第100話、出発、そしてはしゃぐ魔女

 ファーランド西に位置する発着場で馬車列の並びに停車し、ごった返す乗客と御者達。


「荷物は……アリマ様以外のお客様は、それだけでよろしいのでしょうか? サンコー山脈付近はとても気温が低いのですが……」


 礼儀正しい御者さんにも、荷物の少なさを心配される他五名。良かった、俺は正しかったようだ。少しばかり自分を疑ってしまった。


「あっ、大丈夫です。死んだらその都度、道端に捨てて行くんで」

「お客様っ!? 今、何て仰られましたっ? そんなわけないんですけど、何て仰られましたっ?」

「では二日間、よろしくお願いしま〜す。よいしょ」

「お客様ひょっとして怖い人ですか!? お客様ぁ!?」


 黒と金が高級感を漂わせている、かなりいい馬車に乗り込む。まさか人生でこんなにいい馬車に乗れる日が来るとは夢にも思わなかった。


 前側と後側に席が対面しており、三人ずつで座れるようだ。しかし三人で座ってもかなり余裕がある。


 景色を存分に楽しもうと傍若無人に後側の端に座る。


「ふむ、それなりに上質な馬車じゃないか。不便に思うことが無さそうで安心したよ」

「す、凄くいい馬車だと思うですけど……」

「世界は広いよ、イチカ君。君達は魔王を倒したのだから、もっと上のランクを目指してみてもいいんじゃないかな」


 次に他の面子から譲られて、モナがイチカちゃんを連れて乗車して来る。自然と格の違いを感じ取ったのだろうか。


「イチカ君は窓際に座るといい。私は景色に何の興味もないからね」

「いいんですっ!? 感謝ですっ……!」


 俺の隣に腰を下ろし、イチカちゃんと楽しく談笑を始めるモナ。


 二日間も顔を合わせていなかったから、隣に座ってくれて何故か落ち着く。


「オーミも端に座るといい。俺は目がいいから真ん中からでも景色を観られるからな」

「…………」


 笑顔で言うガッツに…………真っ赤な顔をして無言で頷くめちゃくちゃ可愛いオーミ。


 オーミってガッツが好きだったのか……。こいつの人気は知っていたし、理由にも納得だが、やはりガッツは本当にモテるな。


「我はコールの席が良かったのだが……」

「おめぇはホントによぉ……。……次に乗り込む時に代ってやるから、とりあえず今はそこに座んな?」

「第一印象の衝撃が肝要なのだがな……」


 ぶつぶつと文句を言いながら、残った前側の右端にマーナンが着席した。乾物でいっぱいであろう鞄を手に。


「では、出発まで少々お待ちください。先頭は既に動き始めましたので、すぐに出発いたします」

「うぃっす、お願いします」


 マーナンが座ると御者さんが丁寧な説明をしてから扉を閉めた。


 ……あの御者さんも何かあるのではと疑っている自分が少し問題があるのではと思えて来た。


「あぁ、とうとう出発ですぅ……! ドキドキして来ましたぁ……」

「日常からの脱却。こうした新鮮な刺激を適度に挟んで体感することにより、人は思いも寄らぬ成長をするのだ」

「あっ、動きそうですっ!」

「聞けぃぃ……!!」


 魔法使いコンビがやり取りする最中に、馬車が驚く程にスムーズな初動を見せた。


「えっ!? 全然、振動が伝わって来ないんだけどっ! 快適なんだけどぉぉ!! お尻が…………うわぁぁぁぁ!!」

「落ち着けぃ、コールよっ! これ程の高級馬車に乗っているという事実を認識し、相応しい人物であれぇぃぃ……」

「お、オッケっ。どんなのかは分からないけど、やってみるわ……!」


 田舎者が顔を出して狂喜乱舞するも、珍しくマーナンに自制を促されてしまった。


「いやしかし、景色が流れていなければ本当に出発しているのか分からないくらいだぞ。これはコールの選択は大正解だったな……」

「お値段が高くて文句を言っていた平民ですけど、今となっては正解でした……」


 景色を眺めながら、ガッツもイチカちゃんも馬車の快適さにほっこりしている。


 俺がいい旅にしたかったから、かなりお願いをしてこの馬車会社にしてもらったのだ。こうして喜んでもらえると、こちらも嬉しい。


「…………マーナン、それ何。干し肉?」

「これか? これは乾燥させた牛肉に黒胡椒などで味付けしてあるものだ。興味があるのなら食べてみるがいい」


 新しく取り出した乾物を割いて差し出して来たので、興味本位で一つ食べてみた。


「あむっ……美味ぁぁぁぁぁぁいっ!!」

「落ち着けぃ、まだあるから大人しく食らうがいい……」

「う、美味い、これ。なんだ、これ……」


 ちょっと衝撃的に美味い乾物を渡されてしまった。黒胡椒が物凄くいい役割をしていて、おまけに肉の旨味も強く感じる。


「そんなに美味しいのなら、私達にも貰えないだろうか。オーミ君も興味があるようだから」

「構わんぞ。所望するようなら、いくらでも言って来るといい」

「わお、ありがとっ」


 モナとオーミにも干し肉を差し出す構えの良さ。普段からこうならば、どれだけ頼り甲斐があるだろうか。


 しかしマーナンも《嘘の魔女》に乾物を渡しているとは思わないだろうな。そもそも《嘘の魔女》と一緒に旅をしていること自体、驚きなどというものではないが。


「うん、美味しいね。スパイスがよく効いている」

「…………」


 二人とも大満足の笑顔であった。マーナンが大活躍している。


「俺もそれならかなり買い込んで来たぞ」

「肉を常に摂取し続けるつもり? 腹ん中で牛に戻るぞ」


 干し肉を噛みつつ、負けじと食べ始めるガッツへ苦言を呈す。


「いい景色ですぅ……」

「常に心労絶えぬ我を癒すと言うか、大自然よ……」


 右手側の窓からは雄大な山脈が遥か遠くに見えている。人が及ぶべくもない遥か壮大な情景が、二人の心を動かしていた。


「……マーナン、ちょっとそんなに頭を傾けられてしまったら、俺でも見えないだろうが」


 ガッツまで覗き込むものだから、俺の視界に右側の景色は映らなくなる。三馬鹿の後頭部のみだが、景色的価値は皆無。視線を左へ戻す。


「…………」

「うん? 何か見つけたのかな?」


 オーミが外の何かを指差し、モナが窓を覗きに行く。


「……ふふっ」

「…………」


 ……その道すがらに、なんとあろうことかキスをして来た。キスをして通り過ぎていった。この密集した空間内で、オーミを目の前にして。


 えらく挑戦的な魔女に、俺は驚きで目を剥くばかりであった。


 今日の《嘘の魔女》は、テンションが高い。

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