第42話、ウルフをハントし続けた者
木の枝を咥え、悠然と躍り出たボスウルフは二足歩行であった。
ちなみに俺でも知っているが、ボスウルフは四足歩行だ。なのに二足で歩くものだから、股間が丸見えである。見ないようにしないと。
「なんだあのボスウルフは……、独自の進化を遂げてしまっているじゃないか。……仕方ない、ここは俺がやろう」
「ポイントにもなるしな」
「あぁ、むしろイチカのお陰で探す手間が省けた」
ウルフ狩りの名人と超人ガッツの共闘となるようだ。
「決して、手は出さないでください」
「えっ? …………えっ!?」
小さな戦士にギロリと見上げられ、ガッツが目を点にして瞬きを繰り返す。
「アレは私の獲物です。ウルフの時は必ず私だけでやるです…………ひひっ」
「もう、この子こわ〜い……」
大好きなウルフを前に豹変したイチカちゃんが俺達を気配一つで押し留める。
それからはまさに阿吽の呼吸であった。
どちらともなくイチカちゃんとボスウルフが歩み寄り始める。
一歩ずつ……一歩ずつ……、妙な緊張感が俺達と一般ウルフ達にのし掛かる。
二人は同調して足を止め、絶妙な間合いで睨み合う。
「…………ガゥ、アゥうん、アウアウ」
「えっ!? 会話しようとしてっけど!?」
決闘前の問答とでも言いたげに、ボスウルフは鷹揚に声をかけている。
「何を言うかと思えば、逃げたわけじゃないです」
「通じてる……だとっ?」
いとも簡単に種族の垣根を一跨ぎして普通に会話を始めてしまうイチカちゃん。
「それにいつも逃げ帰っているのはあなた達の方です」
「ガゥゥ……ウゥッ、がァウァウぅ、ガゥウ!!」
「ふっ、それは私のセリフです……。たかだかウルフの親玉の癖して、この私に勝てるとでも? です……」
……おそらく、『お前に倒された仲間達の恨みを忘れたとは言わせない。ここで決着を付けてやる』とでも言ったのだろう。
「おい、本当に大丈夫か? ボスウルフはウルフと比べ物にならないくらいに素早くて強いのだぞ」
「そんなん言ったってさ、あのイチカちゃんに逆らうなんてできなねぇよ、俺。見て、人間辞めちゃってるもん」
俺の指差す方へとガッツの視線が流れる。
「ウゥ……グルゥゥ、ガゥアゥ、あうあうあうあうあうあうあう」
「ほぅ、難しい言葉を知っているですね。その通り、“モンキーも木から落ちる”のです。つまりあなたは初めから私のミスに頼ろうとしてるのです」
「ッ……!? ア、アグゥン!! ガゥゥアン!!」
「言うですね。ですけどもう舌戦は不要です……」
「ッ…………」
ダガーを構えたイチカちゃんの周りが歪み始め、ボスウルフも堪らず後退りしてしまっていた。
「今日はどの程度か見てあげます。さっさとかかって来るです……」
「…………」
やがてボスウルフも腰を落とし、ついに決闘の開幕となる。
やり取りや身構えた相貌からでもイチカちゃんが格上であることは一目瞭然。挑むのはボスウルフの側だろう。その時点で考え物だ。
「…………」
「なっ? 魔法使いも辞めて人間も辞めて、あの子はどこに行こうとしてんの?」
ボスの背後で見守るウルフ達ですら、佇むイチカちゃんの覇気に怯えている。
そう言っていると、ボスウルフが…………跳躍した。
転々と跳ねて回り、その影を捉えることが難しい程に自由な跳躍を見せる。
「えっ……? 強くね?」
「だから言っただろう……。この前に俺達が戦った魔将ファストよりかは何段階か落ちるが、ボスウルフはそれでも速い」
イチカの持つ脅威の〈
「…………」
周囲の樹の幹や地面がボスウルフの足場となって軽く弾けるも、ナイフを思わせる目付きで観察するイチカちゃんは冷静であった。
警戒しながらもジリジリと足先を動かして……何やら足元の土をほぐしている。
すると――
「……そこですっ!!」
無駄のない俊敏な動きで足元の土を掴み上げ、ある一点へ投げ付ける。
「〈
散布された土煙りだったが、ある時から急激に――爆風と変わって拡散された。
「ギャンッ!?」
広範囲に広がった土の衝撃を受け、ボスウルフが吹き飛ぶ。
「捉えたですっ、〈
逆手に持ったナイフの上に、人差し指を伸ばした左手を乗せ、魔法で狙い打った。
「――――」
人差し指を向けられたボスウルフの右目が恐怖に見開かれ、生存本能から特大の跳躍を見せる。
「グゥっ、――キャンッ!!」
足先が〈減速〉の領域に引っかかるも、ボスウルフは九死に一生を得て何とか脱出した。
そのまま蛇行しつつイチカちゃんへ迫る果敢な動きを取る。
「ガゥゥ……!!」
「シッ!!」
凶悪な牙を避けて横に跳んだイチカちゃんは転がりながら見事な受け身を取り、再び瞬時に人差し指とダガーを構える。
「…………隠れたです?」
依然としてソルジャーの面構えのイチカちゃんが辺りにボスウルフの姿がないと気付く。
「…………」
するとイチカちゃんは無言で近くの樹にナイフを突き立て、その上に人差し指を伸ばした右手を置いた。狙いが定まるのだろうか。
更に左手の人差し指も伸ばし、二段構えで辺りを警戒している。
その姿たるや、達成不可能任務を何度もやり遂げた戦士のようであった。
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