第40話、マーナン、真面目に準備する



「――あ〜、流石は俺のポーション。馴染むわぁ……」


 初っ端からポーションを飲んで体力を回復した俺は、申し訳なさでいっぱいであった。


 悪魔の誘惑にあっさり負けてしまったもの。


 魔法の言葉『ちょっとだけだよ?』に完膚なきまでに叩きのめされた。


「マジ、勝ちに行くから。ホント、勝ってお前らにラーメン奢るから。マジで」

「本当にどうしたんだ、今日のお前は……」


 肩越しから懐疑心たっぷりで俺を見るガッツに続き、獣の森を行く。


 背にある新しい大剣が何とも頼もしい。前のはマーナンの〈闇黒の月〉に呑み込まれたからな。


「よし、まず一体目のボス“ドブロクモンキー”に集中すんでぇ。いつも酔っぱらってるけど、捉え所のない動きで攻撃が当て辛い」

「手下の“ホロヨイザル”ならば楽に倒せるのだがな。ドブロクモンキーは絡み酒で、この辺の樹から出る酒を飲まそうとしつこく迫って来る。しかもこちらのコップの酒がなくなると、もういいと言うのに勝手に注ぐのだ。しかも一気飲みを煽るように手拍子までする始末……」

「お酒は自分のペースよ? ホントに。退治しちゃいましょ、そんな迷惑モンキーは」

「あぁ、また新たな旅人が犠牲になる前にな」


 厄介者を確信した俺とガッツは、決意を新たにドブロクモンキーへ向かう。


 この前にファストを倒したところよりも生い茂っており、背の高い樹や珍しい植物が多様に繁茂している。


「……マーナンはちゃんと準備できてんのかね」

「どうだろうな。昨日、ギルドで入れ違った際には魔法の消費を抑える使い捨ての魔具を作ると言っていたがな」

「あ〜、《闇の魔女》様の前で爺さんになりたくないもんな」


 ふとマーナンが心配になるも、どうやら今回ばかりはきちんと考えているようだ。



 ♢♢♢



 ファーランド魔法学園、闇魔法科塔。


 二十代半ばのマーナンはクマの酷い目を闇魔法の指で何とかこじ開け、魔具作製に必要な素材の確認をしていた。


「んぬぅぅ……マンイーター の翼一つぅ……、ブラッドケンタウロスの尾が一つぅ……、ダークナイトのマントが一つ……」


 大金を注ぎ込み購入した貴重な素材を、魔具辞典と見比べながらデスクに並べる。


「…………ゴリラスコーピオンの第一関節は? ……あぁ、あそこか」


 遠くにかけてあるコートの内ポケットに入れたままであったことを思い出す。


「〈闇に染まれダークネス〉、取ってくるのだ……」


 右目を開いていた方の闇の手が伸び、コートの内ポケットをまさぐる。同時に落ちてしまったマーナンの右瞼だが、左目を開いてもらっているので心配ない。


「ふむ、揃っているな……。これで後は闇魔法の教授に完成させてもらうのみ。我はそろそろ眠らねば……」


 魔力消費軽減の魔具作製にあたり、適した素材の加工を施すことに時間を要し、気が付けばもう朝になっていた。


 寝床へと立ち上がろうとするマーナンだが、その肩が軽く叩かれる。


「うん? ……あぁ、そうか。報酬の野菜スティックであったな」


 加工の補佐を務めていた闇魔法は、求める魔力を少なくする代わりに軽食を所望していた。


 マーナンはデスクに用意しておいたニンジンを探す。


「おぉ、これだこれだ……。…………こら、お前達。喧嘩は止めないか……闇に属するものとしての矜持を失うな」


 右手と左手の闇魔法がニンジンを争い殴り合いを始め、マーナンの瞼が両方共に閉じてしまう。


「全く……」


 マーナンは暗闇の中で、先程に見つけたニンジンへ手を伸ばす。


 それを迷わず闇魔法へ差し出した。


「そら、報酬だ。受け取るがいい……」


 肩に纏わり付いていた闇から無数の手が殺到して、みるみるニンジンを呑み込んでしまった。


 例えニンジンの近くにあったブラッドケンタウロスの尾であっても、闇の前では無関係であった。


 …………自分が呑み込んだ物を理解した闇魔法が、動転して慌てふためく。


「……ではな、さっさと帰還するがいい……」


 どれだけ行動が素早いのか、マーナンは既に歯磨きも寝巻きへの着替えも終え、布団の中で目を閉じていた。


 闇魔法は手を伸ばして布団のマーナンの元まで一っ飛びで向かう。


「……………………なんだぁ、我にまだ何か用か?」


 高速で額を叩き、眠る寸前であったマーナンを呼び起こす。


 いくつもの闇の手で布団を剥ぎ、脱力状態の上半身を起こし、鼻フックで無理矢理に立たせる。


「いい加減にしないかぁ……、我は貴様等と遊ぶ余力など微塵も持ち合わせていないのだ……。……あのぅ、アレ……そこにある縄跳びでもして遊ぶがいい」


 デスクまでマーナンを連行することに成功した闇魔法が、今度は両目を開き、置いてあるニンジンを指し示して緊急事態を報せる。


「…………なんだ、食さなかったのか? 今はそれ以外に持ち合わせていない。気に入らなかったのなら後日にせよ、以上」


 次に闇魔法は倒れそうなマーナンを支えつつ、首の角度を調整、固定してデスクの素材を視認させる。


「何をしているのだ……」


 闇魔法の人差し指が、ブラッドケンタウロスの尾があった場所とニンジンを交互に指差す。


「……ここにあったブラッドケンタウロスの尾が無くて、ニンジンはある……?」


 緩やかに頭を働かせるマーナン。


「…………………………」










 ――…………ぬぁぁぁぁんだこれはああああああああああ!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る