第94話、コール流おでんチョイス

「えっとね、卵と大根二つ、蒟蒻と糸蒟蒻二つと厚揚げ豆腐、と…………このタコ珍しいからお願いしま〜す」

「へいっ」


 大満足の選択をして、おじさん店主さんから木皿を受け取る。年季の入った移動式屋台で、少し早めだからか三人の貸切状態でいただく。


 最近はめっきり気温も下がって来たので、温かい食べ物が身体に染み入る。


「俺は肉の串を十本とぉ……厚揚げ豆腐を三つと卵三つに……ちくわもいこうか」


 どれだけ食うつもりなのだろうか、この男は。あのパワーに関係しているのだろうか。


 空腹な俺のもかなり多めだが、経験上おそらくガッツは同量をお代わりする。熱々を食べたいから最初から全力を出さないのだ。今日はそこまで寒くないので俺は全力のスタートを切ったが。


「私は餅巾着です。あとはハンペンと大根もお願いです。後で餅巾着はお代わりします。見当たらないので準備してください」

「餅巾着大好きっ子いない?」


 どうでもいいが、餅巾着のあの結んであるところだけを齧るのが俺は大好きなのだが共感されないなと思って人生で言い出せたことがない。


 冷たくなって来たハミ出し足先を動かしながら、俺はイチカちゃんに木皿が渡るのを今か今かと待つ。


「…………」

「…………」


 串の肉にかぶりつこうとしていたガッツに視線を向け、『待ってあげなさいよ……』と促すのも勿論忘れない。


「いただきますですっ! はぐっ!」

「お前が待たねぇんかい。……なんだ? この街は親切な奴がバカを見るんか?」


 俺が最初に取り分けてもらったわけだから、ほんのちょっと冷めた状態で、イチカちゃんだけが熱々な餅巾着に噛み付いてベストなスタートダッシュを決めてしまった。


「ヤダヤダ、俺等もさっさと食おっか」

「うむ」


 湯気から漂う出汁の匂いが、清らかに食欲を刺激している。刺激的に今すぐ食えっ! という感じではなく、あくまで落ち着いて食べてねと宥めてくる。ありがとう、今日唯一の温もりだ。


 それはもう身体にもじわっと染み渡る筈だ。


「……うぃ、気が整った。いざっ……!」


 まずは……おでんの汁からいただこう。


「いただきま〜す。…………ほぉぉ」


 澄んだ出汁の味わいが飲み下した瞬間に全身に染み込む。


 すかさず筒のケースから箸を引き抜き、大根を四等分に切り裂く。一欠片を挟み取り、口元へ運ぶ。


「フッ、フッ……」


 俺はふ〜ふ〜派ではなく、フッフッ派だ。いやおそらくふ〜ふ〜している時も多分にある。


 大根を申し分ばかりに息を吹きかけて冷ましてから、口に運ぶ。ちなみに、このふ〜ふ〜によってキチンと冷めていた時がない。


「熱っ……おお〜っ、出汁が染みてるぅ〜!」

「大根、美味しいです……。おじさん、餅巾着の準備できてます?」

「早い……、俺はまだ一欠片なのに……」


 イチカちゃんは確実に猫舌ではないな。


 というかガッツとイチカちゃんのペースが早過ぎて、店主さんがすっかり職人の顔になってしまっている。おじさん、お会計とかきちんと覚えているのだろうか。俺は自分の分とイチカちゃんの分くらいは覚えているが……。……仕込んだ数と無くなった数とかで分かるか。


「あむぅ……」


 しかし負けていられないので、俺も厚揚げ豆腐にかぶりつく。


 ……こいつにだけは裏切られたことがない。厚揚げにしている分、周りに出汁が染みて中の豆腐とベストマッチ。


 大根と豆腐は汁物に適合し易いのだろうか。豚汁の時にも思った。


 卵は予想通り美味い。卵はほとんどの人が好きなのではないだろうか。黄身派と白味派はあれども、みんな卵は好きだろう。俺は……白味派かなぁ。どちらかと言えばだ。


 そして蒟蒻。蒟蒻の素朴な味に味わい深い出汁が何とも心地いい。しかし糸蒟蒻になるとその食感もさることながら出汁がより絡んで美味しく感じる。だから二つなのだ。


 で、大根で締める前に…………タコ。


「ん〜っ……! おじさん、餅巾着くださいです」

「俺も今ある肉の串を全部くれ」


 店を早仕舞いさせるつもりの爆食コンビを隣に、タコをいただく。


「美味いっ……」


 タコの弾力も程よく、しかし固すぎず出汁も染みている。今後も見かけるならばレギュラーメンバーと共に選択肢に入れてみるのもありだろう。


 最後は大根で満足な締めとする。


 ファーランドの端にこのような素敵な屋台があるとは、今日は幸と不幸のバランスが取れている。


 ちなみに店主さんは長年の経験が成せる技なのか、お会計をきちんと覚えていた。


 ここで終われたなら、気分も腹も幸せ気分で帰宅できただろう。


 だがやはり奴がそうはさせてくれない。








 ……奴というか、マーナンだ。

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