第41話、接敵


 塔へ仰天の雄叫びを轟かせたマーナンは、研究室を飛び出した。


 駿馬の如く駆けるマーナン。魔術師のロープを靡かせて疾るその姿は、魔王討伐者に相応しき勇ましいものであった。


 学園を出たマーナンは迷わずギルドへ向かう。


 ブラッドケンタウロスはボス級の魔物であり、希少。加えて、強い。


 既に使い果たして資金はない。素材を扱う店を頼れない以上、冒険者に依頼するのみ。だがブラッドケンタウロスはマーナンをして、ガッツと共に相対さなければ太刀打ちできない。


 つまり取れる手段は、《希望剣》か《アテナ》。もしくはドナガンのみとなる。


 けれど当然にギルドに残っている《希望剣》はモルガナのみ。《アテナ》は確実に酒を飲んでいる。


「――ドナガンよっ!!」


 ギルド【ファフタの方舟】に飛び込んだマーナンは血眼になって宴会場と化した建物内を見渡す。


「あら、マーナンちゃん。名前を呼んでいたようだけど、あたしに何かご用かしら?」

「おぉ、そこにいたか!!」


 素朴な印象の受け付け嬢シンシアと談笑していたドナガンがマーナンに気付き、親愛の微笑を浮かべて自ら歩み寄って来る。


 ガッツに負けず劣らずの雄々しい肉体、腰元の意匠の凝った斧、熟練冒険者の気質。これ以上にない人選であった。


「依頼だ。魔王討伐の報奨金でいくらでも出そう」

「あらあらっ。その感じ、どうやら緊急のようね……」

「その通り。至急、ブラッドケンタウロスの尾が必要なのだ」


 マーナンの必死な様子に目付きを変えたドナガンであったが、目標を知るや否や何やら思案する素振りを見せる。


「ん〜、いつまでに?」

「可能ならば本日中に。加工の手間があるので遅くとも明日だ」

「それは無理よ。ブラッドケンタウロスのいる山岳は行きだけでも三日はかかるものぉ」

「アウチっ!!」


 頭を抱え込み、崩れ落ちるマーナンへドナガンは冷静に続けた。


「マーナンちゃんはブラッドケンタウロスの尻尾を使って何を作ろうとしているのかしら」

「……闇魔法魔力消費軽減魔具“チョットヘッタ”だ……」

「まだ諦めちゃ勿体ないわ。資料室を見て、代用品になるものがないか調べてみましょう」


 意気消沈するマーナンを担ぎ上げたドナガンが、受け付けへ歩む。


「シンシアちゃん、資料室の鍵をもらえる?」

「えぇ、分かりました。…………これですね、はいどうぞ」

「ありがとっ」


 ウィンクと手を振ってお礼を伝え、鍵を手に二階資料室へ。


 鍵を開けて資料室へ踏み入った二人は、魔物だけでなく地形や武器に関する資料からブラッドケンタウロスとチョットヘッタのものを探す。


「ブラッドケンタウロスぅ……ブラッドケンタウロスぅ…………おっ、あったぞ」

「こちらにもチョットヘッタの資料を見つけたわ。ざっと中を調べて見ましょう」

「うむ、頼む」


 資料に黙々と目を通していく二人だったが、マーナン側にはブラッドケンタウロスの討伐法や生態、分布図などが載っているばかりであった。


「…………」


 痩せ細る程に絶望感に沈むマーナン。


「ふぅん……? ……ブラッドケンタウロスの尾は上位の人獣系魔物が持つ尾と、死霊系の魔物が使う出血の刃の二つでも代用可能みたいよ?」

「なぁにぃ!?」


 ドナガンの手にするチョットヘッタの記載がある資料の一つに、事細かく代用品について書かれている箇所があった。


「じゃあ、こうしましょう。あたしへの依頼は、人獣系の討伐。報酬は討伐できた時だけ。そもそも数が少ないから見つけられるか怪しいものね」

「ドナガンよ……」

「マーナンちゃんもやる事があるのよぉ? 死霊系が持つ血刃。これはほぼ確実に手に入れられるわ。そっちもしっかりお願いね?」

「しかと心得たっ……!!」


 ドナガンの男気に打ち震えるマーナンの冒険が、本筋と関係のないところで始まった。



 ♢♢♢



「…………いやぁ、どうだろ。やっぱりあいつの事だから、なんかミスって大慌てしてそう」


 心配は杞憂とマーナンを見直すことなく、すぐに考えを改める。


 けれどギルドにはドナガンさんがいる。あの人がいるのなら大抵の問題は解決できることだろう。


「あり得るな。だがあちらを気にしている場合ではないぞ? 俺達もドブロクモンキーを――」

「近い……」

「急になんだっ? イチカの顔付きが伝説のソルジャーみたいになったぞ……?」


 心なしか眉毛まで太くなっているように感じられた。敏感に敵の気配を感じ取ったイチカちゃんは爪先に体重移動しながら腰を落とし、腰元の大きめなダガーを逆手に引き抜く。


 露わとなる鋼色にイチカちゃんの戦意が宿り、鋭くも滑らかな光を放つ。


 空の左手と共に眼前でダガーを構え、気を高めたイチカちゃんは五感全てで周囲の気配を感じていた。


「どしたどしたどした!?」

「敵が近いです……」

「だろうけどさ、俺等それよりあんたが気になんのよっ!」


 左手のハンドジェスチャーで、俺達各々に背後方面を目視で警戒せよと命じるイチカちゃん。


「……私の匂いを嗅ぎ取って、向こうの森からわざわざやって来ましたか。ふん、ご苦労様なことです」

「えっ、なに? 因縁の相手?」

「はいです。ここ最近……私は迫り来るこいつらと戦闘という名の遊戯を繰り広げていました」

「イチカちゃんっ、魔物に指名手配されてんの!?」


 ドブロクモンキーのいる木々へと生態系を変える前の森で、ある程度開けている場所ともあって、ガッツも大剣を十全に振るえる。何故かイチカちゃんのみを狙う魔物がいるらしいので、ついでに退治しよう。


「……来たです」


 眼光鋭いイチカちゃんの前方から獣の駆ける音を耳にする。


 それは一体ではなく、現在に俺達が求めているような群れであった。


 と考えている内に、いくつもの影が俺達の前に飛び出した。


「う、ウルフか……しかし多いぞ……」

「おっ? でもなんかデカいのもいるぞ?」


 十数頭程のウルフがこちらへ牙を剥き出しに威嚇する中で、そいつは群れのボスたる風格で歩み出た。


「あいつです……。ウルフハンターの私を付け狙う……ボスウルフです」

「……ボス、ウルフ……」


 大きい、まず抱いた印象がそれだ。


 通常のウルフよりも一回り以上は大きな身体をしている。それに伴い、体毛の下には自然界を生き抜いた捕食者として余りある筋肉を持ち得ているだろう。


 そして左眼には他の魔物に付けられたであろう引っ掻き傷が刻まれている。しかし片目になろうと、それでも彼は勝利した。


 このボスウルフが歴戦の勝者であることを全身が物語っていた。


 ただ……ただだ……。


「…………あのボスウルフ、なんで当たり前みたいに二足で立ってんだ?」


 そのボスウルフは木の枝を口に咥え、腰に前脚を当てて二足で歩み寄って来ていた。


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