第23話、両雄と小動物、並び立つ


「イチカちゃん、綺麗な水を頼むっ! あと二階からフラスコとランプを持って来てくれっ。ありったけな!」

「ま、任されたですっ……!!」


 錬成キットの準備に取り掛かりながら、イチカちゃんに手伝いを頼んだ。


 イチカちゃんは素早く反応し、ギルド内へと走る。


「〈着火〉っ」


 ランプに火を付け、所持していたフラスコと水筒の水を温め始める。


 眼前では既にタナカとガッツによる激しい近接線が繰り広げられ、耳をつん裂く剣戟音が断続的に響いていた。


「おおおおおおっ!!」

「くっ!? ……つけ上がるなよ、小癪なァァ!!」


 轟々と振り続けられる大剣を、強者の誇りからか足を止めて手刀で斬り捌くタナカ。剣戟の合間に垣間見たその表情にはこれまでの余裕ある笑みはなく、明確な危機感に本心からの焦りを抱いていた。


「ちぃぃ……ならば先にそちらをっ」


 たとえ傷を受けようとも勇猛果敢に前進して斬り付けるガッツに苦しんだタナカは、忌々しげな視線を大魔法を構築するマーナンへと向ける。


「……〈闇〉……〈暗黒〉……〈夜〉……」


 杖を構え、前方に巨大な魔法陣を生み出し、更にまたいくつもの大小様々な魔法陣が作り出されていく。


 マーナンの扱える中でも破格であることが一目瞭然だ。


「死ねぇいっ」

「っ、マーナンっ!! 気を付けろっ!!」


 丸々と目を剥くタナカが手刀の魔力をマーナンへと飛ばした。


 燕の如く疾る飛空する剣撃は魔法陣を撃ち抜き、マーナンを射殺さんと突き進む。


「我程の魔法使いが魔法の隙を考えていないとでも? ……侮辱の極みぃぃ!!」


 何がそんなに気に障ったのか突然に激昂したマーナン自身の影から、予め喚び出しておいた〈闇に染まれダークネス〉が這い出る。


 飛来したタナカの魔力を闇の手があっさりと叩き落としてしまう。


「何っ……?」

「深手を負っているとは言え、これが魔王か。笑わせてくれる……」


 図に乗ったマーナンは意外にも強かった。


 拍子抜けとばかりに目を細め、鋭利な眼光のタナカを真っ向から見返している。


「コールさんっ、まず水ですっ!」

「おっ、ありがと。俺も急ご……」


 またギルドへ走り去るイチカちゃんを見習って薬草を擦り、フラスコへ移し、失敗だけはしないようにマナポーションへと集中する。


 あの魔法陣を見た後でマーナンが早急にマナポーションを欲しがった理由に合点がいく。俺は戦闘後のマーナン達を出迎える準備に専念しておいた方が良さそうだ。


「す、すげぇ……。これなら本当に、魔王を倒せるぞ……!!」

「ガッツぅ!! いけるぞっ、あのタナカを押してるぞっ!!」


 周りの人達からも熱気が巻き上がり、戦場は更に加熱する。


 人々の希望を背負って剣を振るう。まさに今のガッツは勇者であった。


「くそっ! こいつの体力はどうなっているっ!?」

「まだまだ付き合ってもらうぞっ!!」


 全身に切り傷を刻みながらもただ前へ、前へと、鬼神の如く剣を振る。


 怯むことなく、臆すことなく、揺らぐことなく。


「――良きタイミングで退くのだ、我の魔法が通る」


 低く威厳ある声音により、ガッツに集中していた視線が集まる。


「……〈闇黒の月ブラックムーン〉……」


 それは、空に生まれた。


 夕焼けの空にどこからともなくやって来た闇が集まり、巨大な黒球が形成される。


 目にした万人に畏怖を抱かせ、暗闇の恐怖を呼び起こさせ、決して歪められぬ夜の壮大さを知る。


 この世の裏にある昏い部分を押し込めたように黒々としたそれは、ゆっくりとタナカへと落ちる。


 ゆっくりと、徐々に加速しながら……。


「ふん、こんなもの避けてしまえば何ということはない」

「俺が当てさせるさっ……!!」


 鍔迫り合いの真っ最中にある二人にもその異変は伝わる。


「っ……ガッツさんっ、まさかの私の出番ですっ!」

「なにっ!? ……分からんが分かった!!」


 唐突なイチカの呼びかけに呼応して、迫る球体に対してかなり早くにガッツが飛び退いた。


「これが、ソロでウルフを狩り続けた私の減速ですっ。――〈減速スロウ〉っ!」

「っ、ぶぁぁぁくぁぁぁなぁぁ……」


 ドラゴンの肉で強化され、今の重傷を負った魔王にはイチカの〈減速〉を力づくで弾くことは叶わなかった。


「よくやった、イチカ!!」

「て、手が震えてますっ……、魔王に私の魔法が……!!」


 時の遅くなった世界で足掻くタナカへと、黒い球体が速度を上げながら落ちていく。


 影は〈減速〉の空間に干渉されず、そのまま舞い降りた。


「っ………――――――――」


 あれだけの強大さを見せたタナカが無惨に押し潰されていく。


 闇の手に絡め取られながら凄まじい重量に為す術もなく、抵抗の余地もなく黒球に呑み込まれた。


 球体は周囲の建物を僅かに削りながら四分の一程も地面にめり込み、そのまま暗黒へと抉り取ってしまう。


「…………や、やったっ、ガッツ達がやったぞ!!」

「凄い凄〜いっ、マー君!!」


 歓喜が沸き、爆発して上がる歓声が勝利の勝ち鬨となった。























『…………』












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