第96話、コールVSマーナン
本日も騒がしく喧しい一日を終えた。
「うぃ、うぃ、うぃ〜」
油断して仲間に殺されかけたりもしたが、明日の朝が楽しみな俺は跳ねる足取りで帰宅した。
「よぉ、ただいまぁ〜」
『畑だよぉ』
「知ってるよ〜、おやすみぃ」
畑に挨拶してから玄関に回り、足の土を落としてから中に入る。
「すや〜……すや〜……」
宙に浮かぶ幼女モナが、空飛ぶ回遊魚達に囲まれて寝ていた。
「…………」
回遊魚達はもれなく先端が尖っており、一歩でも踏み込めば串刺し。穴だらけのコールが出来上がってしまうこと間違いなし。
今日は魚運が悪い。
「お〜い、起きてくれぇ」
「花麦生米物の怪カマ肉ぅ……」
「どういう寝言してんの? 早くそんな夢から覚めな?」
起きたモナに回遊魚を消してもらい、リア様の料理を食べて来ていたモナと自由な時間を過ごす。
「聞いたよ、決闘するって。風の精霊神がわざわざ教えてくれたからね」
「うん、明日の朝にねぇ。言い負かされたのを根に持ってるマーナンが決闘したいんだってさ」
「準備しなくていいのかな。彼は紛れもなくB級冒険者だ。上位十四%の猛者だよ?」
「うん、だって俺は常にあいつらの反逆に備えて生きてるもん。いつだって叩きのめせる準備があるんだよね」
「ふ〜ん。私は君が負けようとも力を貸さないよ? 泣いて帰って来た君にキュンキュンする用意があるからね」
分厚いポーション辞典を眺めながら、対面でエッチな下着のカタログを見る幼女モナに答えた。
「仲間にだけは負けねぇっつうんだよ、コラ。……また新しいの買うんか? お金足りてる? なんか大金貰ったけど、それも使っていいやつだからな?」
「うん、大丈夫だよ。近いうちに必要になるだろうから、今のうちに選んでいるんだ」
「へぇ! そうなんだぁ!」
さして興味もないが、あまり見ないようにして図鑑に視線を戻した。
「それにもうすぐ遠く遠く遠く遠〜〜〜〜い都市で、新しい魔導ゲームが発売されるから、それも貰って来てあげるね」
「……魔導げぇむ?」
「趣味がないと言っていただろう? だからどうかなって」
「わざわざ貰って来てくれんの? ていうか貰えるものなの? なら試させてもらおうかな」
下着は買うのにゲームは貰うという。少し基準が分からない。
「うん、きちんと持って行くから心配しなくていいよ」
「持って行く? 持って行くって……」
「ねぇ、今夜は一緒に魔導映画を観て過ごさないかい?」
「おっ、いいねぇ。凄い魔法技術だよな。それもえらく遠くの国が開発してんでしょ?」
こうして誤魔化されたことに気が付くこともなく、俺は迫る魔の手に備えることもできずに明日を迎えた。
夜更かししてモナと映画を観てしまったが、おでんを食べて以降は何も食べていなかった為、寝坊気味ながら朝食を作ることにする。
「うぃ、うぃ!」
卵焼きとベーコンを焼いて、土鍋で炊いたご飯と食べる。モナは朝食まで就寝しているので、そろそろ起こすべきだろう。
スープか味噌汁でも作れたなら優雅な朝食だろうが、朝はあまり手の込んだものを用意する気にならない。
用意してもらっている君達、日頃の感謝を伝えなさい。……と、訳の分からない思考と同時に朝食が完成する。
「お〜い、朝ご飯できたよぉ〜。モナは学園っしょ?」
「う〜ん……」
二人で向かい合い、口数少なく朝食を食べる。ちなみに俺は目玉焼きには醤油をかける。
食べ終えるとコーヒーを飲み、小鳥の囀りに耳を傾けつつ爽やかな朝日を浴びて食後の休憩。
「…………」
……朝に日を浴びるって大事……。
「…………ふぅ、……………………ふぅ」
何度となく、深呼吸。
それから身支度を整えてモナを見送り、ポーション図鑑を満足が行くまで眺め、ハーブル先生の手記からポエムを読み、コーヒーをお代わりしてから出勤した。
「遅ぉぉぉいっ!! 貴様っ、何をしていたっ!!」
「……多めに見ろよ。仮にもB級冒険者に立ち向かうんだぞ? ただのポーション係が。……緊張や準備で遅れるくらいっ、見逃せやぁぁぁ!!」
「う、うむ…………言われてみればその通りであったな」
さて、やるか。
俺の到着を知り、両ギルドからぞろぞろと見物客が出てくる。【ファフタの方舟】前で睨み合う俺達を、不安げに見守っていた。
「…………錬成キットくらい置いて来るのだ」
「いやいいよ、このままで。上がったり降りたり二度手間だし」
「っ……貴様どこまで我を侮辱すれば気が済むのだっ……!!」
表情が憤りに彩られていくマーナンが、全身から魔力を滲ませる。
「ち、ちょっとっ!! 怪我のないようにねっ!?」
「……マーナン、本気でやるつもりか?」
ドナガンさんやガッツもいざとなれば止めに入るつもりになったのだろう。要らねぇっつうんだよ。
「……今ならば、例の文言を訂正するだけで許してやろう」
