第101話、真実を知る一人目


「…………」

「ん〜、本当だね。いつもとまた見え方が違う。改めて綺麗な川だ」


 遠征とも違って旅行気分のオーミとモナが、左手の景色を楽しんでいる。


「よいしょっと」

「…………」


 席に戻るモナは素通りである。先程の大胆な唇泥棒の気配はまるでない。いつものモルガナ顔である。


「ん? あれはもしや…………〈遠眼鏡スコープ〉」


 マーナンが人差し指と親指で輪っかを作り、両目に当てて魔法を発動させている。遠くを具に観察しようというのか、それ専用の魔法をいとも簡単に使用していた。


 やはり彼は正真正銘のB級魔法使いである。


「おおっ、やはりそうだ。これは珍しい。あれはアンフェアウルフの系統においてかなりの上位種、ロウカイウルフではないかっ」

「ど、どこですっ!?」

「遠くの崖で寛いで…………うん? 我の視界が闇に包まれてしまった。なんだこれは……」


 ウルフキラーの血が激ったイチカちゃんが、マーナンの視界を覆う程に窓に張り付いてしまう。


「くくっ、我はもはや身も心も闇に染まったということなのか。しかしそれにしては明るくもある。察するに深淵がくれた最後の慈悲か、はたまた…………こらっ、イチカとやら!!」

「見えないですっ! どこですっ……!?」

「我の視界が貴様の毛根でいっぱいだったではないかっ!! えぇい、どけぃ!!」

「嫌ですっ……!! 見つけるまでは絶対に嫌ですっ!!」


 窓取り合戦を繰り広げる二人に堪らずガッツが立ち上がる。


「半分半分にしておけ。マーナンに教えてもらうのが早いのだから、イチカもそう熱くなるな。俺も手伝うから共に探そうじゃないか、な?」

「嫌ですっ!!」

「えぇっ!? こ、この提案が拒絶されることがあるのか……?」


 普通なら受け入れられるだろう。俺も驚いた。


 しかしウルフキラーに目覚めたイチカちゃんは獰猛なのである。


「これを拒否する者に窓際の資格は与えんぞっ!!」

「よく言ったっ、勇猛なる友よ。我が認める、窓際は貴様にこそ相応しい!」

「おう!」


 お前達もお前達だ。引き剥がして窓際の席を奪い取ろうというのは大人気ないというか、何というか。


「お二人には絶対に見せてあげないですっ!!」

「何をぅ!?」


 ただの意地悪娘となってしまったイチカちゃんが、普段から想像も付かない化け物と化して二人を挑発している。


 今や三つ巴の窓取り合戦へと、もつれ込んでしまった。右側はもう手の付けられない乱世。動乱に巻き込まれないよう、俺は素知らぬ顔をして左側で旅を楽しもう。


「…………」

「おや、また何か目に留まったようだね」


 オーミが外を指差して、モルガナへと教えている。


 大きな川付近に何かを見つけたようだ。天候に恵まれ、晴天の元で澄んだ川がキラキラと輝いている。


「どれどれ……」

「…………」


 身構えるという体で期待する俺だったが、モナは横目で揶揄いながらも素通りを決め込んでしまう。


 すこぶる調子が良いようだ。


「ファーランドからそれなりに離れたというのに、釣りをしているね。聖域から遠いのに、釣り人は危険を度外視して顧みないようだ」

「…………」

「それはそうだとも。特定の川魚はとても美味なんだ。釣り上げた直後など、活きが良ければ極上だろう」


 俺の目にはモナの独り言なのだが、無言のオーミと会話は成立しているようだ。


「ほら、あそこには珍しく水車があるみたいだよ?」

「…………」


 道の先を指差し、オーミが覗き込んで先を見ている。


「…………」

「…………」


 その隙に顔面をがっしりと掴まえられ、情熱的に唇に吸い付かれる。


 ハラハラドキドキともう気が気ではなく、されるがままにスイッチの入ったモナに貪られる。


 顔をそれはもうしっかりと両手で固定され、舌先も普通に駆使されてしまう。


「貴様っ、いい加減にせんか!!」

「っ……!?」


 マーナンの怒声に心臓を跳ねさせて目線だけ向ける。


「そうだぞっ、イチカ! それはもう我が儘だ! いや最初から我が儘だ! こんな折角の楽しい旅で恥ずかしくないのかっ?」

「この窓だってゴリラやおじさんより、女の子の方が良いって言ってるです……」

「言ったなっ、イチカぁぁぁぁ!!」


 何故か、あそこからまだ激化していた。


「んふふっ、ごちそうさま」

「お、恐れを知らんのか……」

「二日も離れて寂しかったからね。つい頂いてしまったよ」


 ぺろりと舌で唇を舐め、赤らむ顔と相まって妖艶さに拍車がかかる。


 何とかバレずに済んだようだ。モナも自席へ戻る。


「…………」

「…………」


 対面のオーミが、目をひん剥いてこちらを見ていた。

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