第106話、名が売れた弊害


「……立ち向かうべきではなかった。コールの言う通りだ。勝手に機嫌が悪くなって険悪な空気を作ったのだから、そんな奴等はどうでもいいと言われても仕方がない。喧嘩したことを素直に謝って普通に食事をすれば良かったんだ」

「すみませんです……。焚き付けてしまったです……」

「いやいいんだ。それも含めてコールにしてやられていたんだ。基本的にこいつは仲間をボコボコにして悔い改めさせるような奴なんだ」


 そのような考えはないのに、灰になって飛んで行きそうなガッツとイチカちゃんにより、冷酷な番長に仕立て上げられてしまう。


 パンパンになった腹を落ち着ける為に、近くの趣ある古びたカフェで時間を持て余す。何とも大人な一時なのに、テーブルの雰囲気は陰鬱としていた。


「コールよ、やり過ぎである。驚くべき悪辣なる助手よ」

「何がいけないの? よく考えて? 俺が食い始めたら勝手にあんたら三人が結託して爆食、そんでラーメンを食えなかったってだけよ? 美味しいものをたらふく食べて食事しましたってだけの奴等が、何言っちゃってんの?」

「そうだぁ。たったそれだけのことでここまで精神が摩耗させられているから言っているのだっ、度を弁えぬ狡猾策士が!!」

「なんだぁ、この野郎。その半袖破いてポッコリお腹を皆さんに見てもらうか?」


 肩を竦めて被害者面の違和感を指摘するも、精神をやられたなどと不条理な怒声を放たれる。


 前のめりになって逆らって来る対面のマーナンを眺め、本当に破ろうかと悩むも…………ある事実を思い出す。


「おっ? ていうかそうじゃん。……お前ら、寒くないの? 周りと見比べてみ」


 俺の言葉を受けた三人がコーヒーや地元の名物ティーを飲む手を止めて視線を巡らせる。


 半袖など三人のみ。おそらくこの地方全体で、この三人のみ。上着は必須で、毛皮を着用している人も少なくない。


「な? 同じ地域にいるとは思えない装いの差だろ」


 ……三人が今頃になってファーランドとの気温の変化に気付き、激しく震え始める。血色も悪くなり、息も白くなる。


 意識した途端にこんなにも変わるとは……思い込みで平然としていた超人達に拍手。やっぱり天才肌ってそんなものなのだろうか。俺は凡人なので少しも分からない。


「う〜い、店が閉まる前に服買いに行くかっ」


 カクカクコクコクと頷く三人が俺に遅れて席を立つ。


「お二人はどうする? 二人も買った方がいいと思うけど……」

「私達は独自の対策があるから、少しだけ町を見て回ってから宿に戻ろうと思う。気にせずに購入してくるといい」

「あ、うぃっす」


 物腰の落ち着いたモルガナの顔で、人間の買い物には付き合い切れないと暗に伝えられる。後でご機嫌を取らなければ、ガッツ達とは訳が違う。


「んじゃ、行こっか」


 《希望剣》メンバー二人と別れた俺は、身体を抱いて震える三名を連れて宿場町を闊歩する。


「こ、コールよ、その――」

「嫌だ。たとえ捨てる当日その日その瞬間であっても、前中後に渡ってお前らに上着を貸すつもりはないよ〜ん」

「貴様っ!! ほんの少しの慈愛の心すら持たぬのかっ!!」

「持ってるよ? でもお前らは不快の権化じゃん」

「あぁんっ!?」


 寒さに震える三人に間近で睨み付けられながら、不真面目に服屋さんを探す。


「おろ? 何か人混みができてんじゃん」

「な、なななな、なんでもいいだろうっ。先に服を買いに行くぞ!」

「…………えっ? でもぉ、アレぇ……」

「うん? なんだぁ? 大道芸人にさして興味はないぞぉ」


 俺が指差した先を、ガッツ含め半袖衆が一目する。


 そこには大岩の上で、大仰な振る舞いで客を集める小柄ながら筋骨逞しい男がいた。




「――オ〜レがガッツガッツガッツガッツガッツガッツガッツガッツガッツガッツガッツガッツガッツガッツガッツガッツガッツっ、オレがガッツだぁぁぁ!!」




 本人以上にガッツな男であった。