「訂正って…………全部事実だったから何も言えずに逃げたんでないの?」
「よく言ったキサマぁぁぁぁ!!」
顔を赤く染め上げたマーナンが、ミトの杖と左手からそれぞれの魔法を発動した。
「〈
ムキムキの脚が生える暗黒の球体。その上に無数に伸びる闇の手が生えている。
「や、やり過ぎです……!!」
「……大丈夫だ。いざとなったらあたしが止める……」
イチカちゃんと《アテナ》のイリーナもマーナンの本気をやっと認識したようだ。
遠くでヤクモも心配そうに眺めている。
それもその筈、マーナンの呼び出した闇と暗黒はかつてない覇気を放ち、周囲をびりびりと圧倒するに至っていた。大きさもこれまでより一回り以上は上回っている。
「……最後のチャンスをやろう。今すぐに許しを乞うのだ。さすれば――」
「チャンスくれんの? 優しいなぁ、マーナンは。俺なんて一度だってあげるつもりがないもん」
「え……?」
魔法を出してくれたので、ポケットからメモ帳を取り出す。
「じゃ、開始な。えっと……一週間前、君等が喚び出された時のこと覚えてる? ほら、俺がそいつに連行されて研究室でマナポーションを作ってたでしょ?」
俺の問いかけに、闇魔法と暗黒魔法がジェスチャーで肯定を示した。
「あの時、君らは一回戻されたでしょ。一旦マナポーションで回復するからって」
俺はメモ帳を眺めて教えてあげた。
「その時にマーナンが口にしたのがこれです。……“なんか闇魔法、薄汚くなってね?”……」
「ぎゃひんっ!?」
過去最強の闇魔法がマーナンをビンタした。
「ま、待てっ、貴様!! コールの虚言に踊らされるなっ!!」
「その直後、マーナンこうも言っております。……“やっぱあの暗黒魔法も、ダサ過ぎて恥ずかしいのだが”……」
「アォウッ!?」
暗黒魔法のカーフキックを受け、独楽のように回転して倒れるマーナンが奇声を上げた。
「はい、で……その二日前、マーナンは錬成室に押し掛けて来て俺にあるお願いをしました」
「ま、待てっ!! 待つのだ、コール!! 早まるなっ、我が永劫なる友よぉぉぉ!!」
「はい? ……宿敵でしょ? 決闘でしょ? まだ始まったばかり、どちらに取っても油断できない状況が続いてるよ?」
「三対一っ!! これでは三対一になっている!!」
「三対一の勝負に果敢に挑んだのは俺も同じでしょう……」
まさかここまでの魔法を使うとは思っていなかったので、少し痛い目に遭わせておく。脅し目的だとは思うが、力による脅迫で主張を通そうというのも見過ごせない。
「……大体さぁ、俺って魔王を前にしてお前等を見捨てるような奴だよ? お前やガッツみたいな強い奴がさ、裏切った時のことくらい考えてるかもって思わない?」
「…………」
「錬成室でお前、俺に言ったな? ……“コールよ、貴様は我の助手なのだから《闇の魔女》様に嘆願して、我のダッサい闇魔法と暗黒魔法の造形を何とかして貰えないのか”……って」
メモ帳を閉じる。
青い顔をしていたマーナンへ、憤怒に染まる闇と暗黒が迫っていく。
「…………ァァァ嗚呼アアアあああああああああああ!!」
ボコボコにされ始めたマーナンを尻目に、ギルドへと出勤する。
空いた口が塞がらないギルドメンバー達を置いて、仕事へと向かう。
「っ……お、俺は何も言っていないぞ!?」
「私もですっ!」
入り口付近にいたガッツとイチカちゃんが怯えながら後退りした。
「何言ってんの。受け付け行きたいから退いてくんない?」
「あ、あぁっ! どうぞどうぞ!」
道を譲ってくれたガッツに感謝し、何故か化け物を見る目で見て来る同僚達の間を行く。
「……コール、さっき俺の名前も挙がっていなかったか?」
「はぁ? ……真実味を持たせる為に名前使っただけでしょ。どうやったって俺がお前に勝てるわけないじゃん」
振り返り、何を当たり前なことをと嘆息混じりに言う。
「そ、そうかっ! 悪かったな、引き留めて……!」
「ただメモ帳がこれ一冊じゃないのは事実だけど」
「っ……!?」
安堵から一転、顔を強張らせるガッツへ淡々と告げる。
「お前かもしれない。イチカちゃんかもしれない。はたまた俺がよく行く場所の誰かかもしれない」
周りの人達の表情にも焦りや恐れが浮かび上がる。
「ただ、メモ帳はこれ一冊ではないよってだけの話。じゃ、仕事するわぁ」
「…………行ってらっしゃいですっ!!」
「はい、イチカちゃん。気持ちのいい挨拶ありがとう。どうかいい一日を」
この後、過去最大の挨拶が乱舞する中で錬成室へと上がった。
ちなみに本当のところ、メモ帳は七冊しかない。
……反省しないよなぁ。マーナンがこれで懲りるわけないもん。二、三日で元に戻るだろうなぁ……。
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