第39話、体力を削ってから参戦する画期的なスタイル
その夜、エドワードで楽しんだ俺はやる気も充分に図鑑と地図を交互に見比べて睨めっこしていた。
モナは入浴中。
倒すべき魔物を選択した。騒ぎが起きて勘付かれることを考え、少し離れた場所に棲息する魔物の群れを転々と倒していくルートを考える。
「ふわぁ……私はベッドで待っているよ。おやすみぃ〜」
「うぃ、おやすみぃ」
浴室から出たその足でテーブルを横切り、魔法で髪を乾かし、一瞬でキャミソールに着替えたモナが眠たげにベッドに向かった。
それを見送り、改めて思う。
勝てばモナと冒険デートに加え、合計八百万ゴールド。ハーブル先生の教本だっていくらでも買えてしまう。
「……ふ、ふふっ、ふはははははは!!」
「ん〜っ、しずかにしたまえっ。わたしは就寝しているんだ!」
手足を一度バタンとベッドに打ち付け、不満を露わにした。
子供っぽく可愛いお叱りを受けたところで、そろそろ俺も風呂に入って眠るとしよう。
当初はあんなに憂鬱だったイベントだが、今となっては明日が楽しみだ。
そして、当日……。
「――寝耳に水だよ?」
「ぎゃあーっ!?」
モナに悪戯されて起床した俺は特別に早起きして用意してくれていた朝食を食べ、家を出る。
新品の服も着て、少しだけ冒険者っぽく。
しかし何やらモナは朝から様子がおかしい。玄関先でも扇子で口元を隠して、ちらちらニヤニヤとこちらを窺うばかりだ。
「どした?」
「……ふ〜ん、私の彼氏君は中々に格好いいじゃないか」
「えっ、そう? 普通……じゃね?」
「朝から装いだけで私をドキドキさせるとは大したものだよ」
嘘なのだろうが、見惚れてしまって照れていたらしい。
艶やかに微笑み、心底愉しげである。
「是非その服でデートに誘って欲しいものだね」
「おっしゃ、そこまで言われちゃ負けらんねぇ! ほな、行ってくんでぇ」
「こらこら、いってらっしゃいのキスがまだだろう?」
「あっ、そうだった。うっかりしてたわ、忘れるところだった」
ちなみに、いってらっしゃいのキスなど今まで一度もしたことはない。何故、俺はこんなにも即座に反応できたのか、自分でも知りたい。
けれどキスさせてくれるらしいから返した踵をもう一度返す。
「いってきま〜っす、ん〜……はい、それじゃ――」
「まだ私の方は終わっていないよ」
「えっ? ん〜〜〜〜っ!?」
軽くモナの唇に触れる程度にキスして、朝から有頂天で歩み出そうとした俺の頭が捕まえられる。
精魂を抜き取られるのではないかと思う程に、激しく吸い付かれてしまう。
「ち、ちょっと? ……あんたさん、朝からエロ過ぎやで?」
「おやぁ? 変な気分になってしまったのかなぁ?」
「そら、あんた。熱意が違ったもん。脳に電撃走る、だったもん」
揶揄うように上目遣いで見上げるモナは、かなり愉しげである。
やれやれ、朝から悪戯モナが全開であったがそろそろ家を出よう。
「いいよ、私は。朝からしても」
「んっ……?」
「どうする、コール君? 君が決めていいからね」
目を細め、色気を醸し出して誘惑するモナ。
「……馬鹿言うなって。ホント嘆くレベルの提案よ? 答えなんてノーに決まってんじゃん。これから俺は勝負なんだぞ? 要らんとこで疲れてちゃ世話ねぇよ」
舐めないでもらいたい。冒険者ではないが、冒険が如何に危険かは重々承知している。
呆れて言葉もないという風にモナヘ告げる。
「それに今回は俺だけじゃない。ガッツやイチカちゃんが仲間だ。仮に俺がバテてしまったら足手纏いになっちまう。ただでさえ食の細い村人なのに。本気でA級を目指そうっていう相手の三人にも失礼ってもんだろうがよぉ……」
「コール君、ちょっとだけだよ」
悪い微笑のモナが、悪魔の囁きを始める。
ここだけの話とばかりに甘美な小声で誘って来た。
「……ち、ちょっとだけ?」
「うん、ちょっとだけ」
「…………ん~」
ちょっとだけかぁ……。
……………………ちょっとって、もう無いようなもんだよね?
