第104話、鍋戦争


「…………」

「はい、オーミ君にもよそってあげたよ。さて、私達もいただこうか」

「っ…………」


 三馬鹿と共に俺に愕然としていたオーミが、モナと鍋を堪能し始めた。


 これで最後の憂いが無くなる。安心してこいつらを葬れる。


「何? 殺し合わないの? さっさと死んでくれる? もつ鍋いっぱい食べたいから」

「…………」


 開いた口が全く塞がらないらしい三人など構わず、顎に休息を与えながら鍋を味わう。


「…………き、貴様等が喧嘩を続けるからだぞ!! この化け物が存在している事実を有耶無耶にしていたのだ!!」

「長引いたのはお前達に責任があるっ!! 昼食の時などっ、俺は止めようとしていたのに執拗に蹴りおって!!」

「我だって落ち着いて食そうと辛抱しておったわぁ!! 貴様等がガンガン蹴るから応戦したまでのことっ!!」


 足蹴議論が白熱して来た。


「わ、私だって痛いから止めようとしたですっ……!! 当然ですっ!」

「三人が止めようとしていたのに続く筈がないだろうっ? 他に蹴る奴などいるわけが………………」


 ガッツが途端に言葉を止める。


 三者三様に顔を青ざめさせて、畏怖を込めた視線を俺に集わせた。


「……だってお前等が仲直りしたら、仲良く俺より鍋を食うかもしれないじゃん。そういうの、ちょっとなんかぁ……止めて欲しい」


 言い争っている間にも減っていく鍋にさえ気が付かないとは、喧嘩って素晴らしい。


「本物の化け物じゃないかっ!! それでモルガナ達は別の鍋にしたのかっ!!」

「魔王などよりも遥かに冷酷ではないかっ!! 何故にそのような真似が躊躇いもなく実行できるのだっ!! 何が仲間だ、何が絆だ貴様ぁぁ!!」


 怒鳴られようとも温かいお茶で一息入れて、再びもつ鍋を楽しむ。


「落ち着くですっ!!」


 イチカちゃんが威勢よくテーブルを叩いて一喝した。


「っ…………」

「このままでいいです? こんなにも舐められたままでいいです? いつもいつもコールさんにしてやられてばかりでいいですっ?」

「…………」

「私達は魔王殺し、不死戦艦潰し、ウルフキラーです。この三人が揃って情け無いです」


 次の三杯目は少なめにして……いや、違うな。ここは多めだ。


 お椀に存在する半分になった具材達。もつ、キャベツ、ニラ、豆腐を目にして方針を固める。


「食べるです……、三人で食べ尽くしてコールさんに勝つですっ!!」

「…………イチカとやらの言、最もである!!」


 厳格な面持ちを取り戻したマーナンが着席して箸とお椀を手にする。


 続いて、イチカちゃんも準備を整えた。


「うむ、俺も久々に本気を出そう……」


 そして大食い主力であるガッツが席に着き、箸を手にした。


「行くぞっ!! コールを倒すのだ!!」

「全てが貴様の思い通りになると思うべからずっ……!!」


 そして声を揃えて三人は開戦を告げた。


『――いただきますっ!!』


 ただ食事を始めるというだけで、なんとも騒がしい奴等だ。


 これ、ただの夕飯だからね?


 しかし仲直りできたようで、良かった。思ったよりも浅はかで次の段階へ進めずにいたので、どうしようかと考えていたところだ。


 まず状況理解に時間を要し、次に喧嘩状態での関係修復に時間をかけ、やっと食事となる。けれど予想よりも、やたらとだらだらして時間をかけていた。


「ん〜〜〜〜〜〜っ、美味いっ! これならいくらでもいけるぞぉ!」

「これは何と美味であることかっ……! ふははははぁ、コールよ。貴様の命運もこれまでのようだなぁ、フハハハハァ!」


 快調に飛ばして行くガッツとマーナンのコンビ。あれだけ盛っておいた具材がみるみる減っていく。


「うぅ……噛むのに時間がかかるです」

「気にするでない、イチカとやら。憂うことなかれ。他ならぬ我とガッツが仲間なのだぞ」


 寝小便小娘やら言っていたのに、もう仲間である。都合のいいことだ。


「そうだぞ、イチカ。得手不得手は当然。ここは俺達が先導する。全員で勝つぞっ!」

「はいですっ……!」


 馬鹿だなぁ。そんな馬鹿なところが可愛い……とも思わないんだよなぁ。だって俺が被害に遭う時があるのだもの……。


「うぅむ、美味いっ!! 美味いのだが……何故だ? どうしたことかっ、いまいち食欲が加速していかない。何やら阻害されているようにも感じられる……」

「むっ、お前もか? 実はさっきから俺も妙に箸の進み具合に違和感を感じるんだが」

「ガッツもだと……? 何故だ、貴様と我に何が共通している……」


 生まれた疑念に、漫然と箸を進めながらも思考を深めている。


 なので言ってやる。


「あんた等、こんなにいい鍋を食うってのに干し肉を食うからでしょ」

「ブッ!? そう言えば俺達は干し肉を食っていたじゃないか!!」


 ということは、おそらくそろそろアレに思い至るのではないだろうか。


『――お前等、イライラすんのは腹が減ってるからじゃないの? 干し肉でも食って誤魔化しとけば?』


 これに察しが付くのではないだろうか。


「悪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「悪魔なりィィィィィィぃぃ!!」


 この二人が対面になれば、それは喧嘩にもなる。毎度そうなのに、何故いつも学習しないのだろうか。


「せ、席替えを決めたのもコールさんです……」

「我とガッツの仲違いを狙ったというのかっ……? ストレスを与えて喧嘩させ、干し肉へ誘導したというのかっ? まさかそんなっ、あるぅ……? そんなこと……」


 腹を立てたら、やけ食いを求める性格であることすら自覚無し。メモしておこう。


「許さん……」

「うぃ……?」


 ガッツが異様な気迫を放って、箸を震わせる。


「……俺達を弄びやがってっ、その横暴を決して許しはせんぞぉ!!」


 半分も食べ終わらない内から更に山盛りによそったガッツ。


「うおおおおおあむあむあむあむあむあむあむあむっ!!」

「お茶漬けっ!?」


 茶漬けだと思っているのか、もつ鍋をかき込み、恐ろしい咬合力で咀嚼していっている。ていうか、飲んでるんじゃないだろうか。


「く、くっ……お前等程度が俺に歯向かうんじゃねぇ!! あむあむあむっ!!」

「お代わりぃぃ……!!」

「っ、ウソぉっ!?」


 異常な速度で山盛りを制覇したガッツに、俺も慌てて一度離したお椀を口元へ運ぶ。


「い、いけるですっ……! あのコールさんに勝てるですっ!」

「おおっ! 流石は我が頑強なる友だ! んんならばっ、我も続くぞぉぉ!!」

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