第24話、導き



「す、凄い……、やってしまった。やり遂げてしまった。なんて奴等だ……」

「ファーランドに英雄が生まれたぞぉ!!」


 声高々に魔王討伐の偉業を喜ぶ者達。何もできなかった兵士達だけは微かに居心地が悪そうではあるが、都市の危機は去った。


「スゲェェ……。やるねぇ、マーナンもイチカちゃんも。うしっ、さっさと作るからそこで…………」

「…………」


 マナポーションを一つ作り終えたところに人影が落ち、いつの間にか隣にいたのがマーナンであろうと見上げた。


「お爺ちゃん!?」

「…………」


 ぷるぷると震え、杖をそのまま杖として突き、曲がった腰で遠くで狂喜乱舞する悪魔っ子を見ている。


 髪もすっかり白髪に染まり、顔も皺だらけで腕も細い。


「こ、これどうぞっ!!」

「ありがと、イチカちゃん。……お爺ちゃん、とりあえず椅子に座んな?」


 イチカちゃんが持って来てくれた椅子に誘導すると、耳が遠いのかジェスチャーでもう一度聞き取ろうとするも、


「…………」


 老人の勘なのか、椅子を見つけて何度となく確認しながらゆっくりと腰を下ろした。


 何故か一度も喋らない。


「ほ、ほれ、マナポーションでも飲みな?」

「…………」


 細長い容器に移して差し出したマナポーションを、……鈍い動きで受け取って湯呑みのようにほのぼの飲み始める。


「…………」

「……何こいつ、顔を顰めてんだけど。いつから味に拘るようになったんだよ。年取っても面倒だな、お前」

「ふん…………」

「意地悪な息子嫁を見る目で鼻を鳴らすな」


 マーナンはマーナンであった。どの時代のマーナンに会っても喧嘩になる自信がある。


「コール、俺にもポーションを頼む。流石にもう動けん」

「うぃ〜っす、お疲れさん。お前はホントに強いな」


 動けないと言いつつ自力で歩み寄って来た傷だらけのガッツ。フラスコを二つマナポーションに使い、マーナンの空になった容器に残りを注いで三つ目のフラスコが空いた。


 これでガッツのポーションを作ろう。


『――やってくれたな、人間共』


 歓喜に満たされていた空間が、一声で凍り付く。


 身体の内にまで響く重い声音で、その者は再び現れた。


「っ……あの姿は……」

「マジかよ……」


 羊を思わせる曲がり角。


 異様に長く細い腕に、着色されたように不気味な青い肌。


 顔は……タナカであった。青く塗られたタナカだ。


「ウソ……」

「ちきしょぅ……、やっぱ駄目なのか……?」


 コウモリの翼を羽ばたかせ、何もない空間から真の姿となって復活していた。


『終わりだ』

「…………」

『この姿となったからには、絶望あるのみ』


 誰しもが既に絶望に浸り、命を諦めていた。


 ファーランドは静寂に包まれ、魔王が降り立った不運を恨む。


「……え~、本当に治ったのぉ?」

『何が言いたいのかね……』

「よく見たら髪の毛とかそのままだし、《力の魔女》様から受けたダメージは回復魔法とかでも全く治せなかったんじゃないのぉ?」

『ふっ、下らん。……髪の毛まで治せていたらこんな髪型になるわけないだろぉぉ!!』

「うわ、タナカが怒ったっ」


 しかしそれにしては伝わる魔力も覇気も、先ほどとあまり違わないような……。


 眼鏡も割れたままだし。


『さぁ、首を差し出せ。纏めて業火で葬って――グフっ!!』

「あっ、吐血したっ! やっぱ全然ダメージ入ったままじゃん! 普通にやれそうだぞ!?」

『ち、違うぞ。ちょっと唾が喉の変なところに入っただけだ。誰しもが予期せぬタイミングで苦しめられるだろ。私はそれが今だったまでのこと……』

「嘘じゃん。右肩、痛いんだろ? 揉みたいんだろ?」

『……いやぁ、別に……そんな……』


 ごにょごにょと言葉に詰まるタナカを前にして、絶望は激情へと変化する。


「コールの言うとおりだぞ、ビビらせやがってっ!! もうガッツだけに任せるわけにゃいかねぇ!!」

「おい、やっちまうぞ!!」


 武器を引き抜き、兵士や冒険者達がタナカへと殺到する。


『い、いいだろう!! 死にたい奴からかかってくるがいい!!』


