第25話、長い一日が終わりそう


 ファーランドから朝に歩いて来た道を辿り、スキップで我が家へ向かう。


「ふんっ、ふんっ、うぃ~~!」


 もうすっかり辺りは暗く、ランタンを灯して歩く。夜風は心地良く、先程の騒動が嘘のように一転して穏やかであった。


 しかし、帰宅した我が家には……明かりは付いていない。


「うん? 飽きて帰ったかな。……いや、それはないな」


 そんな独り言を呟きながらも脚を動かして、丘の上に建つ我が家へ。


 到着し、俺のパンツが飾られた扉の取手に手をかけようとする。


『合言葉は何かな?』

「あ、合言葉? ……商売繁盛諸行無常?」

「違うけど、おかえり。長い一日を終えようとしているね、お疲れ様」


 あっさりと扉を開けて、和やらかな笑みを浮かべたモナが現れた。


「どうかな、これ。注文していたのが届いていたんだ」


 露出度高めな悪魔っ娘のコスプレをしたモナが出迎えてくれた。


「悪魔っ娘モナ、サイコーだな……」

「ふむ、気に入ってもらえたようだね。では改めて……」


 首に腕を絡めてキスを求められて「てへへ」とデレデレとしながら要求に応える。


 軽く唇が触れ、極上の柔らかさに脳がやられ、触れる度に愛おしくなる。情熱的に吸い付いてくるモナに蕩けてしまう。


 キスの音が玄関先で連続する。


「……………………………………っ、っ!!」


 いくらなんでも続き過ぎるので、背中を軽く叩いて合図する。


「……へへっ、これで君は私のものだよ」


 口元を腕で拭いながら男らしく言い放った。


「なんだよ、また浮気とか言い出すんか? まったくおいテメェ、いい加減にして――」

「お尻はガッてしなくていいのかい?」

「いいの? 本当に? なんで今日はそんなにサービスしてくれちゃってんの? ホントにいい子なんだからモナはぁ」

「追いかけるばかりでは疲れてしまう。適度に甘いものも与えてあげなければね」


 お言葉に甘えて抱き締めるように腕を回し、モナの丸いお尻を両手で鷲掴む。


 布面積が少ない下着なのかサラリとした張りのある肌に直接五指が埋没してしまった。


 直接すぎてアレ? と思う。


「っ…………ふぅ、やはりいいものだね。というよりも回数を重ねる度に病み付きになっている気がするよ」


 僅かに快感に震えるモナ、可愛い……。


「どっちも嬉しいなら最高じゃん。というか、今かなりヤバいの穿いてない?」

「うん、もちろん穿いていないとも」

「タナカやん!? ちょっ、家ん中入んなっ?」


 お尻を揉み揉みしている場合ではなかった。慌ててモナを家の中に押し込む。


「ふふっ、ジョークだよ。本当は凄く小さいものを今夜の為にチョイスしただけの話さ。君へのご褒美にね?」

「お、お茶目さんめ」


 いつもの悪戯であったようだ。満足げに微笑んでいる。


 室内のテーブルには形の歪なオムレツとハムやチーズ、パン。香りからしてスープまでが用意され、キャンドルの準備まで整えられていた。


「…………」


 だが元魔王タナカが語ったモナは、魔王ですら弄び、世界中の者達を嘲笑う魔女であった。伝え聞く《嘘の魔女》もそのような冷酷無慈悲な存在だ。


 もしかしたら……、いやきっと俺も……。


「……明日からもモナに振り向いてもらえるよう張り切ろっかな」

「うん、そうだね。でも君は魔王まで倒してしまったのだから、もう少しくらいは家でゴロゴロしてもいいんじゃないかな」

「俺は倒してねぇけど。見てただけだけど」

「倒したんだよ。そして私を護ってくれた。そのつもりだったのだろう?」

「まぁ……ガッツみたいに男らしくって思う時もやっぱあるじゃん?」


 上機嫌のモナは抱き着いて離れず、普段よりも嬉々として見上げて続ける。


「君は君でいいんだよ。鍛えてもいいし、ポーションに専念したっていい。大切なのは、私の為にコール君が決して太刀打ちできない強敵に立ち向かってくれた事実のみだ」


 一歩だけ離れて真っ直ぐに見上げ、それだけを伝えると先立ってテーブルへ足を向けた。


 ……しかし今一度振り返る。


「……コール君、そんな君を愛しているよ。震えて、痺れて、溶けちゃって、蕩けちゃって、溺れちゃうくらいにね」


 妖艶で恐ろしげな凄みもある笑みを浮かべ、真実の愛を告げるような熱の溢れる声音で囁く。


「うぃ~~……どうせ嘘だろ?」

「さぁ、どうだろう。嘘かもしれないし、真実かもしれないよ? どちらにしても嘘と取れるけれど、それもまた私らしいね。何故なら私は、かの《嘘の魔女》なのだから」


 けろりと雰囲気を変え、いつものマイペースな調子に戻るモナ。


 まさに噂に違わぬ《嘘の魔女》であった。


「……今度、旅行でも行くかぁ」

「ふむ、それも楽しそうだね。今度は旅先で幻獣に出会ったりして」

「今日がこんなにめちゃくちゃだったんだ。意地でも暫くは問題には巻き込まれられねぇわな」


 モナと隣り合ってテーブルへと歩んでいく。


 彼女を真に惚れさせるのは、まだまだ先のことになりそうだ。


 ちなみに次に問題に巻き込まれるのは、数日後のことであった。








~・~・~・~・~・~

第一章『ファーランドの長い一日編』完

明日、第二章『魔将怒る編』開幕

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