第108話、新たなる偽物の気配

「いやぁ、いいね。旅っていいね」

「うむ、初日からこのような出会いがあるとは。幸先が良い」


 鼻歌も混じえながら気分上々に宿場町を練り歩く。


 偽物ガッツと予想だにしない遭遇を果たし、その芸をしかと堪能させてもらった。


「……お〜れがガッツガッツガッツガッツガッツ――」

「止めろっ!! 絶対に止めろっ!!」

「そんなこと言わずに是非ご本人にもやってもらいたいもんだなぁ。これを本人がやったら、どれだけの人が笑顔になるか。……いやでも、俺は死ぬかもしれね」

「やらない。故にお前が死ぬこともない」


 この拒絶反応の凄まじさが、この芸の攻撃力を物語っているのやもしれない。


 先程を思い出したのか、ガッツの顔は瞬時に赤く染まっている。


「ぷぷっ、ぷぷぷ……」

「お前の後ろに一番大好きな子がいるよ?」


 指で耳を塞いでいたにも関わらず、イチカちゃんは事の終わりまで笑い続けていたらしい。


「ちぃぃ……一応、気が付いていないようだから忠告しておこう。こうした偽物は、お前らにも出て来るからな。他人事ではなく、今もどこかに必ず偽マーナンや偽イチカは存在するのだぞ」

「ふん、先程の偽ガッツを超える者などいない。苦し紛れの脅しは控えるがいい、ガッツ風味が足りないのではないか? 幸い貴様は手に入れているではないか、己を高める術を」

「やらないっ。お前まで求めるなっ!」


 しかし確かにガッツの言う通りだろう。


 魔王討伐は歴史に残る快挙。マーナンやイチカちゃんの名前は世界に轟いている。既にその名を騙る不届き者は現れている筈だ。


「ふぅ〜! 俺の偽物が楽しみぃぃ!」

「コールさんの偽物はいないですよ?」

「はぁ? なに、馬鹿にしてんの? 世界のコールに何を言ってくれちゃってんの?」


 期待に胸を躍らせていたところに、イチカちゃんから無粋な横槍が突き入れられてしまう。


「お前らの認知度が瘡蓋かさぶたを上回ることはないけど、俺の場合は有り得るからな? 瘡蓋共がデカい口叩くんじゃねぇよ。剥がすぞ、こら」

「何を言っとるのだ、お前はっ!」


 三人共に呆れたとばかりに嘆息している。


「貴様は《闇の魔女》様の騎士として認知されているだろうが……」

「魔女様が直々に任命されたです。勝手に名乗ると、《闇の魔女》様を冒涜してしまうです」

「命知らずとて、決して名乗れはせぬわ。何故ならば闇を敵に回す、それ即ち破滅なり。ふはははははははぁ!!」

「なんでマーナンさんが喜んでるです……?」


 《闇の魔女》様と闇って恐ろしくて凄いよねっていうお話で、自意識過剰なマーナンは己がことのように歓喜を爆発させていた。


「え〜……、俺の偽物はいないのかぁ。でも確かにさっきみたいな特殊なことを方々でされるくらいなら、いない方がいいかもなぁ」

「当たり前だろう。先程のを自分に置き換えて考えてみろ。それはもう顔から火が出る赤っ恥だ」

「………………ぶはっ!! お、面白いっ! 凄ぇな、あいつ。とんだ万能芸を生み出してんじゃん」


 想像してみるも、俺としてはアレならば居てくれてもいい。


 奇怪なものを見る目でガッツに見られるが、明らかに害になる悪事を働かれるよりも面白い方がいいように思えて来た。あれなら本当に信じる者もいないだろう。


「おっと、ここに服屋あるじゃん。ほれ、さっさと買って来な」

「ふむ……中々に品揃えも良いようだ。では行って来る。留守を頼む、闇に見出されし新兵よ」

「……何で古参ぶって俺を新兵扱い? 言っておくけど、騎士だってなってる俺の方が――」

「ぬぅぅんっ!?」

「…………何でもない。早く行って温もりに包まれて来い、半袖属短パン科の猿共」


 未だにリア様の騎士となった俺を僻み、妬み、隙あらば先輩風を吹かして来るマーナンを押して店内へ向かわさる。


 ここでも降雪量が多いのか、かなりの厚手な服飾が多く見られる。


 ブーツらしき履き物もあり、この店で完全に取り揃えられるだろう。


「雪山の魔物対策になる鈴……」


 ちらっと見えている小物類にも、雪ゴブリンが嫌がる香水やナダレグリズリーを遠ざける鈴など多種多様なものが売り出されていた。


 どうやら繁盛しているお店らしい。土地柄に適した品揃えがとにかくいい。


 このようなグッズを作製してみたいのだ。これまでは冒険者のグッズと考えていたが、一般人向けも含めてアイデアを練った方がいいのだろうか。


『ハッハーっ!! アタシが、イチカ・グラースよっ!!』

「っ――――!!」


 遠くから微かに聴こえて来たその声に、全力疾走で駆け付ける。


「ハァッハーっ!! さぁ! 今日もウルフハント講座が始まるわよっ!!」

「すみませんっ! 俺も受講させてくださいっ!」

「いいわよっ!!」


 危なかった。グッズなんか見ていたものだから、ウルフハント講座に遅れるところであった。

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