第125話 少年期 カフェでの接客③
「おお」
「あら♪」
「……っ!」
面白そうだと喜ぶフェリクスにこちらも楽しそうに声を弾ませるアヤメ。望んだ反応をしてくれたのはアカネだけ。
問題ない。これは想定の範囲内だ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、僕ここに座っていい?」
シオンは微笑んだままアヤメとアカネの間の席を指さす。
フェリクス相手は分が悪い。となれば、まず狙うべきはアヤメとアカネの2人。
「私は構いませんよ。お嬢様もよろしいですよね?」
「か、構わないわっ」
「ありがとう、アヤメお姉ちゃん、アカネお姉ちゃん♪」
シオンはすっと2人の間に腰を下ろす。
「シオンはどうしてここで働いてるの?」
この場を一番楽しんでいるであろうフェリクスが問いかけてくる。
「セシリーお姉ちゃんからお手伝いして欲しいってお願いされたんです」
こんなカフェだとは聞かされてなかったけどね!
「そうなんだ、えらいですねシオン君は♪」
アヤメがニマニマと口元を歪ませながら話に入ってくる。
「ありがとうございます」
照れたふりをしてシオンは顔を伏せる。
このままだとフェリクスとアヤメに主導権を持たれたまま時間が過ぎていってしまう。それはよろしくない。攻めるならガンガン行かないと。
「それよりもうちのお店のデザート美味しいんですよ」
「そうなんだ、じゃあ早速いただこうかな」
「そうですね。お嬢様いつまで顔を赤くしてるんですか?」
「別に赤くなってないわよっ!」
3人が飲み物に口をつけていく。
「うん、美味しいね」
「ありがとうございます」
「じゃあ、次は……」
皆が各々注文したデザートに手を付けようとする。ここだっ!
「あっ……」
「シオン君、どうかしたの?」
アヤメが声をかけてくる。かかった!
「その、うちのパンケーキこのままでも美味しいんですけど、もっと美味しくなる方法があって……」
「そうなの?」
「はい、やってもいいですか?」
「もちろん」
全く気にした様子なくアヤメが頷く。これで言質は取った!
シオンはアヤメの傍に椅子ごと肩がぶつかるぐらい近づく。
「し、シオン君、ちょっと近づきすぎじゃないかな?」
アヤメの声に僅かに緊張の色が混じっていたのをシオンは見逃さなかった。
「僕が近づいてきたら嫌ですか、アヤメお姉ちゃん?」
「そ、そんなことはないけど」
「ならいいですよね」
「……っ、はい」
よし、少しだけど効いてるよね。このまま一気に押してしまおう。
ちなみに、フェリクスはさっきから目の前で行われている光景を物凄く、それはもう物凄く楽しそうに鑑賞しながらタルトを口に運んでいく。高みの見物とはこのことだ。
逆にアカネは同じパンケーキを頼んでいることもあって、見るからにドキドキしながらちらちらとアヤメの方を伺っていた。
「アヤメお姉ちゃん、ナイフとフォーク借りてもいいですか?」
「どうぞ」
「ありがとう!」
「あっ……」
彼女の手に触れるようにして受け取った瞬間、彼女の口から普段聞かないような可愛らしい声が漏れ出た。
「アヤメお姉ちゃん、どうかした?」
「な、なんでもない」
彼女の頬に薄く朱色が差していく。この反応間違いない。彼女は普段からかう側にいるから責められることに慣れてない。
シオンは受け取ったナイフでパンケーキを一口大の大きさに切り分け、皿の上に添えてあるクリームをのせる。
リアに聞かされた女性向け小説の話がこんなところで役に立つなんてね。そんなことを考えながらフォークをアヤメの口元に近づけていく。
「はい、アヤメお姉ちゃん」
「え、えっと」
「あーん♪」
まっすぐに彼女の目を見ながら口にすると、彼女の頬に差していた朱色が徐々に色を強くしていく。
「じ、自分で食べられますから!」
アヤメがフォークを取ろうとするので素早く引っ込める。
「……だめ?」
眉を下げながら尋ねてみると、彼女は言葉を詰まらせる。
「ダメじゃない……けど」
明らかに動揺してるな。
「こうやって食べたほうが美味しくなるって聞いたんです! だから、はい!」
再び笑顔を作って彼女の口元にパンケーキを近づける。
「あーん」
「……えっと」
「早くしないと周りのお客さんにも見られちゃうよ?」
「……っ!」
シオンの言葉にアヤメがはっとして周囲に目をやる。すると、周りのお客さんたちが一斉に顔を逸らす。
さっきからちょろちょろと見られていることに気づいていたから、利用してみたけど効果はあったみたいだ。
「アヤメお姉ちゃん。こっち見て。はい、あーん♪」
「……っ、あ、あーん」
このまま見られ続けるより食べたほうがましだと判断したのか、アヤメが口を開く。
シオンは彼女の口にパンケーキを持っていくが、わざとのせていたクリームを彼女の口元横につける。
「アヤメお姉ちゃん、美味しい?」
彼女はリンゴのように真赤になった顔をこくこくと縦に振ってみせる。だが、これで終わりにはしない。
「アヤメお姉ちゃん、動かないで」
「―んっ!?」
シオンはぐっと顔を近づけながら、彼女の口元につけたクリームを指で拭いぺろりと舐める。
「クリームついてた♪」
「はぅ……」
まず1人……。
よしっ、次は―。
シオンはくるりと振り返る。既に十分赤い顔のアカネとばっちり目が合う。
「あっ、その……」
先ほどの光景を目の当たりにして彼女は及び腰だ。だからと言って逃がすつもりは毛頭ない。それになんだかやっているうちに楽しくなってきたし。
残り時間は20分。まだまだある。
「アカネお姉ちゃん♪」
シオンは次のターゲットに狙いを定めた。
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