第107話、あの思い出の芸をもう一度


「……本人のつもりで話しているぞ」

「ふむ、会話から粗を露呈させて偽物であることを周囲に知らしめようと言うのだろう。口先の上手いコールならば、あれやあれよと言う間に言い逃れのできない状況に持っていくに違いない」

「ふむ…………真似しろと言うが、あいつにしかできないじゃないか」


 常に同じく飄々とするコールは迷いなく、観衆の輪の中に歩み入ってしまう。


 だからこそ溜飲を下げたガッツは腕を組み、ことの成り行きを見守る他ない。


「うぃ〜! 子供の頃以来じゃん!」

「あ、あぁ、もう結構経つよなぁ!」

「うぃ〜!!」

「う、うぃぃ……!」


 ハイタッチを合わせ、コールの調子に合わせようと努める偽ガッツ。既に本人やマーナン達には綻びだらけではあるが、大衆はそうではなかった。


「えっ、本物なのか……?」

「ウソっ、偽物だと思ってたわっ!!」


 コールの乱入による余波が大きくなっていく。


 騒めきが騒めきを呼び、取り巻く観衆の数は増えていく。


「聞いたっ! アレ聞いたよ! 魔王倒して魔将ぶっ飛ばして、おまけに不死戦艦やっつけたんでしょ!?」

「おお! まぁな! ちょっと危なかったけどよぉ、仲間に恵まれてよぉ!」

「謙虚だねぇ、お前さんは昔から……ほんとに変わらねぇ! 安心したわ!」


 これでもかと感心を表情に表して、偽ガッツの腕を叩いて祝福するコール。


「何故あいつはあそこまで自然に演技できるんだっ……?」

「本当に幼馴染ではないかっ! 竹馬の友ではないかっ! 演技派なり、我が助手よぉぉ!」


 完全に偽ガッツの親友を気取り、すっかり打ち解けていくコールに冷や汗を流す本来の友人達。


「いやぁ、俺も見習わねぇとな。俺さ、ガッツに憧れて冒険者やってんだわ。お前には程遠いけど、毎日森に山にと冒険に大忙しよ?」

「そ、そうなのか……? 嬉しいやな、そう言ってくれるとぉ」


 照れ臭そうに言うコールに、ぎこちなく嬉しさを装う偽ガッツであった。


「嘘ばかりじゃないかっ! 真逆じゃないかっ! 少し前まで“歩くのだけ勘弁して欲しい”が口癖だったんだぞ!」

「んんっ、嘘が服を着ているっ! あいつに騙せぬ者など存在するのか!?」


 流れ出る本人とはかけ離れた情報に、彼を知る二人は目を剥く。


「あれ? でもガッツ……ここで何やってんの?」

「オレかい? オレぁ……あの、不死戦艦の報奨金をぉ、世界のスライム保護団体とかにぃぃ、え〜、寄付したから、芸で旅費稼ぎながら気楽な一人旅でもってな……」

「…………」

「泣いたっ!? お、おい、大丈夫かぁ!?」


 本当に泣き出したコールに、偽物ガッツは慌てふためく。


「……すん、そらスライム達も喜んでるわ。今頃はお前に感謝してるよ?」

「だ、だといいがよ、へへっ……」

「じゃあ、ここで会ったのも何かの縁だし、みんなに俺が大好きなあの芸を見せてやってくれや! はい、みんな拍手!!」

「…………えっ?」


 煽るコールの拍手に応え、疎に生まれる拍手はすぐに大きなものへ。


「お前のあの芸は間違いねぇから! 子供の頃とかアレで俺等をよく元気付けてくれたじゃん!」

「う〜んっ、う〜んっ…………ど、どれだっけ! ほら、オレって今は色んな芸をごちゃ混ぜでやってっからよぉ!」

「レパートリー増えたんか。俺等の時はアレ一本で頑張ってたのにな……」

「すまねぇな、客が飽きちまうんだわ。……それで、どんなやつだっけ?」


 するとコールはありもしない思い出の中から、偽ガッツが得意としていた芸を語った。


「ほら、高いところからジャンプしてさ」

「うんうん」

「頭から地面に刺さるやつ」

「死ぬぅぅぅぅっ!?」


 偽ガッツは反射的に声を荒らげていた。


「えっ? 真っ直ぐ垂直に落ちれば絶対に大丈夫って言ってたじゃん。一回も失敗したことなかったじゃん」

