第3話、やっとポーション作り


 帰還したギルドはいつも通りの喧騒であった。


 任務に出掛けているパーティーを除けば、後は暇人ばかり。昼前からギルド一階の酒場で酒を浴びては肉を食らう。


「ガッハッハッハ!!」

「ガッハッハ!! ガッハッげほけほっ!!」


 ちなみに、この笑い声は女性冒険者タッグのお二人。


「あ〜、ガッツくんじゃ〜ん……。……今夜ぁ、あたしとどう?」

「無理だ。眼鏡付けてないから」


 中々な美人の爆乳お姉さんから声をかけられるも、ガッツは眼鏡っ子でなければ決して女性と認識しない。そのような生命体であった。


 死んだ目で、お姉さんのアダルトな誘いをお断りしている。


「ちぇ〜っ……」


 色気たるや、テーブルに座る男達が漏れなく鼻の下を伸ばす程だったのに。


「う、羨ましいったらねぇぜ、ガッツよぉ。ふはははははぁ!!」

「だなだな、んばーっはっはっはっはぁ!!」


 筋骨隆々な男達もジョッキを片手に高笑いを響かせる。心なしか、いつもより響かせている。


「コール、俺はトロールの牙を討伐の証として受け付けへ届けてくる」

「おっけ」

「うむ。……タナカさ〜ん、やって来ました」


 三か月前から受け付けで働いている定年間際の男性タナカさんへ、ガッツが小走りに向かって行った。


「……コールさん、ポーションが品切れです」

「あっ、イチカちゃんが待ってたのか。どのくらい欲しいんだよ。作ってやるぞ、この野郎」


 紫髪ショートカットの小柄な眼鏡っ子が姿を現す。大きなダガーを腰元に、立派な冒険者の装いでそこにいた。


 まだ少女でありながら、こう見えて立派な魔法使いである。と言っても先週くらいからこのギルドにやって来たので、知っていることは少ない。


「野郎じゃないです……。金○蹴りますよ?」

「毒舌がさ、見た目と合ってなさ過ぎて鋭いのよ」


 気弱そうな見た目に声もちょっと震えてるのに、凄い毒舌。


「っ…………」


 すると唐突にびくりと跳ね上がり、物凄い速さで眼鏡をポケットに仕舞い始めた。


「なんだ、イチカか。相変わらず可愛らしい子だな」

「……気持ち悪いです」

「あっはっはっは!! 心配するな、今は眼鏡をかけていないからトンボと大差ない」

「虫けらはあなたです。……か、カブトムシです」


 ガッツが強いから、弱い虫で貶せなかったみたい。物凄く悔しそうに顔をくしゃりと歪めている。


 初対面での眼鏡っ子暴走から、ガッツが天敵となってしまったようだ。


「……ハリィアップっ!!」

「うひょわぁ!? わ、分かっとるわぁ!!」


 イチカの怒りの矛先が俺に向いてしまった。


 小さな身体を使い精一杯の怒声で駆り立てられ、二階へ駆け上がり仕事に取り組むことにする。


「マスター、仕事しま〜す」


 奥の部屋で寝ているであろう我等がギルドマスターに一言伝えておく。


 聞けば昔はS級の冒険者で、大災害級の魔物をも相手にした大物なのだという。今ではあまりその影が残されてはいないが。


「やれやれ、やっと仕事に取り掛かれるわ……。朝から三時間でこうも疲れることあるかね……」


 頭をかきながら手前から二つ目の部屋のドアを開ける。


 錬成室。前任が引退してから、今はほぼ俺だけの仕事場である。


 あるのは錬成のレシピが書かれた資料を揃えた本棚と、フラスコなどの乗ったデスク。後は私物がいくつかと、二つの籠。


「綺麗な水はガッツが持って来てくれるから……薬草と……あれ?」


 見下ろした籠には薬草があまり無い。四分の一程度しか入れられていない。


 いつもは山盛りにされて、擦り傷でも使っているのではないだろうなと、一階に怒鳴り込むのに……。


「おい、誰かキャベツがわりにつまみ食いでもしたんか……? ……暇ならさ、何でこんなに少ないのか訊いて来てくれね?」

「……誰にです?」


 何故か仕事場にとことこと付いて入って、俺と同じく籠を覗き込んでいたイチカちゃんにお使いを頼む。


「タナカさん。いつも受け付けの人がここまで運んでくれるからさ」

