第103話、波乱の夕食
「綺麗だぁ……」
「…………」
窓の外に煌々と輝く夕陽に、しみじみと呟いた。流れゆく景色の上で大迫力で輝いている。
斜め前のオーミも賛同してこちらに頷いた。
もうすぐに本日のお宿に辿り着く。都市を経由して違う馬車列に混ざり込み、二時間余りで到着だ。
「ちょっとっ、貴様! 脚が長いものだから我の領土を侵略しているではないかっ! 膝がガンガン当たること何度目だと思っている!」
「仕方ないだろうがっ! 俺が提案したお前の脚の間に俺の片脚作戦を無下に却下したのはお前だろう!? 何がムズムズして恥ずかしいだ、乙女かっ……」
景色を見ようと互いに前のめりになり、膝が当たる度に喧嘩しているマーナンとガッツ。
完全な三つ巴となった内乱を無視して、暁に染まる夕焼けに心癒される。
席替えをして、右側窓際にガッツとマーナン。左側窓際にはイチカちゃんとオーミを配置して事なきを得たと思ったのにこれだ。
馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
「お前等、イライラすんのは腹が減ってるからじゃないの? 干し肉でも食って誤魔化しとけば?」
「……そうしよう」
険しい顔付きをして言われるがままに、干し肉を齧り始めるガッツとマーナン。
「ぷっ、ぷぷ、ぷぷぷです」
その笑いに反応して、干し肉を食らう両雄が猛獣の如き眼光を小動物へ向けた。
「私が喧嘩の原因ではないとはっきりしました。さっ、どちらから謝るです? お二人と違って私には許してあげる用意があるです」
「お前らさ、景色とか観ないなら代わってくんないっ?」
六つの眼差しが互いを射貫かんと車内を交錯する。
見かねた俺の要望もまるで無視して、尚も内側に視線を向けてしまっている。
「お夕飯はお鍋のお店に行くらしいよ。楽しみだね、オーミ君」
「…………」
「そうなんだ。オーミ君はもつ鍋が大好きなんだね」
幸いなことにモナとオーミが気にしていないようなので、自然に仲直りするのを待とうと思う。
事前に御者さんに夕食のおススメを訊ねて、個室で少し値段が張るも絶品な鍋料理が味わえるという店を紹介してもらっている。楽しみである。
「おっ、着いたか!?」
「着いたみたいだね。都市というより、田舎町のような聖域に入って行くよ」
馬車列が宿場町へと突入して行く。
夕暮れの時が過ぎて、淡い火の灯りが灯され始めた頃に俺達の馬車も発着場へ停車した。
長い時間を座席に着いていたからか、解放感から気が高揚するのを抑えつつ、下車して御者さんに御礼を告げる。
「今日一日ありがとうございました。お陰ですんごい楽しい旅になってます」
「そう言っていただけると、私も胸に込み上げるものを感じてしまいます……。こちらこそ、楽しい旅路をありがとうございます」
何故か逆に感謝されるも、明日の集合場所や時刻などを確認してから御者さんとはお別れとなった。
「ほら、今日のお礼を伝えなさい? 高いお金を払ってるから当然じゃないよ? 感謝したんなら感謝を伝える。ビジネスだろうが一緒にハッピーになろうじゃないの」
口々にお礼を述べてから、涙ぐむ御者さんを見送って俺達は宿に向かう。
「一人部屋か……、旅で一人部屋は初めてだな」
「冒険者って安い大部屋で顔も知らない複数人が寝るんでしょ。醍醐味って言ったらそうかもだけど、今回は旅行だからね」
ベッドがあるだけの部屋だが、なんと一人部屋の宿屋に泊まる。
これはまだ学生の村人にはかなりの贅沢である。一人一泊、三万ゴールドもするのだから、魔王を倒していなかったら恐ろしくてできやしない。ハーブル先生ならエリクサーが作れるだろう。
全員、荷物を部屋に置いて鍵をかけ、貴重品は肌身離さず夕食へ向かう。
「…………ふんっ」
「…………」
仲の悪い三人に加え、ウキウキと足取り軽いモナとオーミを連れて御者さんおススメのもつ鍋屋へやって来た。
「いらっしゃいませ、六名様ですね?」
「うぃっす! でも一人だけ馬鹿みたいに食うんで量は十人分くらいっす!」
「かしこまりましたぁ、こちらへどうぞぉ」
エプロン姿が様になる優しい気質の女将に導かれ、個室のテーブル席へ通される。
