてどさりと何かが倒れた。

 従者だと思っていた子分の男がやられたのだとすぐにわかった。


「それにしても、あなたたちって馬鹿なんですね」

 ナイフからぽたぽたと血をしたらせながら従者が男の前に立つ。

「他の奴らより多めに報酬を渡すと言ったら、のこのことこんなところまできてくれましたし」

 

 こいつおかしくなってるのかよ。男の中に恐怖が生まれる。

「お、おい、取引しないか。助けてくれたらあいつは上手く処理してやる」

「……」

「報酬の金もいらねぇ」

「……」

「だから……」

「そんな言葉誰が信じると思います?」

 従者は無機質な声で答えると、男の首に向けてナイフを振り払う。


「はは、俺はもうおしまいだ……」

 乾いた笑みを浮かべながら従者が空を見上げた。その下にはこと切れた男が横たわっている。

「はやく屋敷に戻らないと……」



「ダミアン様、夜分に申し訳ございません。少し宜しいでしょうか?」

「なんだ?」

 それから1刻して従者はダミアンの部屋で冒険者たちのことを報告していた。


「そうか、お前にしてはよくやったな」

「ありがとうございます」

 従者は深々と頭を下げる。


「それと……こちらを」

 従者はそう言って持参していた箱をダミアンに差し出す。

「なんだこれは?」

「先日、お見苦しい姿を見せてしまったのでせめてものお詫びとしてお持ちしました」

 箱を開けると中には最高級の茶葉が入っていた。


「殊勝な心掛けじゃねぇか」

 ダミアンは満足そうに頷く。

「とんでもございません。従者としてあのような姿を主人に見せるなんてあってはならないことですので。本当に申し訳ございませんでした」

 

 従者はそう言うと自ら土下座をしてみせる。

「まぁ、わかればいい。ただ次はないと思え」

「肝に銘じます。それとお渡しした茶葉のご感想をいただきたく、よろしければ一杯お淹れさせていただけませんでしょうか?」

「ああ?」


「今後ダミアン様の好みにより合う茶葉をご用意させていただきたいのです」

「……いいだろう、用意しろ」

「ありがとうございます」

 敬われて満足げなダミアン横目に従者が手際よく紅茶を入れていく。


「お待たせいたしました」

 従者が紅茶を差し出すと、ダミアンは口に含んだあとすぐに眉を寄せた。

「おいっ! 何だこれは!」

「ははっ」

 その瞬間、従者が壊れたように笑い出した。


 あまりの変貌ぶりにダミアンの動きが止まる。

「飲まれましたね?」

 その言葉にダミアンの顔色がみるみるうちに青白くなっていく。

「お、お前……まさか……」


 従者はダミアンにまっすぐ視線を向け、にっこりと微笑みながら言い放った。

「あなたは私と一緒に地獄に落ちるんですよ」

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