第105話、村人、英雄を泣かす

 二杯目も食べ切った俺は予定通りに、三杯目を大盛りによそう。


 その直後、


「ふーっ、ふーっ、ふーっ……」

「…………」


 口いっぱいに頬張りながらも、何度目かの山盛りをよそい始めるガッツ。


 その狂気に満ちた様に、震え上がってしまう。


 恐ろしい速度で山盛りを消失させ、俺を遥かに上回る量を平らげていた。


 もはや鍋の中には申し分ばかりしか残っていない。


「ぐぅぅ……わ、我は、ここまでのようだ」

「私もっ、うぅ……厳しいですぅぅ……」


 貧弱な二人を置いて、頂上決戦の最後一杯が雌雄を決する。


「う、うぅ、……うぃぃぃ!!」

「むぅぅぅんっ!!」


 食らいつくガッツに対抗して食べ易いキャベツから口に運び、勢いを付けてもつへ。


「んぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 表情に切羽詰まる現状を表しながらも、お椀を傾けて口の中へ流し込むガッツ。今日のガッツは、本気であった。本気で俺を打倒しようとしている。


「てめぇらなんかに負けてられっか!!」

「ガッツよっ、コールは限界間近だ! あの大盛りを前に、二口しか箸が進んでおらんぞ!」

「ち、違ぇやいっ!! あむあむあむっ!」


 勇猛果敢にもつに喰らい付き、なりふり構わず勝利を求める。


「あむあむっ……………………」

「コールさんの動きが止まったですっ……!!」


 ……俺のお椀が、テーブルを叩く。箸持つ手が、テーブルを打つ。


 ここまでであった……。


「っ、コールが項垂れたっ!! 今だ、無情に止めを刺してしまえぃ!!」

「ん〜〜〜〜〜〜〜っ、んんーっ!!」


 空になったお椀を翳し、口いっぱいのまま勝利を宣言した。


 三人が歓喜のあまり立ち上がる。


「やったですっ! やったですっ! 本当に勝っちゃったです!」


 パチパチと手を叩き、ハイタッチまでして村人を叩きのめした勝利を祝う英雄達。


「んんっ、んんっ!!」

「よくやったぁ、無敵なる友よ!! やはり貴様はやる男であったわ!! ふははははぁ!! 無様な姿が存外に似合うではないかっ、コールよぉぉ!!」

「んぐっ…………勝った、ついに俺達はやったぞっ!!」


 ハイタッチに肩まで組んで、敗北した俺を見下す三馬鹿。


「ふん、これに懲りたら俺達を侮るのは止めることだ。あと依頼への同行を断るのは不可能とする。理由はコール如きが生意気だからだ、あっはっはっはっは!!」

「貴様、今後二度とあのようなお天道様よりもデカい態度は許さんからな。猛省せよっ!! この矮小なる悪魔めがっ!!」


 言いたい放題である。ここまで言われる罪だろうか。結果、仲直りして腹いっぱいに美味しい鍋を食っているのに。


 喧嘩したこいつ等の方が、余程にカルマが溜まっているだろうに。


「はぁ……最高の旅ですぅ。今夜はとってもいい夢が見られ――」

「失礼いたしますぅ」


 扉を開き、女将が少しばかり顔を覗かせて様子を伺う。


「宜しければ、そろそろ……」

「あっ、うぃっす。なんか数人は満腹らしいんで、三人前でお願いしま〜す」

「かしこまりましたぁ」


 返答に笑顔で頷いた女将が部屋を後にした。


「…………な、何だ、今の不吉なやり取りは。三人前とは何のことだ?」

「あんた等、もういらないの? じゃあ残りは全部、俺がもらっちゃうね」

「えぇっ!?」


 鍋にある残りの具材を、自分のお椀に移していく。


「こ、コール……まだ、食えるのかっ?」

「全然いけるよ? むしろこれからよ?」

「…………」

「加減してたに決まってんじゃん。俺とマーナンなんて食う量がほとんど同じなのに、一杯以上食べ進めてる俺がマーナンより食べ続けられるわけなくない? 最初に俺が慌てて食ってたもんだから、そういう勝負だとでも思っちゃった?」


 頭が真っ白になっていくガッツを眺めて、すぐに飽きたので食事を続ける。


 スープに煮立てられた、大好きな豆腐やキャベツを落ち着いて食べる。


「美味〜いっ。うぃ〜、一つ一つ味わって食べると味わいが別格だな。自分のペースで落ち着いて食うに限るわ。何故なら、この一杯は今だけの一杯だから。食との出会いに感謝」