「ちょっと鍋は二つに分けて、こちらの二人は二人前でお願いできます?」
「こちらのお二方は別で。かしこまりました」
険悪な三人と同じ鍋にすることを避け、モナとオーミに専用の鍋を用意してあげた。
「私もあっちがいいです。こんな野蛮な人達と食べたくないです」
「同感だな。狼臭い野蛮な奴がいるものな」
「…………」
臭い系の悪口を返され、イチカちゃんが物凄い目付きで隣のガッツを睨み付けている。
「コールよ、三つ鍋を用意させるがいい。獣同士で戯れ合って馬鹿騒ぎしているのだから、我等は知性溢れる人間同士で鍋をつつこうではないか」
「お前まで喧嘩を売らないの……」
溜め息混じりに旅情を濁らせる三人へと告げる。
「俺が取り分けてやるから、四人で仲良く良いもの食って仲直りしようって。俺等は一緒に凄いことやったんだよ? あの時の絆はどこ行ったの? まだ旅初日だかんな?」
俯く三人に少し説教気味に続けて言う。
「窓際だってさ、折角モルガナさんと俺が譲ってんのにまた新しい喧嘩してさぁ。俺、ちょっと悲しかったよ?」
「…………」
「この鍋でお前らの機嫌を取るってことでいいよな? 黙って食って、寝て忘れちまえ」
しんみりと落ち込む空気がする中で、早々にもつ鍋が運ばれて来た。
八人前と二人前。かなり鍋の大きさが違う。
「うし、じゃあ取り分けてやっから! 先に適当に俺の分取っておいてぇ…………うぃ、それじゃあガッツから貸せ!」
「あ、あぁ……」
さりげなく俺の分を取り分けて、少しでも冷ましておく。
「これでお前等の機嫌が良くなってくれりゃ、それでいいからよ」
最も食べるガッツから渡されたお椀に、もつを山盛りによそう。
……これ、くらいにしておくか。
最もシビアなガッツの配分を確定して手渡す。汁多めで冷める余地を無くして。
「…………ほらっ、特盛りにしといたぜ!」
「すまん……」
「いいってことよ、仲間じゃん。次、マーナン」
マーナンのにも大盛りによそってあげる。
「ほれ、たんと食いな」
「うむ……」
いつになくションボリとするマーナンへお椀を渡した。
「イチカちゃんは俺と同じ普通くらいでいいか?」
「はいです……」
「あっ、そっちも遠慮しないで食べていいっすからね?」
モナ達への配慮も忘れずに、イチカ分のもつをお椀によそう。
そして席に座り、さりげなく「いただきます」と口にしてお椀を手にする。
「じゃ、今日の思い出でも語りなあむあむはぐはぐはぐはぐっ!!」
熱々のもつ鍋をかき込んで食らう。
「えっ……!?」
「な、何してるです……?」
動揺する間抜け共に一切構うことなく、飲み込み時のあやふやな気難しくも癖になる味わいのこいつを食らっていく。
「こ、コールよ、そんなに急がなくとも沢山あるではないかっ! 止まるのだっ、食い意地に支配されし貪食なる友よ!」
「なんだっ、どうした! 何をしているっ!」
熱さで汗だくになりながら目を見開き、味わいながらも気合いで咀嚼して飲み下す。
「んぐっ……ふぅ。う〜し、一杯分リードぉ。二杯目もらいま〜す」
「っ……!? こ、こいつっ、容赦なく二杯目をお代わりし始めたぞ!!」
もつだってこんなによそっちゃう。辛子の入ったこの豚骨のスープがまた、これ自体も堪らない。
美味過ぎる。お値段が高い理由が分かる。食材も上質だし、味が抜群。味覚神経が躍り狂っている。
「我等の機嫌を取るどうこうの話はどこへ行った!! 問答無用ではないかっ! 全身全霊ではないかっ!」
「お前らの機嫌? 俺に何か関係あんの?」
「ホワッ!?」
がたりと三人して立ち上がり、過去最高に驚愕したという眼差しを送って来る。
「知らねぇよ、お前らの機嫌なんて。怒っても泣いても喚いても笑っても、血の涙を流してたってどうだっていいもん」
「コッ、カッ……」
「殺し合ったって構わねぇよ。勝手にどうぞぉ。お前らの血風が舞う中でだって、俺はもつ鍋を食うんだ。誰よりも多く、いいもつ鍋を食らうんだよ。……お前らになんかやらねぇかんな、馬鹿共がっ」
唖然とする三人に語調を強めて吐き捨て、俺はもつを口に放り込む。
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