 一切に群がる人間にも怯まず、タナカが業火や手刀で迎え打つ。


「剣を合わせた仲と言えど、はったりとは見損なったぞこの野郎…………くっ、しかしこの身体では」


 前へ踏み出るガッツだが、身体の方は限界を迎えていた。


「コールさんっ、このポーションをっ!!」

「ヤクモじゃん、ナイス過ぎる」


 後半の戦闘が起こってから見かけなかったが、ギルドでこのハイポーションを作製していたようだ。


「ほい、ガッツ」

「もう一暴れと行くか。だがコール、決め手はアレ以外ないぞ」

「…………」

「急ぐんだ。今はこの勢いがあるが、はっきり言ってこのままだと負ける」


 そう言うとハイポーションをぐびぐびと飲み干し、大剣を携えて再び戦場へと駆け出していった。


「やべっ、急げ!!」

「…………」

「マーナンっ、お前の魔法がないとヤベェってよ……!! そんな悠長に飲んでねぇで次々いってくれっ!」


 滑り込むように胡座をかいて、高速で薬草を擦り潰し始める。


「わ、私も手伝うですっ……!」

「僭越ながら私も手を貸しましょう」


 マーナンに追加のマナポーションを注ぎ、マーナンを急かし、マーナンの背を摩り、薬草を擦り、フラスコへ薬草を詰めていた俺に見かねてイチカとヤクモが助力を申し出た。


「ならイチカちゃんは出来上がったマナポーションを注いでくれ。ヤクモはとろとろもたもたしてるマーナンを急かしてくれる?」


 指示する間にも薬草を擦る手を止めず、フラスコへ移す。


「お代わりです、マーナンさん」

「…………もぅ、むりかも」


 青い顔で冷や汗を流して苦しむマーナン。


 六十代まで見た目を取り戻したマーナンだが、まだまだ足りない。


「早く飲みなさい。魔法馬鹿のあなたに他に何があるのですか?」

「…………」

「枯異草でも食べてリセットしましょう。そして飲みなさい」

「う、うむ……」


 雰囲気が一変したヤクモの冷たい眼差しに見下ろされ、酔い気味であったマーナンが大人しく枯異草を食べる。


「魔法は唱え始めときな?」

「む、無情なり……」


 指示した通り、マーナンは魔法陣を構築し始める。


「はい完成っ。ほいっ、これはもうフラスコごといっちまえっ!!」

「あ、悪魔どもめっ! 自由の翼を我から捥いで如何とするっ!? 特にコールっ、貴様の悪行を我は忘れんぞぉぉぼぼぼぼぼぼぼ!!」


 二つのフラスコを煽り飲ませ、みるみる若返るマーナン。


 飲み終えたマーナンは虚な目で腹を膨らませ、溢れ出そうになる口元を手で押さえ、三十代のマーナンは手を翳した。


「狙いはもっとこっち! はいっ、いってみよう!!」

「……ぶ、〈闇黒の月ブラックムーン〉っ……!!」


 手を微調整して軌道を修正させ、放たせた直後、俺達の視線は自然とタナカの方へ。


「くおおおおおおおおおお!!」

『貴様を殺せば私の勝ちだぁぁ!!』


 タナカはガッツを重点的に攻撃していた。此度の劣勢はガッツ。他の冒険者達の援護があっても真のタナカが繰り出す攻撃に押されていた。


 長く伸びた手刀、辺りを漂う紫の炎球、そして小型ながら召喚術により喚び出したブルドッグっぽい眷属達。


「ふっ、上を見てみろ」

『なにっ!? 二発目を撃っただと!?』

「っ……!!」


 頭上より迫る巨大な魔法を見上げたガッツが不敵な笑みを浮かべ、タナカの手首を握り締める。


「お前だけは逃がさない……」

『き、貴様っ、離せ!! このっ!! 馬鹿げているっ、他人の為に死ぬなどと!!』

「お前達っ、避難しろ!!」


 タナカの手首を握り締めるガッツの力みは増すばかりで、その指が埋まっていく程であった。


 更にタナカの言葉に耳を貸さず、周囲の冒険者達に退避を叫ぶ。


「お、おいっ、ガッツはどうすんだよ……!!」

「嫌よっ、ガッツだけ死なすなんて……」


 迫る黒球にも構わず微動だにしないガッツへ冒険者達が叫ぶ。


 だがガッツは言う。


「心配するな、死ぬつもりなど毛頭ない。……きっと、あいつが何か考えてくれるさ」


 そう言うガッツが肩越しにこちらへ視線を向ける。