「分かりました。作り立てポーションで手を打ちましょう」

「あ、あぁ……いいけどな」


 確かに作り立ては効果が非常に高い。


 これがもっと上位のハイポーションなどなら時間経過による劣化の度合いも抑えられる。エリクサーならば、どれほどに時間が経とうともほぼ劣化しない。


「……それにしても何でだろ。薬草が採れなかったとかかなぁ」

「持って来たぞっ!!」

「よくやった!!」


 扉を景気よく開けて、ガッツが桶に水を入れて来てくれた。こいつも普通に仕事場に押しかけてくる常連だ。


「あるもので早速やりましょかね。まず火を付けて、と……」


 ポーション作製に必要な魔法は習得済み。〈着火〉の魔法で、ランプに火を灯す。


 元となる水は温くなくてはならない。おたまで水を注いだフラスコを暫し温める。


「…………今日は少ないな。これじゃあ、ポーション十本か……?」

「十三……だな、おそらく。そもそもさぁ、補充したの昨日だから全部品切れって珍しいよな。酒と間違えて飲んだんじゃねぇか?」

「ふっ、受け付けの棚にあるものをか?」

「小洒落たジョークだろうが。次に俺様を鼻で笑ってみろ、トロールの群れを引き連れてお前にけしかけるからな」


 声低くガッツを脅す。


「俺が得意げになっただけでそんなに怒る……? 日常会話でそんな目に遭わされる必要ある……?」

「二度と俺の知能を上回ろうとすんな、ガッツの癖に」


 ちょっとした冗談だったのに、ガッツに名探偵面で指摘されて荒ぶってしまった。


「コールさん、聞いてきました」

「おっ、タナカさんは何て言ってた?」

「無くなっていたそうです。盗難なのではないかと。ポーションも記載と異なる消費数だったので、調べているらしいです」

「普通に事件で笑える。なっはっはっは!!」


 仕事が減ってしまったが、マーナンに呼ばれているからむしろ助かる。


「なっはっはっは!!」

「……あっはっはっは!!」


 ガッツと揃ってギルド内での窃盗事件を笑い飛ばす。


 後にこの事件が決して笑えないどころか、王国をも巻き込む重大事件であることを俺たちはまだ知らないのだから仕方ない。


「……さっさとポーションを作りなさいです」

「うぃっす」


 温い水を作る時間も稼げたので、少ない方の薬草……『純薬草』を一掴みすり鉢に入れる。


 念の為に別の葉が混入していないかは常に確認。魔法が関わる以上、異物となった材料が結果にどのような変化を齎すか知れたものではない。


「…………」


 確認が出来たので別の籠にある二つ目の薬草『魔草』をまた一掴み取り上げ、こちらは手にあるところを確認しながら少しずつすり鉢に入れていく。割合として純薬草が七、魔草が三だ。


 完了したら、すりこぎ棒を使って……こねこね。


 こねこね……ぎこぎこ……こねこね……ぎこぎこ……、あまりやり過ぎないよう注意して、葉の色が変わりエキスが出るようになったらフラスコ内に押し込む。


「…………」

「…………」


 普段の巫山戯た様子など微塵も見られない為、背後の二人も固唾を飲んでいる。


 それはそうだ。これは仕事。集中しなければ、いいものは出来上がらない。


 フラスコに混ぜた薬草を全て詰め終わったら、ここで錬成魔法。


「――〈作製・ポーション〉」


 挟むようにしてフラスコに翳した手からは淡い赤色の光。言の葉と正しい魔力運用、そして正確な手順。


 フラスコ内が一度だけ光を放ち、収まったときには……綺麗に澄んだ緑の液体へと変化していた。


「……飲むのか?」

「当然っしょ。失敗してたらお前らが腹下したりするんだから。冒険者にとっては命に関わる。試飲は作り出した俺の絶対的義務だ」

「っ…………」


 俺の真剣さを侮っていたのか、ガッツが返す言葉を失っている。


 フラスコからカップに注ぎ、一口だけ口に含む。


「…………ふぅ〜、お茶」

「あぁ……、一番ポーションが……」

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