第97話、執念深い貴族からまたお便り

「助手よ、マナポーションを作るのだ」

「お前、凄いね……。……ものの数時間でその態度? 俺からしてみたら決闘やったのさっきよ? 凄いね、ホントに……」


 化け物がいた。マーナンは本物の化け物であった。


 ポーション作製を終えて一息吐いていたら部屋の扉が開き、『い、淹れ立てを飲ませるのだ、脅威なる友よ』とボロボロで這い上がって来てポーションを飲むこと六本。


 立ち上がれるまでに復活した途端にこの態度である。


「貴様との手合わせにより、今日に行う鍛錬分の魔力が足りない。マナポーションを作るのだ」

「作るのはいいけどさぁ……。今日は魔間草がギルドに無かったからここでは無理よ?」

「なにっ、怠慢なるぞ!!」

「何で体感したお前がメモ帳を恐れないんだろう……」


 流石に叩きのめされたその日その直後に、叩きのめした俺にこんなに上から怒鳴り付けるのは理解が及ばない。少なくとも俺はこいつの思考を理解できない。


 怖いもの知らずとよく言われるが、俺などよりもこいつの方が恐れを知らないではないか。


「お前、たまには魔法以外で午後を過ごしたら? みんなとお喋りしたり、どこかに出掛けたりしてさ。たまにならいいじゃん」

「それは、《闇の魔女》様の騎士として闇の使徒である我に命じているのか……?」

「ま、まだ根に持ってやがる……」


 彼は清々しいまでにマーナン・ナイナターであった。眉間にこれでもかと皺を寄せて、凄い力の入った目で睨み下ろしている。


 ここは俺が譲るしかない。前のように言い負かしても今朝のように打ち負かしても、永遠に同じことが繰り返されるだけだろう。


「……友達としてじゃん。朝一番に渾身の魔法を使ってるんだから、午後は他に時間を使って魔力の自然回復を待ったらどうよ」

「ふむ、友としてか。ならば提案の域……褒めて遣わす」

「言葉尻を早くすんな。……お前、若干だけ上を取ろうとするのなんでなん? 仮にもお前、朝に負けてんのよ?」

「下に行く。付いて参れ」

「ローブ、バサってやんな。埃立てんな。耳引き千切るぞ」


 ポーションを詰めた木箱を抱き、マーナンに続いて錬成室を後にした。


「……あっ、良かったわぁ。仲直りしたのねぇ?」


 心配してくれていたドナガンさんが階下でホッと胸を撫で下ろしている。


「いえ全然。こいつ全く反省してないから、今も蹴り落とそうか迷ってます。一番気に入らないのが、みんなの冒険の為に作ったポーションをこいつが六本も消費したことっす」

「あら、すっかり元通りじゃない。……というより、あたし達の杞憂だったみたいね」

「いや、みんなを巻き込んで騒いだマーナンをボコボコにはするつもりでしたよ? ていうか、しましたし」

「そ、そうね、していたわね……」


 それでも反省しないマーナン。それも含めてで言えば、確かに杞憂である。


 ドナガンさんが協力してくれて、受け付けへポーションを届けた後にマーナン達が座るテーブルへ行く。


「…………何? 何かあったの?」


 しかしそこには難しい表情をしたガッツとイチカちゃんがいた。


「ふん、先程から言葉を濁すばかりで何も言わん。何がどうしたのいうのか、はっきりと言わんかっ!」

「まぁまぁ、落ち着いて話そうぜ」


 昼時だが、飯よりも二人の事情が気になる。


 対面へ座り体勢も楽にしてガッツへ視線を向け、語り出すのを無言で催促する。


「…………また貴族から指名依頼だ」

「あぁ、そうなんだ。お前らどうなってもいいのか……みたいなことでも言われた?」

「いや、そうは言われてはいないが…………引き受けるしかなくなった。しかもお前も絶対参加だ」

「馬鹿言っちゃいけねぇよ。国王だろうが誰だろうが、俺をポーション係から外せると思うなよ、馬鹿野郎この野郎」


 不遜の一言。マーナンを見習って傲慢な態度で弱気なガッツを笑う。


 するとマーナンは俺よりも大きな態度で毅然として告げた。


「よく言った、助手よ。魔法使いたる我等が権力に屈するなどっ、絶対にあってはならんっ! 恥を知れ、イチカとやら! 誰の命であろうとも己が主義と異なるならば、雲上人であろうとも気丈に断りを入れるべきなりっ!!」

「そうそう。断れ断れ、後は俺が口から出まかせで何とかすっから。貴族なんて貫禄ごとあっという間に文無しにしてやんよ」

「ふはははははははははははぁ!!」

「なーっはっはっはっはっはぁ!!」


 二人して権力を笑い飛ばし、気分爽快に貴族の脅しに立ち向かう。


「…………リア様のお手紙が入ってたですよ?」

「…………」


 笑いが瞬時に完全凍結し、二人していそいそと居住まいを正す。謙虚に、こじんまりと……。


「り、リア様……? ……なんであのお方が関係してくんの? 貴族からの依頼って話だったじゃん……」

「何故に初めから《闇の魔女》様関連だと言わんのだっ!! 我等を弄んだのかぁ!? 舐め腐りおってぇ、どうなんだ!!」

「ホントにそれ。絶対に最初に言うべきことじゃん。ぶっ飛ばすよ?」


 怒りの矛先をガッツとイチカちゃんへ向け、お口が悪くなった事実すら押し付ける。


「いや……正確には依頼書とは別に、良かったら会ってあげてくれないかというリア様の手紙が添えられていた」

「よ、寄越すのだっ……!! その手紙をナイナター家の家宝とするっ!! 貴様等は直にお会いしたのだから異論は受け付けんっ!!」

「不思議なもので、手紙を開くと《闇の魔女》様のお声のみが流れ、それが終わると手紙は薄くなっていき、霧が晴れるように消えてしまった」

「また機を逃してしまったぁぁぁぁぁっ、ぬわぁぁぁぁぁぁぁ……!!」


 絶望により地に崩れ落ちたマーナンを他所に、俺は疑問を口にした。


「会ってあげてって何? 依頼主にってこと?」

「そうだ。俺達が指名依頼を断ったので、《闇の魔女》様に相談したようだ」

「ちょちょ、ちょっと待てよ。……リア様にご相談できる貴族なんていんの? 国王でも無理やん」


 確かにモナの言う通り、リア様も人間嫌いであった。それも俺が考えるよりも嫌っているように思えた。


 冒険者達の前や祭りの際には辛うじて機嫌を良くしていたリア様だが、秘書官や王に対する態度は冷め切っており、契約下での仕事の為に仕方なく会話をしているという印象を受けた。


「ご相談に応じられたというよりも、長年の功労者への褒美なのだろう」

「エドワードじゃ〜ん」

「軽いっ! 気安いっ!」

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