第99話、旅行に行くよ
出発はなんと、旅立つと決めたあの日から二日後。
俺達は旅支度を整え、ギルド前に集合してから都市間運行馬車の発着場に移動することとなっている。
ファーランドから二日で着く場所にわざわざ別荘を購入したのだというから、公爵の執拗さにも驚きであった。
「……あ〜、着いてからは真面目にやんないとだけど、道中は巫山戯るぞぃ」
まだ朝日も登り切らぬ早朝に、俺はギルドを目指して歩む。モナは一昨日から実家で過ごしているので、寂しい旅立ちとなっていた。
寂しい思いをするだろうと畑だけが心配だったが、モナが一旦どこかに保管してくれたのか、いつの間にか影も形も無くなっている。これで何の憂いもなく旅立てるというものだ。
田舎からファーランドへやって来た時以来の大きなリュックを背に、静かな街を欠伸をかまして行く。
「遅いですっ……!!」
「……そうかな。別に時間通りじゃね?」
イチカちゃん達は既にギルド前に集まっていた。
ちなみに、俺達はこれから雪山に向かう。西にあるサンコー山脈付近の雪山に向かう。
「誰よりも早く集まろうという心構え無くして、何が時間通りか。そのような輩に限って、遅刻は当然。相手方の狭量であるなどと低脳極まり無い戯けた話を持ち出すのだ」
「そうだぞ。俺達の時間は誰にも奪われていいものではない。他人の事情に配慮なき者など、その者の事情にも配慮するに値しない。本来ならば置いていくところだ」
マーナンにもガッツにまでも、やたらと厳しく責められる。
「…………あんたら、死ぬよ?」
やけに派手な半袖短パンに麦わら帽子、それにサングラスまでして俺を非難する三人。
優しい俺はこんな輩にも指摘してやる。
「俺等、雪山に滞在するんだよ? お前ら、凍って死ぬよ?」
「…………」
「言っておくけど、死んだら道に捨てるよ?」
手にしていた蹴鞠や竹で作った水を吹き出させる玩具が溢れ落ち、虚しく地面を打つ。
こいつら、行き先も知らずに旅行だとか抜かしていたのか。
「旅の中で集めていけば? 装備増やしていけば? 死にたくないならな」
実は俺も荷物が多くなることを考えてそのつもりでいる。
「――やぁ、待たせたね」
後の二人がやって来たようだ。
モルガナ、オーミの女子二名が、旅行に同行するのだという。
「うぃ、おはようございます」
かなりの軽装備でやって来たモルガナとオーミ。こいつらは旅というものを知っているのだろうか。
「うんうん、男性三人に女性が三人。とても良いバランスだね。旅行中に関係性が変わってしまったらどうしようか」
「…………」
「そうだね、オーミ君の言う通りだ。黙って交際されるくらいならばきちんと発表するよう決まりを作っておくべきだろう。これが仮に破られたならば激痛伴う罰則も必要だろう」
無言ながら過激な思考を持つオーミに内心で怯えつつ、馬車に遅れてはいけないと全体へ言う。
「んじゃあ、そろそろ馬車のとこに行こっか。予約してあるから、乗って馬車列の中で到着を待つだけ。大人しくしてろよ」
「やっとです……! 待ちに待ったですっ!」
「いいねぇ、朝から元気だねぇ。君が一番心配」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるイチカちゃんに一抹の不安を残して、俺は発着場へ足を向けた。
「付いて来なっ! 途中のキャンプ飯が楽しみだぜっ!」
「おおーっ!!」
「まだ朝だから控えめに」
「おおぉぉ……!」
本日の都市間馬車会社は途中のキャンプ飯もきちんと用意してくれるお高いところだ。魔王等と戦った褒美はこのような時に使用すべきだろう。
「き、今日からよろしくですっ……」
「よろしく頼むよ、イチカ君。オーミ君とも仲良くしてあげて欲しい」
「オーミさんもよろしくお願いですっ……!」
俺の助言通りに、モルガナやオーミに一番に挨拶する人見知りイチカちゃん。女性同士で交流があれば、何か困った時にも相談し易いのではなかろうか。
「コールよ、貴様はむあむあむあむ」
「乾燥イカ食いながら話しかけんなって」
「乾物屋で道中の軽食は万全。我は闇の使い、死角などない」
「…………ミトの杖は? どう見ても持ってないけど」
「旅に……あんなのあったら邪魔であろう。何を言っている……」
「二度と闇の使い名乗んな」
左隣にアホを抱えながら歩く。気が抜けているなどというものではない。
「……マーナン、俺にも少しくれないか」
「ふむ、よかろう。旅路ではこうしたものは共有して喜びを分かち合うものなり。遠慮せずとも少しと言わず、いくらでも食らうが良い」
「おおっ、恩に着る。……一目で分かる。良いものを買ったようだな。これは美味そうだ…………コール、〈着火〉で少し炙ってくれ」
「ぬっ!? 貴様っ、我よりも先に味変を試みるなっ!! 分を弁えろ、愚物めがっ!!」
「わ、分かち合いどうのはどこへ行ったんだ!! 見直した瞬間にこれかっ、お前という奴はまったくっ!!」
右隣にも大剣を持っている様子のないバカを抱えて、旅行だろうと容赦なく騒がしく発着場を目指す。
「朝だから静かにねぇ。まだ寝ている人もいるんだから、〈着火〉」
両手の人差し指から〈着火〉を灯し、乾燥イカを炙りながら窘める。
「…………」
「…………」
一瞬にして炙るという行為に取り憑かれ、これ一本に集中する二人。
既に好みの焼き加減のことしか彼等の頭にはない。
「うわぁ、いい匂いしてるぅ……」
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