第117話 少年期 王城にて

「アインホルン侯爵様、到着いたしました」

「わかった、ありがとう」

 ラルフ・アインホルンは優雅に馬車から降りていく。


「いつ見ても美しいですね」

 眼前に広がる光景にラルフが感嘆の声を上げる。

 刈り揃えられた芝に色とりどりに咲き誇る花々。中央に見える噴水からは透き通った水がとめどなく流れ、王城まで続く道は石畳で舗装され汚れ一つない。


「いきましょうか」

 そんな景色を十分に堪能したのち、従者に声をかけて歩みを進める。

 ここに集まる者たちもこの庭のように美しい者たちだけであればよかったのですが。


「おい、あれって」

「アインホルン侯爵じゃないか!?」

「めったに領内を出ないことで有名な人がどうして王城に?」

「今日の交流会に特別な予定とかはなかったはずだけど」

 王城に務める使用人の案内で大広間に通されると、先に入っていた貴族たちがひそひそと話始めた。


 王城では3か月に1度、交流会と称したパーティーが開かれている。公式的なものでははないため参加不参加は各貴族の自由。その名の通り、貴族同士の交流を広げて貰うことが目的になっている。

 

 そんな交流会にこれまで一度も顔を出したことがなかったラルフがやってきたのだ。周りが騒ぎ出すのも可笑しなことではない。


「気になるなら直接話を聞きにくればいいと思いませんか? その為の交流会なのですから」

 ラルフは気にした様子なく、案内をしてくれた使用人に声をかける。

「あの、その……」

 まさか自分が声をかけられると思ってもみなかった使用人は、言葉を詰まらせてしまう。


「ああ、すいません。うちの使用人だと思って声をかけてしまいました」

 ラルフが微笑むと使用人はぽっと顔を赤らめる。

 王城内に入れるのは貴族と近衛騎士に王族が登城を許したもののみ。エントランスまで一緒にきていたうちの使用人はそこで引継ぎ馬車で待機している。


「案内ありがとうございました」

「い、いえ。そ、それでは失礼致します」


 可愛らしいですね。ぺこりと頭を下げてから走り去っていく後ろ姿をしばらく眺める。あの様子だとどこかの子爵か男爵あたりの娘でしょう。思い切り廊下を走っていたのであとでメイド長に怒られなければいいのですが。


「アインホルン侯爵様、少し宜しいでしょうか?」

「ん? おや、あなたは」

 銀色の髪に屈強な体。眼差しは鋭く、貴族としての風格を兼ね備えていた。


「久しぶりですね、ローゼンベルク伯爵。最後に会ったのはいつでしたっけ?」

「4年前になります」

「そうですか、そんな前になりますか」

 いやはや、時がたつのは早い。

 

「それで、私に何か話が?」

「はい、3男のシオンが王都に向かう途中でお世話になったので、そのお礼を」

「とんでもない。私が彼と話をしたかったので」

 ラルフは微笑をたたえながら答える。


「彼は元気にしていますか?」

「はい、私が今王城に籠り切りになってしまいまだ顔を会わせられおりませんが、従者の者たちから元気にしていると聞いております」

「それは何よりですね」

「ありがとうございます」


「そう言えば、最近エルベン伯爵家がおとり潰しになったそうですね」

 ラルフの言葉に近くにいた貴族たちの会話がピタリと止まった。

「……そのようですね」

「なんでも獣人の冒険者を相場よりも低い報酬で働かせて、従わなければ毒を盛っていたとか。他にも商人たちへの恫喝に闇ギルドとの接触」


 元々黒い噂の多い美しくない貴族でしたから、いずれこうなるのは目に見えていましたが。まさかこんなに早いとは予想外でした。それもきっかけになったのがシオンみたいですし。やはり私の目に狂いは無かった。


 ラルフはまだ幼き小さな英雄のことを思い浮かべて柔和な笑みを溢す。


「正直、貴族としていかがなものかと思いますが、ローゼンベルク伯爵はどう思われますか?」


 他の貴族たちが聞き耳をたてているのを知りながら、ラルフは堂々と言葉を紡ぎカールに問う。

「おっしゃる通りだと思います」

「ほう……」

 ラルフが目を細める。


 周りの貴族たちの注目を集めている中でも平然と言ってのけますか。エルベン伯爵家と同じ派閥の貴族たちもいるでしょうに。


 現にその言葉を耳にして幾人かの貴族たちは視線を鋭くさせている。だが、もちろん表立って抗議はしてこない。調べられて困るのは彼らですから。


 しかし、王国の貴族たちの質も随分と落ちましたね。非合法な行為に手を染めたり、相手を陥れようと画策したり。そんなことをする前に己を高めるべきです。

 

 相手を陥れられたとしても、実力がなければ今度は自分が落とされる側になる。そんなこと考える必要なくわかるでしょうに。

 

「アインホルン侯爵様?」

「いえ、なんでもありません。ローゼンベルク伯爵、今日はお話しできてよかったです」

「こちらこそお時間を頂きありがとうございました」

 ラルフが差し出した手をカールが握る。


「そうそう一つ、シオンに伝言をお願いできますか?」

 ラルフはそう言ってカールの耳元に近づけて囁く。

「実に美しい使い方だったと」


「それは……」

「そうお伝えしていただければ、わかってくれると思いますので」

「承知しました。シオンに伝えておきます」

「ありがとう、それでは私はこれで」

 ラルフは目礼してさっそうと広間を出ていく。


「ラルフ様、もうお帰りになられるのですか?」

「ええ、最低限の目的は果たせましたから」

 馬車の前で待っていた使用人にラルフが答える。


「出来ればマイヤー辺境伯とも話したかったんだけどね」

「屋敷に戻りましたら手紙の準備を致しますか?」

「いえ、そこまでする必要はありません」

「承知致しました」

 程なくしてラルフを乗せた馬車がゆっくりと動き出していく。


 はてさて次はどんな行動を見せてくれるのでしょう。

 期待していますよ小さき英雄よ。

 

 

 



  



 

  




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