第79話、進撃のタナカ

 大弓を抱くシンシアさんを前に、子ウサギの如く震え上がる俺。


 考えてみれば、魔王タナカの残骸が盗まれていると知っているのは俺達のみ。


 タナカの復活が目前であることを知るのも、俺達のみ。


 ここで俺達のみを殺せば、間違いなくタナカは蘇る。


「コールさん、残念です」

「…………」


 シンシアは大弓を撫でながら、鋭利な視線を俺に向けた。


「私を疑いましたね? 私はその怪盗ではありませんよ」

「へ……? ち、違うんすか……?」


 雰囲気を一変させ、いつもの柔和な笑みで答えた。


「勿論、違います。実は私、王国の調査員なんです」

「……マジぃ?」

「はい。王国からスカウトされて、だから冒険者を辞めたんです」


 腰が抜けていたユウを立ち上がらせながら、シンシアさんは自身を語る。


「リア様が訪れるとなってから、何人もの調査員がファーランドを調べていました。中でも私は、本当に魔王討伐がガッツさん達の功績であるのかも含めてギルドを調査していたんです」

「マジかい……」

「すみません。久しぶりの前線に懐かしさが湧いて来てしまって、はしゃいでしまいましたね」


 どうやらまた少しばかり揶揄われてしまったようだ。


「ですが、いけませんよ? 出口はここしかないのですから、背後を警戒しなければ。ただでさえ怪盗がいる可能性があるわけでしょう?」

「後ろを見ててくれたんすね。なのに、すみません……」

「いえ、では急ぎましょうか。魔王も落ちて来たみたいですし」

「なぬっ!?」


 困り顔で愛想笑いを見せたシンシアさんの言葉終わりに、ぼとりと背後で音が鳴る。


『…………』


 タナカが顔面から落下し、割れた眼鏡越しにこちらを見た。


「早くぅぅぅぅ!!」

「乗って乗って乗って乗って乗って!!」


 急いでユウの箒に飛び乗り、急上昇していく。


「〈炸裂朱雀〉」


 最後尾のシンシアさんが炎の大弓で次々と爆発する炎の矢を遺跡内へ撃ち込む。


 鬱陶しそうにしながらも、やはりタナカは炎の渦の中でも平然と歩み出て来た。


 魔王が再び、ファーランドへ向けて進撃を開始した。


「う〜ん、今回の魔王はどうしちゃおうかなぁ……じゃあ、《力の魔女》様だってそう都合良く来てくれないし、都市じゃなくて平原で迎え打とうぜ」

「それがいいですね。以前は体力も魔力も《力の魔女》様が根こそぎ破壊していたというところが大きいでしょうし、被害を考えれば妥当かと」


 トップ冒険者であったシンシアさんのお墨付きももらえたようなので、余裕のなさそうなユウにもお願いをしておく。


「平原で俺等を下ろして、近くの冒険者を呼ぶ役目を頼むわ」

「うぅぅ……今日は楽しい楽しいお祭りだったのに、何でこんなことになってんのぉ?」

「俺なんて三回目だぞっ、どうなってんだよ! ていうか何で俺は死んでないの!?」


 明確に何かしらの呪いを受けている俺よりも嘆くことは許さない。


 魔王、魔将、魔将、不死戦艦、そして魔王だ。勇者でもこんなことにはならないだろう。それに今回はガッツやマーナン達がいないという点が何よりも気に入らない。


「ゴブリンと殴り合って互角の奴のところに何度も来んなよっ!」

「あたしだって魔王を見るの二回目だからね!?」

「そら可哀想だわ。俺が神様だったらユウに理想の彼氏図鑑から好きな彼氏選ばせてやんのに」

「ホント!? 神様になってよ、お願いだから!」

「ダメだ。何故なら今日こそ俺は死ぬっ!」

「うわぁぁんっ……! さよならぁ、ポーションくん……」


 などと騒いでいる内に、平原が見えて来た。


 チラリとユウと自分のポーションケースを比較して、所持しているマナポーションが足りるかを確認する。飛行魔法を続けているので俺が持って来た予備の分を渡すか悩むも、本人は魔力に困っている様子はない。


 魔力保有量にも恵まれているようだ。


 シンシアさんも持っている筈だが、彼女に渡す分として俺が持っていた方が良いだろう。


「おい、辛くなる前にマナポーション飲んでおきなさいよ」


 平原半ばに下ろしてもらい、都市へと去る間際にユウへ注意喚起しておく。


「あっ、そだね。ありがと」

「うぃ」


 鷹揚に頷き、飛び去るユウを見送った。


「さて、時間稼ぎ……も難しいでしょうけど、後退しながら狙撃しますね」

「うぃっす! お供しますわっ!」

「……素直に凄いですね。この絶望的な状況下でも悲観することもなく、全く恐れていません」


 心底から感心するとばかりに腕組みして小首を傾げるシンシアさん。


「勝手に殺しに来る理不尽にビビってやれませんわ。死んでもビビらねぇ」

「……皆さんがあそこまであなたを慕う理由が、少し分かった気がします」


 真面目な顔をして、俺の周りに滅多にいないまともな物言いをして告げた。


「先程の〈炸裂朱雀〉で確認しましたが、高位の武具ならば僅かですがダメージが入るようです。戦闘に集中したいので、コールさんは周りを警戒して私に情報を伝えてください」

「うぃっす!」


 俺の周りをこの人で固めたいと思う程にまともな作戦を指示された。


「ではコールさんが知る魔王の情報を教えてください」

「魔王の情報を通達いたします! 魔王タナカ、頭頂部の毛根は死滅っ、側頭部毛髪に拘り有り! 更にパンツを穿けない呪いを有し、チキンに当たったトラウマに苦しんでおります!」


 すると知識量が豊富なことが意外であったのか、こちらをキョトンと可愛らしく見て驚きを示した。俺の情報が役立ったようだ。


「あ、あの、戦闘かんれ――」

「ノーパンの呪いに関しては、《嘘の魔女》様のパンツを覗こうとしたからでありっ、タナカは腹を下した状態で部下を殺した事実からも分かる通り、非常に短気になる気質であることまで確認されております! あと交渉次第で一回だけ見逃してくれました!」

「戦闘関連ですっ、コールさん! あぁ、もう来てしまったじゃないですかっ!」


 なんだ、戦闘関係であったか。


 精神面から攻めていくタイプの俺とは戦い方が異なるようだ。


 西の森から歩み出た魔王タナカに焦りを見せつつ、タナカの戦闘能力をお求めになられている。


「えぇ〜っとぉ……悪魔呼べてぇ、炎出せて、手刀がよく切れて…………あと、氷も嗜んでたかなぁ」

「何で急にアホになったんですか!?」

「あ、アホ……?」


 見たままを伝えたのだが、どうして急に辛辣になったのだろう。


「戦闘スタイルなんかを聞きたかったんです! 立ち止まって戦ったり、接近戦主体だったり魔法専門だったり、あと魔法の系統とかっ、悪魔ならその種類とか、射程距離や攻撃スピードとか色々あるでしょうっ!? 魔王の生態なんて……くっ、やるしかありませんね! 〈炸裂朱雀〉ッ!!」

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