第93話、コールアー

 という話があったにも関わらずであった。


 数日後のこと……。


「……君等、自分のやってること分かってる? 殺人未遂だかんね、これ」


 眼下でピクニックする傲岸不遜なガッツとイチカに殺意を放つ。


「俺とイチカ二人で立てた作戦なんだから我が儘を言うな。今回は俺が高度を調節できる。心配するなっ!」


 どこから仕入れたのか、身の丈の五倍はある釣り竿で俺を湖の上へ吊るすガッツ。片手にサンドイッチを手にして、軽々と俺を拷問する悪党である。


「コールってやつはね、こういう使い方が厳禁なのよ。もっとさ、知的な方面で使って欲しいもんだね。できる気しねぇけど」

「イチカは……役目があるし、俺でなければ釣り竿を持てないだろう……」

「あのね? まず作戦がお粗末なの。何これ、チンパンジーの指示? 連れて行くなら作戦会議には絶対に呼べって言ってんじゃん」


 糸で括り付けて、腕力任せに湖に吊るす。文明に生きている者の発想とは思えない。


「秩序の中にも自由は確保されるべきだと思うよ? 中でも許可なく他人を拘束なんて絶対ダメ」


 リスみたいにサンドイッチを頬張るイチカにカチンと来て、恩を着せるようで言うのを控えていた文言を口にした。


「……お前らさぁ、俺が誰だか分かってんの? リア様の騎士様なのよ? それを無しにしても、お前等の晴れ舞台守る為に魔王二千体と戦ってたコールさんその人よ? そのお人をルアー扱い?」

「…………」

「うん、偉いね。きちんと口の中のものを食べ終えてから喋ろう。それまで俺が生きていたら聞いてあげるから」


 口いっぱいに頬張って返答できずにいる元仲間達を見下ろして、隕石が降ることを願う。


「腐れ外道共が……。………………あん?」


 足元の湖に、何か大きな影が泳いでいるのを見つける。


「お〜い、あんた等の言う主様とやらが来たぞ。生態調査するんだろ。お出迎えして差し上げろ」

「来たかっ! 幻の“サタンフィッシュ”っ!」

「えっ……?」


 耳を疑う主様の名前に危機感を覚えるよりも早く、足元の水面からそいつは跳び上がった。


 俺の表情は、真顔から驚愕、そして泣きっ面へと一瞬にして移り変わっていただろう。


『――――』


 悪魔の如き凶悪な顔面が、雑然と生えるナイフの歯で俺を喰い千切らんと飛び掛かってきた。確実に貪らんと涎を垂らし、魚類とは言え生物とは思えない棘だらけの身体で水中から姿を現した。


「助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「ぬんっ!!」


 急激に上昇させられることにより、体に重圧がかかる。直後、足先に生まれた金属同士がかち合う激音に背筋が凍る。


「〈減速スロウ〉っ!!」


 空中に撃ち出されたイチカちゃんの〈減速スロウ〉空間に、主様が捕らえられた。


「いでっ!?」


 湖のほとりに投げ出された俺はぞんざいに着地する。


「お、おたくら……サタンと名のつくモンスターに囮作戦使ってたの!? アレに俺をっ…………」


 妙に涼しく感じたので視線を下げると、靴の先が消失し、足の指が五本揃ってこんにちはしていた。


「あれの囮をさせていたのかぁーっ!! この俺様にっ!!」


 停止している八メートルはあろうサタンフィッシュを指差し、太ももを上げて露出した足先も見せて怒鳴り付ける。


「人間が大好物と聞いて…………ちょっと、反省はしている」

「ちょっとぉ……? ……お前等そこ座れ」


 一時間の説教で勘弁してやった。


「うぅぅぅむっ、怖かった……!」

「ひくっ、ひくっ、怖かったですぅ……」


 明らかにやり過ぎていたので厳しく叱責したら、二人して意気消沈してしまった。


 帰り道を行くガッツは汗を滲ませ、イチカちゃんに至っては未だに目を潤ませていた。


「考え事してて標的を聞かなかったのは確かに俺の落ち度だよ? でもちょっと考えたら分かることじゃん。サタンフィッシュさん、人間が大好物なんでしょ? 確実に人間を食ってるわけだ。あっ、囮にしたらコールさんが死ぬかも! って分かるだろ……」

「魔王を二千体も相手にしてリア様に認められるもんだから、それくらいいけるかと……」

「お前あの前日の記憶はどこやった? ゴブリンと殴り合ってた村人いただろ。あれだってコールだぞ。いや、あれこそがコールだぞ」


 ボロボロになって一緒にポーションを飲んだ思い出はどこへいったのだろうか。


 ちなみにこの作戦、なんと驚くことなかれ。イチカちゃんの発案だそうだ。


「ガッツはもう全冒険者の憧れの的なんだから、短絡的な思考は控えようぜぇ……。止める側じゃないと……」

「うむ……」


 ガッツは反省しているようだ。素直でよろしい。


「……確かに三人で指名依頼は致命的だったな」

「奇しくもはっきりしてしまったな」

「良かったよぉ、断って……。他の村人が魔王殺しの被害に遭うところだったっすわ」


 足先をスースーさせながら帰路を行く三人。


 丁度この山道辺りで新しく習得するポーションを思案していた過去の自分を叱り付けてやりたい。


「……おっ、おでんの屋台じゃ〜ん。うぃ〜、依頼達成記念に食っていこうや」

「食べて行くです。怒られてお腹が空きました」

「サンドイッチ食ってたじゃねぇかっ、この小娘が……!」


 ガッツでも空気を読んで言わなかったことも、イチカちゃんは言ってしまう。こいつの方が反省していなさそうだ。

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