「…………」


 好き放題に言われた腹いせに、急いで食べたことを猛烈に後悔させてみた。手始めに。


「ハフっ、ハフっ」

「…………」


 ご飯だって掻き込んで、鍋を全力で満喫する。


「お待たせいたしましたぁ、麺です」

「あっ、ありがとうございます」


 女将さんが麺を持ってやって来たので、受け取ってすかさず鍋に投入する。


「麺だとっ!? 我が知っているあの麺か!?」

「どうみてもそうでしょ? もつ鍋に締めのラーメンは欠かせないっしょ」

「ら〜〜〜めんぅぅっ!?」


 魔石焜炉の上に乗った鍋の中で、白濁したスープの海を黄金の麺が泳ぎ始めた。これまた食欲が掻き立てられるではないか。


 ということでモナ達にも麺を入れようと、立ち上がって彼女等の鍋へ寄る。


「私達は一人分と半分でいいよ。意外と満たされたからね」

「うぃ? そうっすか? ラッキー、普段から善行を積んでおいて良かったぁ」


 幸運である。可能ならばもう少し……半分くらいは欲しかったところなのだ。


 モナ達の鍋に麺を投入し、譲って貰った分も自分達の……自分だけの鍋へと。


「…………うぷっ」

「た、戦える者はいるか……? ちなみに我は完全に無理だっ。ちょっと外に出たいくらいだっ……! ちょっとこの濃厚極まる匂いで、窒素しそうであるっ……」

「私も、見ているのが辛いです……」


 イチカちゃんとマーナンはいらないらしい。自然と二人の視線は彼等を勝利とやらに導いた者へ向かう。


「…………」


 青白い顔をして、大量に発汗していた。


 きっとガッツは二人以上に厳しいのだろう。あれだけ食べたのだから当然だ。


 予想よりも調子付いていたから、同情はしない。


「これに懲りたら、くっだらない喧嘩なんてしないの。俺に利用されちゃうよぉ? いつでもコールさんは、戯れにお前等をぶっ殺そうと狙ってるよ?」


 もつを食べつつ待っていたが、そろそろいいだろう。


 ラーメンをお椀に移して食べ始める。豪快に啜り食う。


「……ん〜っ、美味いっす!! 締まったっ、完全に締まっちゃったわ!! ガッツ君!!」

「っ…………」


 先日に殺しかけた癖に依頼への同行を断るななどと言う見過ごせない輩を名指しで呼んで、ラーメンを勧めてみる。


「……美味しいよ? 分けてあげるよ?」

「…………」


 面白いくらいに顔色が赤くなっていく。身体も力みのあまりガクガクと震えている。完全に敗北している状況で舞い上がっていたのが、また酷く滑稽であったことに気が付いているからだ。


「コールぅぅぅぅ……お前ぇぇ――」

「あ、ごめん。静かにしてもらえる? ラーメン食うのに忙しいから、食べるなら勝手に食べて」


 そしてまた俺は自分の食事に集中する。豚骨ラーメンをひたすらに啜り続ける。細麺が啜り易く一気に口内に運ばれてゆく。


「ふぅ……ふぅ……ふぅ…………ぬんっ!!」


 決死の覚悟を決めたガッツがお椀を手に取った。


「も、もういいんですっ! よくやったです!」

「うむ…………我等の、負けだ」


 けれどガッツは菜箸を手にして、鍋へ突っ込む。


「っ……!? 行くと言うのかっ、涙無しには語れんぞっ!!」

「ッ――――」


 涙ぐむマーナンの期待に応えんと、ラーメンをお椀に移して箸を取る。


 ガッツが、再び決闘と言う名の食事に返り咲いた。


「っ……!!」


 そしてラーメンを啜る。


「…………」

「…………」


 物悲しい真顔の二人が見守る中で、……一本の麺をちゅるちゅると啜る。


「…………うっ、ぐすっ、うぅっ……」


 ガッツが泣いた。あのガッツが泣いた。


 一本の麺を啜る自分が情けなさ過ぎて、あのガッツが泣いてしまった。


「…………」

「…………」


 イチカちゃんとマーナンが、ガッツの肩に手を置いて健闘を讃えている。


 何故か哀しげな雰囲気が、室内を満たす。


「ふ〜、食った食った! ねぇ、この後どうするぅ?」


 震える三人が仲良く無言で睨み付けて来る。何も言い返せないので、そうするしかないようだ。


 こいつらただ、食い過ぎて締めのラーメン食い損ねただけなのに……。おもしろ〜。

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