第102話、火に油を注いでおく


「……ふふっ」

「…………」


 ここに来てモルガナからモナに本格移行し、ずいずいと俺に身を寄せて来る。


 艶やかな笑みで横目を流し、色気を溢れさせてキスの余韻に浸っている。


「…………」

「…………」


 そんな傍ら、俺は丸い目をしたオーミと視線を交差させる。いや、俺の目だって丸いだろう。


 しかしオーミの驚きは俺以上の筈だ。


 いつも目にするモルガナとは別物になって艶やかで妖しい大人な気質のモナと俺を見比べ、理解不能とばかりに硬直している。


「ふむふむ、暫くぶりのコール君はやはり格別であったと言える」

「っ……!?」

「タイミングが合えば、旅行中にだって二人の時間を取ろうじゃないか。いわゆる、夜の営みというやつだね」

「っ……!?」

「あえてエッチとは言わないよ? 私は上品で有名だからね。あっ、注文したあの下着達も間に合ったから心配は無用だ。やれやれだよ、まったく」

「っ……!?」


 俺へ視線を戻そうとするも、モナの過激な発言に引き寄せられてしまう純真無垢なオーミ。


 というか、珍しい。


 家のモナを知っていると信じられないが、実のところモナは人前では引っ付いたりもしないし、手も繋がない。距離も空けて、気のないような素振りをする。


 何かあるのだろうか。


「ということなので、オーミ君」

「っ……!?」

「実はそういうことだから、彼には決して手を出さないようにね?」


 モナの流し目による忠告に、言葉の意味を少しずつ噛み砕いて理解したオーミはやがて何度も頷いた。


「うん、ありがとう。理解が早くて助かるよ。私は口下手なので上手くこの関係を君に伝えられるか不安だったんだ。まぁ要するに、彼はここのところ何人もの女性を立て続けに魅了しているから、今回は用心しようと思っているだけだね。事前に知っていると知らないのとでは、大きな違いがある。そう思うんだ」

「…………」

「そういうことになるね。彼の言う彼女とは、ずっと私のことを指してくれている」


 心配などすることはないと言っているのに、モナが交際を大胆な手口で話してまで釘を刺している。


「秘密にしてもらえると助かる。いいかな?」

「…………」


 大きく頷くオーミは、詮索もせずモナの頼みを快く快諾した。チームが同じだから故の配慮なのか、オーミ自身が取り決めを決めたからなのか…………いや、おそらくオーミ自身の人柄だろう。


「お、お巡りさんっ、この二人ですぅぅっ……!!」

「巡回する衛兵など来はせんぞ!! 窓枠から手が離れて素直になって来たではないか、ふははははぁ!!」


 ……まだやっていたのか、この三人は。というよりガッツとマーナン二人を相手に、イチカちゃんはここまで粘ったのか? やはり化け物……。


 やがて馬車列は本日の道程半ばにある小さな聖域に到達する。


「ふぅ、快適と言っても座りっぱなしは疲れるもんだなぁ……」

「コール、イチカを窓側にするな。絶対にな」

「そんな怖い顔しちゃってさぁ……楽しい旅路じゃ〜ん。過ぎたことなんだから、あんたらも冷静になって仲良くしよ?」


 未だに睨み合う二人と一人が、火花を散らしながら馬車から降りて来た。


 三人は迷惑極まりなく、背伸びする俺を取り囲み、窓際の席を譲ってなるものかと鼻息を荒くしている。


「お陰でロウカイウルフを見逃したです。A級とB級にあるまじき度量の小ささです……」

「一方的に景色を奪った罪深き貴様が言うなぁぁぁ……!!」


 これは俺が譲るしかなさそうだ。オーミとイチカちゃんを対面にする形で窓際が最も適切だろう。


「とりあえず俺を囲んで睨み合うの止めてくんね? 三人で俺に喧嘩を売ってんだろ、最早」


 囲みから抜け出し、改めてキャンプ場で深呼吸する。


「う〜ん、幾分寒くなった気がするなぁ」

「…………」

「うん? あの三人? いいのいいの。いつもあんなんだし、俺の旅気分を害さない程度なら喧嘩をしたっていいのよ。オーミ達が嫌な気分になりそうだったら、それとなく仲直りさせとくから」


