第95話、苦しむマーナン

「うぃ〜、食った食った」

「美味しかったです……」


 腹を撫でながら機嫌も良くなり、内から温かくなった身体でギルドへ足を向ける。小腹を満たしたくらいなので、このくらいなら夕飯も入るだろう。


 日も暮れて来ており、本格的に寒くなる前には家に辿り着きたいところ。


「錬成キット置いて行くんじゃなかったなぁ。持ってればそのまま直帰できたのに」

「怠けるからです。私は持って行くよう助言したら、“えっ、重いじゃん。代わりに持ってくれる?”と言われたです」

「持ってあげたら? その人、そのあと湖に吊るされるんだろ? 持ってあげたら?」

「……う、上手いっ、上手い返しです! 流石はコールさん!」

「ありがと」


 拍手して持ち上げてくれるイチカちゃんと連れ立って、ファーランドを行く。


 するとふと背後で少しばかり物足りないと上の空で考え事をしていたガッツが、前方の人物に気がつく。


「…………? あれは、マーナンじゃないか?」

「あらら、偶然だな」


 俺もすぐにその姿を目視でがっちりと補足してしまう。


「ではな。そう言えば今日はちょっとした寄り道があったのだった。忘れてしまっては……う〜ん、まぁ明日でも明後日でも何でも良いのだが、ここまでとしよう」

「うん。じゃあね、マー君」

「うむ、また来る」


 がっつりと【悪魔っ娘怪しげカフェ】から出て来るマークと遭遇してしまう。


「はい、これマー君に特別サービス」

「…………」


 悪魔っ娘……確かサキさんが、背伸びしてマーナンの頬にキスをした。


 しかし真顔のマーナン。嬉しくないのだろうか。


「………………良いっ!!」

「またねぇ〜!」


 一言大感謝を告げて手を振るサキさんを背に、颯爽と気持ちよく去って行く。


「…………」

「……まぁ、この前は俺も言い過ぎたし、見なかったことにしてあげましょ」

「そうだな。俺達もギルドへ帰るぞ」

「うぃっす」


 前を行くマーナンに敢えて声はかけず、どことなく誰も口を開くこともなく帰路に就く。


 ギルドへ向けて、マーナンの背を見ながらファーランドを行く。


 あと少し。マーナンとの距離を保ちながらギルドを目指す。


「…………あいつ、ギルドに入って行ったじゃん」

「目的地は一緒だったのか。珍しいな、何の用だ?」


 どうやら、マーナンの言うどうでも良さそうであった“ちょっとした寄り道”とはギルドであったようだ。


 先に入ったマーナンを追って、俺達もギルドへ帰還する。


「――戻ったか、コール……」


 敵対心剥き出しのマーナンが、厳めしい顔付きで出迎えてくれた。


 周りのギルドメンバー達はマーナンの迫力に、訳が分からないまでも不穏な空気を感じ取っている。


「なんだよ、マーナンじゃん。元気?」

「よくも抜け抜けとっ……」


 より顔を険しくさせて剣呑な雰囲気を醸し出す。


「先日に貴様が吐いた大言壮語っ、忘れたとは言わせんぞっ!!」

「な、なになに……? マーナンちゃん、落ち着いて話し合いましょ?」

「止めるな、ドナガン!! これは我の威信に関わる問題なのだっ!!」


 ギルドメンバーはいつもと違うマーナンの様子に、おろおろと狼狽始めていた。今にも喧嘩が始まりそうだと焦りを露わにしている。


「貴様如きが、“我より闇に近しいぃ”……? ……腸が煮えくり返ったわぁぁぁ!!」


 鬼気迫る怒号がギルドの空気を張り詰めさせる。見るからに深い憤りを表していた。


『………………良いっ!!』


 けれど俺の脳裏に蘇る先程のマーナン。ガッツとイチカちゃんの表情も全くの真顔だ。


「あれからっ……あれから一秒足りとも……この怒りを鎮めることあたわずっ……!! 一時足りともっ、貴様に受けた屈辱の文言が頭から離れぬっ!!」


 激情に身体を震わせて、あの時からずっと続いているらしい怒りに苦しむマーナン。


「……何一つ……何一つだぞっ、何一つ手に付かないのだ……。気が付いたら、日が暮れている。気が付いたら、朝になっている……。我は最早、眠ることすら……」


 やがて俯き、物悲しさ漂う小声で告げた。ギルドに、憐憫の空気が流れる。


 次に顔を上げたマーナンの変貌にギルドはその本気を知ることとなる。


「我が辛抱すれば良しと歯を食い縛ってはみたが……もう一時とて我慢ならんっ!! 身の程を教えてやるっ。受けた侮辱ごと、その身に刻んでやるっ……たとえ禍根を残ることになろうとも我は…………貴様と、雌雄を決するのだっ……!!」


 眼光に宿る憎しみと闘志の炎、それは俺だけに向けられていた。


『ではな。そう言えば今日はちょっとした寄り道があったのだった。忘れてしまっては……う〜ん、まぁ明日でも明後日でも何でも良いのだが、ここまでとしよう』


『うむ、また来る』


『………………良いっ!!』


 俺を睨み付けるマーナンは、このように苦しみ続けているらしい。日常生活すら覚束ない程に苦しみ続けている傍らで、【悪魔っ娘怪しげカフェ】には何とか通えているらしい。


「コール、貴様に決闘を申し込む……」

「ちょっと、マーナンちゃん!?」


 やっと“ちょっとした寄り道”の本筋を果たすマーナン。


 ざわりと広がる動揺の波が、ギルドを騒がしくする。


「……止めてくれるなよ、ガッツ、イチカとやら。たとえ貴様等とて容赦は――」


 真に迫るマーナンの演技力に惑わされる筈もない二人は即答した。


「止めないから心配するな」

「止めないです」


 二人は並んでマーナンを通り過ぎ、受け付けへ向かってしまう。


「ん、ん……?」

「いいよ」

「んんっ!?」

「決闘でしょ? いいよ、明日の朝一にここでやろっか」


 次に会ったら謝ろうと考えていた俺は、まだマーナンのことを知れていなかったようだ。というか、甘くみていたようだ。なのでボコボコにしておこう。


 明日、一旦マーナンを終わらせてみます。

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