第81話、ストレス戦術

 酷く機械的に歩むタナカの足元に〈炸裂朱雀〉が撃ち込まれ、生まれた爆炎により青いおじさんを宙に飛ばす。


「ふっ――――」


 空中のタナカへと立て続けに撃ち込まれる〈炸裂朱雀〉。神業とも言うべき早業で、連なる爆炎がタナカを襲う。


 戻る形で後方に飛ばされていくタナカは、やがて紫炎の炎球で炎の矢を呑み込み、追い討ちを防いで着地した。


 しかしその時には、天へ射てあった〈炸裂朱雀〉がタナカの脳天へと着弾する。


 灼熱の連鎖に見舞われるタナカは魔力の手刀により炎を斬り裂き、その魔力をシンシアさんへ飛ばす。


「〈加速アクセラレーション〉っ!!」


 以前にマーナンへ飛ばされたものとは桁違いの斬撃が大地を斬り裂くも、速度の上がったシンシアさんは辛うじて回避に成功する。


 するも、――――同じ速度で駆けるタナカがシンシアさんの真隣に現れた。


「っ――――」


 既に手刀は用意されており、首を刎ねられる絶対的死の瞬間であった。


 俺は叫んだ。


「あれ、あの人チャック空いてね!?」


 タナカが急停止し、自らの股間部を執拗に確認し始めた。直にズボンを穿いていたタナカだからこそ、何度も繰り返した習慣が表に現れる。


「シンシアさん、側頭部狙って!!」

「っ、はいっ! 〈炸裂朱雀〉っ!」


 着弾して渦巻く炎の中で、タナカは側頭部を手で覆い、最終防衛ラインを死守している。


「ちぃぃ……、あそこさえやれればタナカのメンタルをぶっ壊せるのに」

「そうなんですか……?」

「えぇ、隙を見つけたらどんどん撃っちゃってください」


 懐疑的なシンシアさんの視線だが、タナカを知る者ならばこれは決定的真実である。


 ガッツに斬り刻まれた際の涙目と震え声が脳裏に浮かぶ。


「……あれっ、トイレ行ったあと確認したっけ!?」

『…………』


 歩み出そうとしていたタナカが、再びズボンのチャックを念入りに確認し始める。


 最中に疾走した炎の矢に、タナカが燃え上がる。


 けれど側頭部だけは必ず防御する魔王タナカ。


「昨夜のチキンっ!」

『っ…………』


 すかさず放った禁断の一言により、冷や汗を流すタナカが腹を抱えて蹲った。


「パンツ!!」

『…………』


 股間部をそれとなく、しかし入念に目視するタナカ。


「森に《嘘の魔女》様っ!!」

『…………』


 瞬刻の振り向きにより、森に向き直るタナカ。


「さ、〈炸裂朱雀〉っ!」

『…………』


 かけがえのない毛髪を守り抜くタナカ。


「生焼けチキン!!」

『っ…………』


 腹を抱えて悶えるタナカ。


 魔王を意のままに操るも、タナカの守りは固く攻め手が届かない。


「っ、ヤバい! アレが来る!」

「この魔法陣は……!!」


 巨大な魔法陣が、タナカの眼前に描かれた。


 それは紛れもなく、〈悪魔召喚〉の魔法陣。タナカと同等の強さを持つ都市壊滅の危機であった。


「ちぃっ、タナカのストレス管理を誤ったかっ!」

「ストレス管理って何ですかっ? カウンセラーっ?」


 ここは何としても阻止しなければならない。賭けに出るしかないだろう。


「一か八かっ! …………勘違いで忠臣ファストを殺したのは、お前かぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」


 今のタナカはストレスの連続で、思い切り破壊したいという感情が芽生えているに違いない。短気なのは変わらずであった。


 そこにこのファスト炎上事件を持って来るのは、かなりの賭けである。


 打つ手が他にない以上は仕方がないとは言え、分の悪い賭け。


 俺の叫びが平原に木霊する。


 結果は……。


「っ…………」

『…………』


 俺が息を呑むと同時に、滂沱の涙を流して膝から崩れ落ちたタナカ。


 身の毛もよだつ指先の見えていた悪魔侯爵だったが、『えっ? 止めるの?』とでも言いたげに魔法陣と消えていった。


「危なかったぁ……。……言葉攻めはストレス見ながらっすね。すみませんっした、シンシアさん」

「これって戦闘って言うんですか……? 私の知っている戦闘とかなり違うのですけど……。でも魔王と渡り合っていますよね……」


 困惑しきりでシンシアさんは型を破り過ぎている俺の戦法に驚いている様子である。


 戦い方は各人各様、三者三様。十人十色に千差万別。


 ゴブリンと初の戦闘を経験した俺だが、村人には違いない。俺のスタイルで戦わせてもらおう。


「――へぇ、やるじゃない」

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