「ぬぐぐっ…………い、言った? オレってそんなこと言ったかなぁ」

「言ったよ。何を言ってんだか……ほら、お客さんが帰っちまうよ? 上がった上がった」


 小刻みに震え始めた偽ガッツを無慈悲に煽り立てるコール。


「…………ん? ち、ちょっとあれ、本当に殺そうとしてないかっ!?」

「殺そうとしているやもしれん……! 爆笑の罪によりっ、偽ガッツがこの世を去ろうとしているやもしれんっ!」

「こ、殺すのはやり過ぎだぞ!? 当の俺が拳骨一つで収めるつもりだったのに!!」

「流石にやらないとは思うっ……。しかし知っての通り、コールが何をしでかすかは誰にも分からんっ!」


 偽物の心配をして止まない本人達は、コールの慈悲を願うばかりであった。


「…………」


 死ぬ、確実に死ぬ。偽ガッツは常識人であった。


 滝の汗を頭から流し、大岩に乗る動きを止める。


「っ、あの、今日は調子、が…………」

「…………」


 振り返って目にしたコールは腕組みをしてじっと偽ガッツを見つめていた。


 表情は完全に抜け落ち、無感情無機質な眼差しで見つめ、反論も言い訳も許さず偽ガッツを無言で追い詰める。


「…………」


 カチカチと鳴る歯で、再びゆっくりと大岩へと脚をかける。


「……へ? おいおい、違うじゃん」

「は、はい……?」


 親友の仮面を被り直して声をかけたコールは、彼を更なる地獄へ叩き落とした。


「その岩だと高度が足りないっしょ? 地面に真っ直ぐって言ってんだから、せめてあの三階とかじゃないと」


 コールが、目の前に建つ宿屋の三階を指差した。大岩、十個分はあろう高さであった。


「頭からのやつだからね? 手とか縛るぅ?」

「――――」


 白目を剥いた偽ガッツが、思考を止めた。


「――ふんっ!!」


 飛び込んだ人影が、大岩に拳槌を叩き込み破砕させた。


「キャアーっ!?」

「た、叩き割ったぞ……あの巨岩をっ……」


 砕けた岩の破片がころころと転がり、観衆の驚愕する目はその男に集中する。


「ふん、俺でもこのくらいはできるのだ。貴様がガッツなわけがない。二度とその名を名乗るな。……というかあの奇妙な掛け声だけでいいから絶対に止めろ」

「…………」


 どこぞの武術の達人だろうか、その金髪の美男子を偽ガッツはポカンと見上げるばかりであった。


「なんだよ……やっぱり偽物かよ。帰ろ帰ろ……」

「いやしかし、代わりにいいものが見れたぜ!」


 散り散りに立ち去る大衆により、その通路が混雑するも偽ガッツは微動だにしない。偽物と判明しても、巨岩を打ち砕いた男から視線が離れない。


「……何で出て来たんだよ」

「やり過ぎだっ! こいつを殺そうとしていただろっ! あんな恐ろしい目で見ていたら本当にやってしまうぞ!」

「あのね、このくらい痛い目を見ておかないと繰り返してしまうものなの。それに殺すわけないじゃん。自白するまではあ〜だこ〜だと付き合ってあげるつもりだったよ?」

「……どちらにしろ、俺にはさっきのは無理だ。もうさっさと服を買いに行こう」


 歩き始めた男を追って、偽物と知っていたらしい赤茶髪の男も去っていく。


「えっ、これだけ? ……お前、偽物にも優しいの?」

「ガッツは貴様と違って人の心を持っている。というよりも、貴様は何故に人の心を持ち合わせていないのだっ……! 頭部爆散必至と冷や冷やしたではないかっ!」


 合流した大人の男性が、確かにその名を口にした。


(ガッツ……!? もしかして、本物のっ!?)


 巨岩を拳一つで粉砕する膂力が、それを証明していた。


 年老いていく魔法使いに付与魔法を扱う少女と共に、《闇の魔女》の騎士に率いられる万夫不当の戦士。


 勇ましく猛々しいその金髪の男こそ、ガッツ・ノーキンであった。


「…………カッケェ」

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