第二章、魔将、怒る編

第26話、《闇の魔女》がやってくるらしい


 魔王討伐から五日。


 事情聴取も終え、活躍が認められたガッツ、マーナン、イチカは魔王討伐の報奨金が確定した。俺とヤクモ、他の冒険者達は無し。


 不満はない。というのもほぼ《力の魔女》ハート様の負わせたダメージが決め手となっており、あと一押しは間違いなく彼等の功績である。そもそもマナポーションを作っただけで討伐者として名前を挙げられても複雑だ。


「ですからハイポーションはとにかくっ、精密な調合とタイミング。これに限ります」


 本日は週に一度のファーランド魔法学園錬成魔法科での授業を受ける日。


 教壇でハイポーション作製時における注意点を解説する教師を、段々と扇状に広がり上がる最上部の席から眺める。


「ポーションと違いまして、純薬草と魔草に加えて貴重な薬草を一種類足したものですが、扱いはまるで異なります」


 本に書いてあることばかりを饒舌な語り口で喋り、あまり意味がないようにも思えるが、たまに豆知識やコツを混ぜ込むので油断ならない。


「はい、それではここまで。次週は第一回目のハイポーション実習ですので、錬成キットを忘れないように。それではまた」


 恰幅のいいおばさん教員が早々と教室を後にしていく。すると、ざわざわと疎に座る生徒達が騒ぎ始め、このあとの受講や予定を話し出す。


 大抵は皆、複数の魔法科を同時に学び、魔法使いとしての幅を広げる。


 だが俺の場合はポーション関連のみ。一つ当たりの授業料が高いというのもある。更にギルドでのポーション作製などの仕事で生活費も稼がなくてはならず、緊急時に備えるならば余計な時間を割いて授業を受けられない。というか授業料が高い。本音を言うなら高過ぎる。


「うぃ〜〜〜〜っ、……帰るかぁ」


 思い切り良く伸びをしてから、友人のいない錬成科二回生の教室を後にする。廊下を他の生徒と行き交いながら歩み、正面玄関から外へ。


 純薬草の葉っぱを模したモニュメントが特徴的なドーム型の校舎を一度見上げて、


「――マナポーションを作るのだ、怠慢なる助手よ」


 クソみたいな輩と遭遇する。


「錬成科の校舎で待ち構えんなよ、マーナン。まだ昼なのにもう白髪が生えてんじゃん」

「惰性で生きるべからず。我は一分一秒足りとも無駄にせず、成長あるのみだ」


 訳すと、朝から魔法使い過ぎたからマナポーションを作ってください、というニュアンスになる。


 というよりもおそらく俺の受講日なので、起きてからその予定で行動していたに決まっている。


「俺に作らせるのが決まっている前提で、お前が昨日眠りに就いたのかと思うと奇声を上げちゃいそう。……マナポーションはいいけどさ、先に飯行こうぜ」

「ふん、良かろう。だが近場で済ませるのだ。あまり時間がない」

「はぁ? なんでよ……。ギルドで美味いもん食おうぜ。足繁く通おうぜ」


 カツサンドは昼食に欠かせないと豪語するマーナンが学園近くでと条件付けするのは非常に珍しい。


 歩み出した足を止め、振り返ってマーナンに訊ねる。


「……呆れたものだ、無頓着も程々にするがいい。ファーランドの現状をまだ知らないのか?」

「…………」


 嘆く様子のマーナンに顎で指し示され、周囲を注意深く眺めてみた。



 ♢♢♢



 コールが見渡す学園内は校舎ごとに、飾り付けや何らかの集団魔法芸であろう演舞の練習など、教員も生徒も含めて慌ただしく行動していた。


「……あ〜っ、三ヶ月後に学園祭があるからかぁ」

「どれだけせっかちなのだっ。三ヶ月も前から備える筈がなかろうっ、二ヶ月以上は暇を持て余して風化すること間違いなしぃぃ……!」

「はしゃいじゃってさぁ、催しでもないのにどいつもこいつも浮ついてみっともねぇな。あ〜はなりたくねぇよ」


 嘆息混じりに浮かれる学園全体に喧嘩を売る形で苦言を呈する。


「……《闇の魔女》様が来られるのだ」

「えっ!? マジ!? リア様が来んの!? 服買って……あっ、散髪にも行かなきゃじゃん!!」

「落ち着けぃ……!! ……浮かれるでない、安心するほど小物なる友よ」


 驚きの情報を受け、あたふたと取り乱すコールを珍しくもマーナンが窘める。


 王国との百年契約の最中にある《闇の魔女》リアは、国内外問わず絶大な人気を誇る。その可憐な見た目もさることながら、魔女としては珍しく人間とまともに対話し、人間とほぼ同じ価値観で答えを出す。


 崇拝する者は後を絶たず、神聖視する者まで多く存在する。


「ヤッベ、俺も何か作るか? なんか……人々の持つ無限の可能性を表現した翼みたいな芸術作品」

「自らにないものを生み出そうという試み、良いではないか」

「……俺には可能性がないってこと? そう言ってんの? 言ってんだろ? ぶっ飛ばすよ?」


 一行にしてコールの沸点を超えさせるマーナン。横合いからの殺意にも素知らぬ顔で創作や演舞に励む学園生を眺める。


 自分も負けてはいられないと奮い立つ。


「少ない可能性かき集めて、お前専用の殺戮モンスターになってやろうかぁ、あぁん!?」

「食堂に行く。今日は我の奢りだ。何でもいくらでも頼むがいい」

「わぁ〜い」

「付いて来るのだ」

「うぃ〜っす」


 勇むマーナンに続き、コールが跳ねる足取りで追随する。


「魔王殺しの英雄は違うねぇ。大金貰えんだろ? また奢ってくんねぇ?」

「くだらん。あれは《力の魔女》様が見逃したものを葬ったに過ぎない。それに大金と言えども我はそのほとんどを魔法関連に使う」

「嘘吐け、また【悪魔っ娘怪しげカフェ】に通うつもりだろ? 自分で細切れにしたスタンプカードの残骸を前に項垂れてたじゃん」


 平然と嘘を吐いたマーナンを見破り、コールは彼に横並ぶ。


 すると道を行くに連れ、コールはこれまでとの変化に気付いた。


「…………ん? お、おい、あれ魔王を倒したマーナンだろ?」

「ホントだっ、凄ぇ……。もう老いてるし、やっぱり普段から過酷な魔法の練習やってんだわ」

「英雄は一日にして成らずか……、器の大きさが俺等とは違うな」


 身内に罵られるばかりのあのマーナンが、周囲の学園生から口々に褒め称えられていた。


「……お〜いおいおい、もうすっかり時の人だな。お前さんをいつもの感じで罵倒したらヤバいんじゃね? まぁ、やるんだけどさ」

「魔王殺しなどと……、魔法使いが名声に執着し始めたら終わりだ。周りの雑音など不快でしかない……」

「流石だねぇ」


 呆れるとばかりに吐き捨てるマーナンに、コールは少しばかりの感心を抱く。


 世間の評価ではなく、自身の魔法探究に重きを置く。自身の本質を見失わず、良し悪し関わらず一途に愚直に魔法の真理をひたすらに求める。


 それがマーナンである。


「えっ、アレ魔王を倒したマーナンじゃんっ……!! あたし、あんな感じのおじさんが好きなんだよね」

「…………」


 ……マーナンが途端に足を止め、ありもしない靴紐を結び始めた。コールは虫けらを見る目になった。



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