「だ〜はっはっはっはっはっはっ!! い〜ひっひっひひひひ!! ……ぶふっ、なっはっはっはっは!!」

「ぶふーっ!! ふははははははははぁ!! ぶっ、くっ、ぶははははははははははははっ!!」


 爆発的なお笑いである。俺とマーナンが笑い死にそうになる程に、抵抗許されず地べたで笑い転げる。


「ぷーっ!! ぷぷっ、ぷぷぷぅ!! ぷぷぷっ!!」


 我慢できよう筈もない。控えめながらイチカちゃんも、背を向けて笑い続けている。


「…………ゆ、許さんっ」


 真っ赤な顔で羞恥に悶えるガッツは、笑いどころではないらしい。


「ぐくくっ、くっ……ブハハハハぁ!! いひひひひひっ!! も、もう止めてくれっ、ガッツぅ!!」

「俺じゃないっ!! 笑うなっ、あれの何が面白いっ!」

「お前じゃなくてっ、ぶふっ! あっちのガッツだってぇ!」


 止まらない笑いに息ができず、腹の筋肉まで引き攣り始めてしまう。


「わ、我は、あと一回アレをやられたら……死ぬっ!!」

「俺だって死んじまうって……!! この世に救いはねぇのかっ!!」


 一撃で瀕死まで追いやられる俺達だったが、執念で立ち上がると偽ガッツへ向き直った。


「おっ? 何かするみたいだぞ……?」

「……気を張るのだ、歴戦の勇士達よっ」


 パフォーマンスなのか、大岩の上から降りた自称ガッツは頭部サイズの石を手に……なんと手刀で叩き割ろうと宣言している。


「おおっ! 大して凄くないけど、面白そう……!」


 ウチのガッツなら握り潰してしまいそうだ。


「ふっ、我を楽しませるがいいガッツよ」

「ガッツって言うのは止めろっ。偽物め、ぶちのめしてくれる!」

「浅慮は止めるのだっ! 本当にガッツという名である可能性を忘れたか! かの者のお父さんとお母さんに失礼であろう!!」

「んっ、んん〜っ、確かにぃぃ……」


 楽しみたいだけの癖に、口先でガッツを黙らせてしまった。こういう時には賢くなるマーナンであった。


「でぇぇいっ!!」


 手刀を振り下ろすこと三回くらいで、石が割れた。


「なんだよ、それぇ。しかもどう考えても何か仕掛けしてあるじゃん。出直して来い、ガッツぅ……」

「面白くなぁい。失望したぞ、ガッツよ」


 偽物ガッツに呆れる俺等を置いて、奴はあろうことかこの程度の芸でゴールドを要求している。失望である。


「はぁ、幻滅したからさっさとぶっとば――」

「オ〜レがガッツガッツガッツガッツガッツガッツガッツガッツッ!!」

「なぁ〜はっはっはっはっはっはっはっはっ!!」


 してやられた。


 不意を突いた爆笑攻撃により、再び地面を転げ回ってしまう。


「ふははははははははははははははぁ!!」

「っ〜〜!!」


 俺と一緒になって笑い死にかけるマーナンだが、イチカちゃんは通路脇に蹲り、人差し指で耳栓をしてじっと耐える作戦を実行していた。


「だ、ダメだっ! このままではガッツに殺されてしまう……!」

「が、ガッツめぇぇ……よもやここまでの力量を持っていようとはっ! 恐るべしぃぃ……」


 腹を抱える俺達を鬼の形相で見下ろすウチのガッツ。


「ふぅ……うし、じゃあお前らにこういう時のコール流対処法を見せてやるよ」

「…………恐ろしくてあまり聞きたくないんだが」

「どうしたってこれからもこういう輩は出て来るんだから。見てな、次からは自分達でこれをやるんだぞ」


 半袖族を背に偽物ガッツへ歩んでいく。人垣をかき分け、ひょっこりと顔を出して声を張り上げる。


「……えっ!? 偽物かと思ったら、本当にガッツじゃん!!」

「うぇっ!? あ、あぁ……もちろん本物よ?」

「久しぶりじゃ〜んっ!」

「……お、おう! 久しぶりぃ!!」


 衆目を集めながら、俺は偽物ガッツと握手をして親しげに肩を叩く。


 ガッツの手前とは言え、面白いから苦しませないように処さねば。

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