 人の良さが伺えるオーミが俺に視線で語りかけて来るも、笑っていつものことだと伝えておく。


「アリマ様、私は昼食の支度に取り掛からせていただきます」

「あっ、お願いしま〜す」

「魚釣りのサービスを利用したり散策して景色を楽しまれる方が多いのですが、くれぐれも聖域外にお出にならないよう、それだけはご注意を」

「うぃっす」


 都市間馬車社員さんにお昼を頼み、俺は優雅に散策を楽しませてもらうことにする。


「モルガナとオーミはもう川の方へ歩いて行ってんな。……お前らはどうすんの? 俺はもう景色を見て回りに行くからねぇ」


 すると三人は無言で、三すくみで睨み合う体勢のまま俺の方へ近寄って来た。


「気持ちわるっ!! 仲が良過ぎて気持ちわるっ!!」


 派手なシャツに短パンとお揃いで、この三人はどれだけ仲良しなのだろう。


 奇妙な三人組と歩くものだから馬車列の人達から視線が集まるも、何も気にすることなく散策して回る。


「……あの山小屋の人が、川魚とか用意してんのかなぁ。なんか幾らの団体が魚を焼いて食ってんだけど。アレ、食いてぇ〜」

「そうみたいです。ここの管理人さんです」

「二人を睨みながらの解説あんがと」


 少し森の方にも足を伸ばす。


「うわっ、明らかにヤバそうな毒キノコがある。なぁ、誰か食べてみてくんね?」

「お前は自分が何を喋っているのか理解しているのか……?」


 適度に辺りを見て歩いたら、昼食ができているであろう馬車近くのテーブルへと戻る。


「お昼はペッパーライス、キノコとベーコンのクリームパスタの二つをご用意しました」

「うわっ、美味そう!」


 御者さんなのに料理も上手であった。加えて戦闘もできるらしい。


 備え付けの鉄板でペッパーライスを調理し、乗せていた鍋にあるクリームパスタも木皿に取り分けて差し出してくれた。


 ガッツが食べる量を考え、事前に多めにと伝えてあったからかボリューム満点のメニューである。


「おおっ! 気を悪くしていたところに、思いも寄らないサプライズじゃないか!」

「うむ、このコーンと寝小便小娘さえなければ完璧であったな」


 女の子一人に苦戦しているからなのか、かなり喧嘩腰でペッパーライスとパスタに食い付き始める二人。


「美味しいですぅ……。ゴリラっぽい獣臭と加齢臭が混じっていなければ最高です」

「…………」

「オーミさんも迷惑に思います? 当然ですね」

「っ……!?」


 無言であることをいいことに、同調したことにされたオーミが焦って首を横に振っている。


「お〜い、喧嘩にオーミを巻き込むのはダメでしょ?」

「うっ!? ご、ごめんなさいです、オーミさん……」

「そっちの二人も、俺はいいけどオーミとモルガナさんの旅の雰囲気は悪くすんなよ。それは流石に俺も怒っちゃうかんな」


 念の為に食事で喧嘩をふっかけた男二人にも真面目に忠告しておく。


「う、うむっ、無論承知している。安心せよ、抜かりなどない」

「……反省だな。物凄く反省だ……」


 いつもの調子で喧嘩していたものだから、そこまで考えが回っていなかったと見た。


「はい、それでは改めていただきますと」

「ふふっ、では私達もいただきます」


 ちなみに、テーブルの下では今も三人が蹴り合っている。喧嘩自体は反省しないらしい。折角なので俺も参戦して火に油を注いでおく。

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