第98話、公爵が早く来いってさ

 冷血公爵、ケッピエ・キィーザック。


 女性公爵である彼女は百年契約の範囲期間において長年に渡りリアの秘書官を務め上げ、最も長い月日を共にした優秀な人材であった。


 しかし一方で魔女なのではとも思える冷徹振りにより、国内外から冷血公爵とまで呼ばれるようになる。断罪に少しの迷いもなく、同族や貴族にも情をかけることもない。


 此度、ガッツ達に指名依頼を申し出たのは、何を隠そう彼女であった。


「公爵っ? 物凄いお偉い人だったんか……」

「既に隠居されているが、おそらくキィーザック公爵の依頼を断ったのは君達が初めてだろう。彼女が《闇の魔女》様と公務した時間は、他と比べるまでもなく最長期間。依頼というのは名目で、騎士となったアリマに挨拶もしくはその姿を一目したいのではと私は推察している」


 国王に次ぐ位を持つキィーザック公爵からの依頼であった。最初に名前くらいは聞いておけばと悔やまれる。


「ちなみに、未だに国王を凌ぐ影響力を持っている」

「リア様とか関係なく受けないとダメだったんじゃん……」


 これは腹を決めなければならないようだ。


 貴族と聞けば、あの魔将と結託していた領主を思い描いていたが、今回はまさに生粋の貴族。貴族の頂点と言える。


「ん〜、オッケ。……行こっか」

「……今回はノーキンの要請で私達の幾人かも同行する。依頼と重なっているので、人選は話し合っているところだ」

「エドワードは来るでしょ。公爵を相手にしてもらわなくちゃ」

「私はチームのリーダーだっ。そう簡単にチームを離れるわけにはいかない」


 心細いのでエドワードには同行してもらいたいのだが……。


 依頼内容とやらも、どうやら別荘での薪割り作業や家事手伝いといった、こじ付け感溢れるもののようだ。男手が必要というわけでもなく、戦闘要員を欲しているわけでもない。エドワード達の決定に口は挟めそうにない。


「旅行です……!! お金もあるので遊び尽くすですっ!!」

「コールには気の毒だが、俺達はおまけだからイチカの言う通りただの旅行だな。あっはっはっはっは!!」


 嬉しさのあまり高らかに笑う二人。俺の憂鬱などお構いなしである。


「ふははははっ!! ふむ……面倒ではあるが、この旅路とて我の魔法研究の糧とフハハハハァ!!」


 違った。更に舞い上がって復活したマーナンまでもが、最も調子付いて爆笑を轟かせている。


「遠征中のポーション、どうすっかなぁ……。……自腹で効果が長引くやつを購入して置いておくかぁ?」

「ウチのヤクモ君に頼んでおこう」

「…………あのさぁ、ギルド二つ分のポーション作製を担当するってどれだけ大変か分かって言ってる?」

「え…………わ、私は良かれと思って提案しているのだぞ?」


 そうだろうとも。しかし冒険者達の多くはポーションが用意されていて当然という考えを持っている。


 言葉の端々からエドワードにも、その匂いを感じてしまう。


「その気持ちは嬉しいけど、ちょいと考えてごらんなさい。……ヤクモならやってくれるよ? 俺だって逆の立場ならよく頼ってくれたと快く引き受けるもん。でもさ、俺より格段に優れたヤクモでも普段の倍は疲れる作業なわけだよ? それを何日も連続でやるんだよ?」

「それはっ、そうなのだが…………そうだ、ボーナスを払えば良いだろう!」

「……ボーナスねぇ、それが妥当かも。大した使い道もないし、リア様に貰った金から俺が出すかぁ」


 何か気前の良い貴族らしい思考ではあるが、今回はそれでいこうか。


「よっしゃ! 何かすぐにでも来て欲しいとか書いてあるし、エドワードの人選が決まり次第、出発すっか!」

「おおーっ! ですっ!」


 いつになく興奮気味のイチカちゃんが拳を突き上げ、気が逸るガッツ達も落ち着かない様子で頷いている。


 俺も急いで旅行の準備を進めなければ。


 まずはヤクモへポーション作製依頼のお願いからだろう。


「えぇ、構いませんよ。道中、どうかお気を付けて」

「ホントにごめんな? ボーナスは色を付けておくから」

「ぼ、ボーナスだなんていただけませんっ! いつも持ちつ持たれつでやって来たのですから!」

「今回は急過ぎるって。しかも理由も訳分からねぇし」


 予想通りに良い人過ぎるヤクモに、どうしてもボーナスを支払いたい。ギルド【マドロナ】前で、腰を据えて交渉に入る。


 というより、こういうのはギルドマスターがやって欲しいものだ。


「それに受け取ってくれないと、俺がアホになるよ?」

「あ、アホ……ですか?」


 何を言っているのか分からないヤクモへ、試しにアホになって教えてあげる。デモンストレーションである。


「……ワレ、マーナンなりぃぃ。フハハハハぁ!!」

「っ……!? きっ、貴様っ、正気かっ!? 本人を前にしてアホと宣い、あまつさえ……気でも触れたのかっ!?」


 ちなみに背後にマーナンやガッツ達はずっといる。


「マナポーションっ! マナポーションっ! は、早くマナポーションを寄越せぇぇ!!」

「ヤバい奴ではないかっ!! 今すぐにその猿真似を止めるのだっ!! でなければ貴様っ、ただではおかんぞっ!!」

「ワレに触れるなぁぁ!! 闇魔法も嗜まぬ者に生きる価値など無しっ!! さっさと深淵に呑まれて闇に貢献せよっ!! 死ねェェ!!」

「そこまで言ったことなどないわぁぁ!!」


 掴みかかって来るマーナンに抵抗しつつ、裏声で忠実にアホに徹する。


「ワレは闇魔法の先駆者なりぃぃぃ!! リア様には御目通りが叶わずっ、作ったアイテムも使えなかったなりぃぃぃ!!」

「キサマぁぁぁぁぁ!!」


 折角にノリノリだったが、マーナンがあまりに邪魔をするのでアホを止める。


「なんだよ、そんなに怒って……。何がそんなに気に入らないの? 聞いてあげるから言ってみな?」

「まともな者の所業ではないっ!! その反応も含めて全てがだっ!! 貴様は一つも二つも脳の部品が欠けてしまっているに違いないのだぞっ!!」


 マーナンにだけはお気に召さなかったらしい。背後のガッツ達は笑いを堪え切れずにいるというのに。


「あら、お気に召さない? はぁ……、ならアホじゃなくてバカになっとくかぁ」

「俺じゃないかっ! 間違いなく俺の真似をするつもりだろうが、バカモンっ!! 絶対に止めろ!!」


 俺の頭を鷲掴み、バカの自覚を持つ者が慌てて止めに入って来た。


 そんなことをされても、俺はやるのだが。


 だが口を開いてバカになり切るよりも早く、呆気に取られていたヤクモが我に帰り返答した。


「わ、分かりましたっ! 今回だけは受け取りますので……!」

「うぃ〜、あんがと。明日にでも渡しに来るから。居なかったら受け付けに預けとくわ」

「はい……、いつもながらお気遣いありがとうございます」


 こんな感じで、旅支度を終わらせていこうと思う。

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