♢♢♢
ファーランドの二大ギルドの前にはギルドメンバー達が集結していた。
ギルド【マドロナ】側には三人、ギルド【ファフタの方舟】には二人。相対する彼等を取り囲み、口々に囃し立てていた。
「エドワード、魔王討伐の手柄は譲っても都市最強は譲るなよ!!」
「おいオーミぃ、怪我のないようにな!! 気は抜くなぁ!?」
モルガナを除くとあって、ギルドメンバーも《希望剣》を心配しているようだ。
「ガッツ、何が何でも勝てよ!? 酔った勢いでお前らに全財産賭けちまった……!!」
「イチカちゃ〜ん、メガネだけはかけんなよぉ? ガッツが視線を外せなくなっちまうぞ? ダハハハハハ!!」
ギルド【ファフタの方舟】側は、ガッツの実力に全幅の信頼を置いているようで、むしろ楽しげに激励を飛ばして送り出していた。
都市を巻き込む程ではないが、ギルド間の催しとしては盛況な賑わいを見せている。賭けも盛り上がり、お祭り状態と化していた。
「…………遅いな。見送りには来ると言っていたが、気が変わったのか?」
「モルガナは気分屋だからな。その可能性は大いに有り得る。……ただあちら側も一人遅れているようだ。まだ決め付けるには早い」
「うむ、そうだな。我等は固い絆で結ばれている。きっと来てくれるさ」
討伐競争の始まりから士気に関わる事態であった。
心ここに在らずなエドワードはモルガナらしき人影をそれとなく探し続ける。
そんな折に、件の人物が姿を現した。
「やぁ、おはよう。すまなかったね。少しばかり遅れてしまったようだ」
「来てくれたかっ! モルガ、なぁぁ…………」
透き通る声音が響き、そちらへ目を向けたエドワードの顎が落ちそうになるくらいに開かれる。
驚きに目を剥き、視線は釘付けとなった。
いや……、エドワードのみならず両ギルドの全ての者達が静まり返り、モルガナへ驚愕を露わに注視していた。
「ふぅ……今日は熱いね。朝からとても熱かったよ。でもこれ以上に清々しい朝はない……」
制服姿で異様な色香を漂わせる艶やかなモルガナが、仄かに紅潮を残す顔を手で仰いでいる。肌もいつも以上に艶々で、発する言葉までもが色っぽい。
本人はとても爽やかに微笑んでいるが、尋常ではない蠱惑的な魅力を放っていた。
「あ、あんた、エロ過ぎ……」
「うん? そうかい? きっとお風呂に入ったからだろうね」
鼻血まで流す者等が出る中で、同じギルド所属の友人に何食わぬ顔で返答した。
「ふぅ……」
空を見上げて溜め息一つ。
「…………ふふっ」
その後に揃えた指先で口元を隠し、幸福感を露わにして微笑んだ。
何を思い出したのか激しく気になるところだが、その悪魔的な魅力に誰しもが虜となる。
「…………」
「あ、あれにも反応しないです……!? ガッツさん、それはむしろ怖いです……」
「だって眼鏡かけてないもん」
たった一人そこらの石でも眺めるようにモルガナを見るガッツに、真っ赤な顔をして見ていたイチカは戦慄していた。
「うぃ〜っす、待たせちまったなぁ」
最後のメンバーが、ここに来て到着した。
頼り甲斐のあるガッツとイチカを率いるリーダーが。
「やっと来たか、コール。気合いは入って――コールぅぅ!?」
「うるさいですっ! このクソッタレ! 一体なんだって――コールさぁん!?」
そちらを向いたガッツとイチカが、目を飛び出させんばかりに愕然とする。
「げっそりしているじゃないか!! どうしたっ、大丈夫かぁ!?」
「何かあったです!? 遭難者かミイラみたいな顔付きですよ……?」
満を辞してやって来たコールは頬もこけ、よれよれのヨロヨロの足取りでそこにいた。拾った木の棒を杖代わりに、まさに精魂尽き果てた状態であった。
「……いや、気にせんといて? なんかごめんね? こんな意思の弱い俺なんか殴ってくれていいで。この棒とか使う? じゃなかったら……その荷物とか持とうか?」
「いいからっ、小さなリュックでもよろけて倒れてしまいそうだから!」
「囮とか欲しい時は言って? 今日に関しては喜んでやるよ?」
「お前、ホントにコールか……!?」
気味が悪いくらいに普段と真逆なスタンスをとるコールを前に、二人は狼狽し切りであった。
しかし時は待ってはくれない。
「何やら問題が起きているようだが、そろそろ開始とさせてもらおう」
「うぃっ……じゃなくてご機嫌よう。今日はよろしく……」
「こいつは参加させて大丈夫なのか!? 歩くだけで死にそうだぞ!?」
老人を思わせるコールだが、エドワードは仕方なく始まりを告げた。
「……で、では始めようか。こほん……命は最優先、帰還は夕陽が落ちるその時まで。そして決して姑息な手は使うな、高潔たれ。以上――始め!!」
こうして、《希望剣》との魔物討伐競争が始まった。
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