第68話 少年期 策士と花売りの少女

「……」

「……」

 気まずい……。シオンはそっとティアナの様子を伺う。いつもなら色々なことを聞いてくる彼女が今は窓の外を黙って見つめたまま。何度かシオンの方から試験が上手く行ったなど話題を振ってみたが、その反応も芳しくない。怒っているのは間違いない。


 ならどうしてこの状態なんだろう。シオンは上を見る。そこには相変わらず窓の外を見つめたままのティアナ。

「なに?」

「その、どうして僕を膝の上に乗せてるんですか?」

「嫌なの?」

 シオンのお腹の前に回された腕がぎゅっと強く握られる。

「そんなことはないですけど……足がしびれたりしないかなって」

「大丈夫だから」

「そうですか……」

「……」

「……」

 打つ手がない……。馬車はゆっくりと王都の道を進んでいく。あっ……。シオンがふと窓の外を見た。


「運転手さん、少しだけ馬車を止めて貰えませんか?」

「承知しました」

「ティアナ姉さん、少しだけ待って貰えますか?」

「……わかったわ」

「ありがとうございます!」

 シオンは急いで馬車を降り、窓の外で見つけた店に向かって走り出した。


 ティアナはシオンが馬車から離れたのを確認してからふぅと息を吐いた。

 やっぱりシオン可愛すぎない!? 子犬のようにちらちらとこちらを確認する様子に何度そのままぎゅっと抱きしめて甘やかそうと思ったことか。何とか話題を繋げようと四苦八苦している様子も可愛い。特に眉を八の字にしているところなんて初めて見た。思い出すだけで頬が緩んでしまう。


 でも同時にシオンにそんな表情をさせていることに罪悪感が出て胸が締め付けられる。何度止めようと思ったことか。

 だが、これは仕方のないことなのだ。さっきの風紀委員の人たちを見て確認した。シオンはやはり年上からのウケがいい。このまま何も対策をしないで学院に入れるなんてライオンの檻の中に兎を入れるようなもの。私の目の届かないところで何かが起こってもおかしくない。そんなことは絶対に阻止しなければならない。


 ティアナは一枚の紙を広げる。そこにはアデリナから聞いた様々な恋愛テクニックがびっしりと書かれていた。シオンと離れていた間、ティアナは王都にいたアデリナからレクチャーを受けていたのだ。これ以上、リアに差をつけられるわけにはいかないしね。いくら大切な妹とは言えそこは譲るわけにはいかない。


 一先ずはもう少しこのままでいるべきね。

「ん、んっ、ティアナ様、シオン様がお戻りになります」

「……っ! わかったわ、ありがとう」

「いえ」

 ティアナは紙を隠し、きりっとした表情を作る。

「ありがとうございました。その良かったらこれ」

「私にですか? ありがとうございます」

 どうやら御者にも何か買ってきてあげたようだ。そう言うところも好き。っていけない。集中しないと。

「遅くなりました」

 シオンは申し訳なさそうに馬車に戻ってきた。


 さっきのお店は……あった。馬車から降りたシオンはさっき見つけたお店に小走りで向かう。小さなお店だがその前には十人程度の列が作られていた。シオン以外みんな女性で恥ずかしさを感じつつも最後尾に並ぶ。回転率がいいのか列はどんどん短くなり、程なくしてシオンの番がやってきた。


「いらっしゃいませ、注文は何にします?」

「その、オススメのものを8つ……」

 視線を感じ顔を向けると、お店から少し離れたところで薄汚れた服に身を包み、籠に入れた花を売っている少女と目が合った。少女は頭にある耳をぴくりと動かしてすっと顔を背ける。

「8つでよろしいですか?」

「あっ、いえ、9つでお願いします」

「はーい、ちょっと待ってね」

 店員は厚く熱された鉄板に生地をかけ薄い皮を焼くと、その中にフルーツやクリームを入れて正方形に包んでいく。クレープみたいな食べ物だ。


 ブルーノから教わったことが思い出される。

『シオン、女が怒っている時は甘いものだ。それさえあればなんとかなる。後はひたすら謝る、これ以外正解はない。よく覚えておけ』

 つまりこれがあれば少しは機嫌を直してもらえるかもしれない。もちろん、きちんと謝る必要もあるのだろうけど。


「お待たせしました。銀貨1枚と銅貨8枚になります」

「ありがとうございます」

 代金を渡してシオンは商品のクレープを貰う。中身を確認すると一つ多い。

「あの子にあげるんでしょ? あの子にはお姉さんがいるからね」

 店員さんはウィンクをしてみせる。

「ありがとうございます!」

「気に入ってくれたらまた買ってねー」

 店員さんに見送られながら、シオンは花売りの少女の元に向かう。


「お花いりませんかー」

 少女は通り過ぎる人たちに声をかけているが上手く行っていないようで、耳がぺたんとなり、尻尾も力なく垂れている。

「あの……」

「はいっ! あっ」

 少女はさっき目が合った人だと気付いて頬を薄く染めた。

「さっきはすみませんでした」


 少女はぺこりと頭を下げた。見たところシオンより少しだけ年下だろうか。服も近くで見るとあちこちつぎはぎだらけでお世辞にも可愛い服装とは言えない。

「気にしないで、それより、良かったらこれ貰ってくれませんか?」

 シオンは袋の中から包装されたクレープを2つ取り出して少女に渡す。

「えっ? いいんですか?」

「実は買う個数を間違えちゃって。むしろ貰ってくれると嬉しいです」

「あっ、ありがとうございます!」

 少女は笑みを見せながら、しっぽをフルフルと揺らす。

「その、お礼にならないかもしれないですけど、これを」


 少女は持っていた籠をシオンの前に突き出す。中には色とりどりの綺麗な花が咲いている。

「気にしないで、僕の方が助かったので」

「いいえ、礼には礼を尽くしなさいってお姉ちゃんから言われているので!」

 少女は一切引こうとしない。

「お花っていくらなんですか?」

「10本で銅貨1枚ですけど……」

「じゃあ」


 シオンは目についた花を10本貰い、少女に銀貨1枚を渡す。少女はくりくりした目を大きく見開く。

「またお花が欲しくなったときの為に先払いさせてください。それじゃ」

「あっ……」

 シオンは返事を待たず、駆け足で馬車に戻っていった。


 


 



 

 

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