第80話、感情なきタナカならば
ファーランド魔法学園にも、その異変を察知する者がいた。
眼下で歌劇の真っ最中、《闇の魔女》リアへ歩み寄る秘書官は迷いに迷った挙句に小声で訊ねた。
「……如何いたしましょうか」
人間の顔が近寄る行為や耳打ちに不快感を持つリアを思い、少し離れた位置から問いかけた。
「如何と言うけれど、私に何か関係があるのかしら。それはあなた達の問題よね?」
「っ……仰る通りです。申し訳ございませんでした……」
予想通りの返答ながら平坦な声音に打ち据えられて、秘書官がすぐに謝罪を口にした。
「……あの魔法使いは気付いているのね。魔王討伐は偶然ではなかったようよ?」
「マーナン、でしたか。既に〈
リアと秘書官の視線が行き着く先は、斜め下方に対面する特別出席者席にあった。
三名の内、左端に座するマーナン。
彼は西の方角へ顔を向けており、歌劇などお構いなしに目線を固定している。
有り得ない筈の魔王が発する魔力を敏感に感じ取っていた。
「…………」
「……お、おい、《闇の魔女》様が、今度こそこっちを見ているんじゃないか? なんかお前を――」
「言うなぁぁぁぁ……! 緊張するから視界に入らないようにしているのを知っての狼藉かっ! 貴様等もあまり見るなっ! 自意識過剰は忌避すべしっ!」
「コールめっ、何をやっとるんだ。小石の一つも飛んで来ないじゃないか。自分だけ楽をして、見損なったぞっ」
高まる緊張感に苛まれて苦悩するマーナンとガッツであった。
「あ、あと、一時間くらいでしょうか……」
「具体的な数字を用いるなっ、イチカとやら……! 考えるな、感じるなっ」
歌劇ということは、前半の折り返しをかなり前に過ぎていることになる。
《闇の魔女》と面と向かうその時は、刻一刻と迫っていた。
♢♢♢
平原に生まれる強烈な火柱。
ガッツやマーナンと戦って来た俺だから分かる。
シンシアさんは自称した通り、王国トップレベルの冒険者であった。
「〈
足元に魔法をかけ、シンシアの動きが加速。残像を残しながら魔王タナカの周囲を一周しながら〈炸裂朱雀〉を撃ち込む。
明確に戦闘スキルが高次元にある。
というか、〈加速〉ってウルフやガッツを射出する為のものじゃなかったのか。
『…………』
「ッ――――!!」
魔王タナカが右手に紫の炎を生み出すのを目にした瞬間に飛び退きながら矢を放つ。
次の瞬間、シンシアさんのいた位置で紫炎が爆発した。
完全にタナカが指す一手の意図を見抜き、魔王の上手を行っている。
「いいよぉ〜ぉ! 相手焦ってんじゃなぁ〜い!? それ、もひとつ行っちゃおっか!」
「ちょっと静かにしてもらえます!?」
「えっ、これってダメなの? いつもこんな感じだし、結構好評なんすけど……」
「そうなんですかっ!? どんな集団!?」
溜めた炎の矢を放ち、巨大な火の鳥をタナカへ見舞いつつツッコミにも励む優しいシンシアさん。
俺も精一杯のサポートをしよう。
「おいっ、タナカぁ!! 久しぶりにお喋りしようやぁ!! なんか敵と口喧嘩とかしないと戦闘って感じしなくなっちゃってんだわ!! そういうバケモンに作り変わっちゃったのよ!!」
『…………』
「何で無視すんだよっ、タナカの癖に!! 普通にショックなんだけど!!」
本当に心に傷を負ってしまう。
三ヶ月間は普通に会話して接していた。知らぬ仲ではないし、過去話とかもきちんと最後まで聞いてあげたのに。
けれど爆炎に包まれるタナカは側頭部の髪の毛を保護し、無言でこちらを見つめるのみ。
「……もしかしたら、自我までは再生できていないのかもしれません」
「あっ、そんな感じ? ……ごめんな、タナカ。勝手に傷付いて。じゃあ、再会することなく殺されてもらえる?」
「あ、あなたは面白いくらいに冷酷ですね……」
マナポーションを飲みながら、俺にタナカとのお喋りの機会をくれるやはり優しいシンシアさん。
いや、俺がマナポーションを飲む時間を稼いだとも言える。
「ヤバくなったら側頭部を狙ってください」
「……髪の毛を、ですか?」
「うぃっす。奴の自我がないなら、本能が反応する筈。いけますわ、この戦い」
「はぁ、分かりました……」
いまいち信じ切れない様子のシンシアさんだが、俺は魔王相手に勝機を見出していた。
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