「…………えっ? 俺なの?」

「そう、みたいです……」

「え〜? そんな急に言われてもさぁ…………あっ」


 一つ思い付いたのでイチカちゃんに作戦を伝える。


『無駄だっ!! 私は先程のように復活する!! タナカは永遠に不滅なのだぁぁぁ!!』

「復活する者がこのように死に物狂いになるものかっ!」

『ぐっ、くっ……!?』


 苦々しい表情は核心を突いていたことの証。


 焦るタナカが尚も足掻くが、体内に蓄積したダメージは偽れない。


「行きます、〈加速アクセラレーション〉!!」

「ガッツっ!! 真後ろへ跳べ!!」


 〈闇黒の月〉が頭に掠りそうになるまで迫った瞬間、ガッツへと叫ぶ。


「っ…………くっ!!」


 えっ、嘘だろとでも言いたげな目付きをするも、選択肢はないと言われた通りに背後へ飛び退いた。


『ぐぉっ!? グァァァアアアアアアアア!! この私がっ、人間如きにぃぃいいいい――――――』


 黒球に再び呑み込まれたタナカの断末魔に構うことなく、〈加速〉で高速射出されたガッツへ集中する。


 爆風と轟音に揺れるギルド前。


 弾き出されたガッツは……その後に俺達の手前に展開してあった〈減速〉空間により緩やかに動きを変化させられていた。


「もぅ腕っ節で受け止めるぞっ!! 気合い入ってるかぁ!?」

「お任せください」


 ヤクモが真っ先に返答し、〈減速〉を抜けた後に再度高速化するであろうガッツへ備えた。


「はいです。……変人ですけど」

「…………」

「あっ、お爺ちゃんは座ってていいですよ」


 お爺ちゃんに逆戻りしたマーナンを除き、イチカちゃんも含めて三人で身構える。


「そういうことかっ!! おっしゃ!!」

「力仕事なら任せなっ!!」


 冒険者達も集まり俺達の背中を支え始める。


 兵士や住民達も駆け寄り、受け止める態勢を整えた。


「――――うぉおおおおおおおお!?」


 飛び出て来たガッツの顔や肩や腕を持ち、踏ん張るも……筋肉質なガッツの重量と勢いにより全体が物凄い勢いでずり下がる。


「やりやがるぅ、ガッツの癖にっ……!!」

「おおおおおおお!!」

「魔王討伐隊っ、ふぁいとぉーっ!!」

「ファイトォぉぉおおおおおおおおお!!」


 踏ん張る皆の体力もみるみる削られていく。


「くぅぅ……ですぅっ」

「嬢ちゃんっ、あと少しだぁぁ……!!」


 やがてガッツの勢いは衰えるのを感じ、〈加速〉の効果も切れ、あと一押し。


「コォルっ、顔を掴むのはやめてっ!?」

「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ぐっ――」


 しかしここが限界であった。


 俺を吹き飛ばして、後ろの冒険者達も怪我をするであろう勢いはまだ残している。


 瞬間的に、衝撃を覚悟する。


「――ふんぬっ!!」


 一人の屈強な冒険者が、ガッツの両脚を掴み力強い足踏みと共に限界寸前のところで引き止めてしまう。


「ど、ドナガンさん……!!」

「あら、大丈夫? ひっく……全然まったく状況はわからないんだけどぉ……なにこれ?」


 酔い潰れていたドナガンさんがたまたま目覚め、最後に救いの手を差し伸べてくれたようだ。


「て、手間を取らせたな……」

「気にすんな。今日の主役だろ?」


 皆、尻餅を突くガッツの無事を確認し、すぐさま〈闇黒の月〉が落下した場所へ。


 そこには…………タナカの姿は跡形もなく、僅かばかりに残骸を残すのみ。そして復活する気配も見られない。


「ん~…………おっしゃあ!! 宴じゃぁぁぁぁぁ!!」


 俺の声を皮切りに先程を上回る歓声が上がる。


「おおおおおおおっ!! これぞ冒険だぁぁ!!」

「冒険ですぅ!」


 抱き合い、肩を組み、酒だ酒だとギルドに入り、すぐに大騒ぎとなる。


 住民達も住民達で安堵に胸を満たし、家路に向かう。


 この波乱だらけの長い一日が、魔王討伐という歴史的快挙と共に終わろうとしていた。


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