第52話、不死戦艦



 紅の暴牛が依然として俺の揺らすローブへ突っ込む。


「くっそ! やべぇ、疲れて来ちゃった……」


 呼吸が苦しくなり、転げ回るだけでも精一杯になる。集中してタイミングを見切っているので、精神的な疲労も蓄積しているのかもしれない。


 むしろそちらが大きいように思える。


「ぬうう……これはマズいぞ。……これはマズいことになったぞ、コールよ!」

「分かるぅ……? もう息切れしてんだもん……」

「貴様ではないっ! 沼地がある方角の空を見るのだ!」


 かなり酷い扱いを受けながらもチラッとだけガッツから向こうの空へと視線を向けた。


 あれだけ快晴であった空はどんよりと落ち込み、今にも季節外れの雪が降りそうである。


 いや、ガッツ越しに見るこちらの空は変わらず青空のようだ。


 こうも近くで、これだけ不安定な気候の違いが出ることなどあるのだろうか。


「あれは“不死戦艦”に相違ないっ!」

「結論を言えっ、このヤロウ!!」

「フォスなど石ころに成り下がるほどに危険極まりないので、ガッツを連れてそちらに向かうしかない!」

「オッケーっ!」


 マーナンの言う【不死戦艦】とは、上級アンデッド達による海賊のようなものであった。世界各地に神出鬼没に現れ、甚大な被害を出し続ける伝説の存在だ。


 一説には生者の数を一定に保とうとする死神の遣いなどというものまである程に、とにかく船員が強力なのであった。


 おそらくフォスよりも強い魔物が大多数なのだろう。


「っ……!! ちょっとウルフの誰か、脚になってくれ! ガッツを避けながらお散歩しようや!」


 もう人道も森もなく縦横無尽に大地を突き破るガッツを避けながら、荒い呼吸で叫ぶ。


 空気が吸い込み辛い。脚が燃えるように熱い。身体全体も重く、気怠くなって来た。


「ほら、行くです……!! ここでウルフのどなたかがやらなければ、みんな不死艦隊に殺されるのですよっ?」

「イチカとやらの言う通りだ。不死戦艦は目撃例が非常に少ない。それは何故か。現れた近辺の生命が皆殺しにされるからだ」


 今まさに足踏みをしたガッツから目を離せないが、どうやらウルフの奴等が渋っているらしい。


「決められないです? ならあなたでいいです。ほら、行くです」


 イチカちゃんが独断で決めた気配がして……一、二で回避。猛進のガッツを躱して、すかさずウルフに乗り込み、沼地方面へ急ぐことにした。


「…………」

「えぇっ!? ボスウルフぅ!? もっとカッコいいやつにしてくれよぉ!」


 しゃがんで待っていたのは、なんとあの中でたった一匹だけ物凄くダサい肩車移動のボスウルフであった。


 けれどガッツが怖くて時間もない為、ボヤキながらも急いで乗る。


「ぷ、ぷぷっ……」

「こら、イチカとやら…………ぶふぁっ」


 ボスウルフが立ち上がり、かなりの縦長になった俺達を見て鬼畜共が笑っている。


「……行こうぜ、相棒。俺の指示に従えば危なくなんてねぇから」

「ガオウっ!!」


 駆け出したボスウルフの背に足先を回して固定し、胴にローブを巻いてガッツを誘う。


 今、彼は何をしているのだろうと、チラリと背後を見る。


「――――」


 すぐ背後に迫る怒りのガッツと目が合う。


「左ぃぃぃぃぃ!!」

「アウゥッ!?」


 ボスウルフの左耳を引っ張り、緊急回避を実行した。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ!! し、心臓に悪い……!!」

「ハァーっ、ハァーっ、ハァーっ」


 俺と疾るボスウルフは揃って左胸に手を当て、鼓動を感じながら生に感謝していた。


「目を外すのはいかんな、うん……」


 木々を薙ぎ倒して直進したガッツを横目に、再び追い越して沼地へ疾走する。軽快に障害物を乗り越えて、木々を縫って駆け、根を飛び越えて行く。


「うぃ〜、はい……一、二で右っ!」

「アォウッ!!」


 右手側に大きく跳び退き、俺などよりも余裕を持って回避する。


 また明日にはイチカちゃんの命を狙う敵になるだろうが、今ばかりは頼もしい協力者だ。


 問題は…………猛進勇者で、あの不死戦艦が倒せるかどうかだけだな。



 ♢♢♢



 幽鬼の沼地の中には、枯れ木の林と呼ばれる場所がある。


 足場も比較的安定しており、この沼地エリア近辺で魔物を狩るのにとても適していた。誘き出すにしろ、既に林にいたものを狩るにしろ。


 故に《希望剣》もその時、この枯れ木の林にいたのだった。


「……なんだ、これは……」


 枯れ木の林ゾーンの半分を埋め尽くす程の戦艦が、霧の中からその船頭を現していた。


 質感も異様で、石のようであり、空を飛ぶにしても水に浮かべるにしても有り得ない。例えよと言うならば、空飛ぶ遺跡である。


 戦艦はそのままゆっくりと、巨大さに構わず容赦なく枯れ木の林に着地した。


「うおっ!? 何という無茶なっ!!」

「っ…………!!」


 立ってもいられない程に大きく地を揺らし、戦艦は地面を抉りながら前進。その全貌を露わにした。


 山脈を見上げているようなものであった。大きい……、どこまでいっても大きいという表現しか浮かんで来ない……。


 視界を埋め尽くし、緩やかに前進する戦艦を見上げて、エドワードはあるポイントに気付く。


 戦艦の縁に、何か小さな鎧姿の影があった。おそらくは下っ端。見張り役でもさせられているのだろう。


『…………』


 その者と視線が合う。


 エドワードの生存本能が人生最大級の危険信号を発する。


 存在としての格が違う。戦うなど有り得ない。跪き、崇める類の存在だ。


「…………に、逃げるぞっ、……逃げるぞ、早く……!!」

「エドワード……?」


 酷い震え声で別人かと見紛う怯えようを見せるエドワードに、二人は心配する視線を向ける。


 しかしエドワードは確信していた。


 これは人類を脅かす災厄そのものであると。


 一刻も早くファーランドへ帰還し、皆に避難を呼びかけなければ皆殺しにされてしまう。


 遠くへ、遠くへ、可能な限り遠くへ逃げなければ。


「見れば分かるだろうっ! アレは不可能だ! だから遠くへ……なっ!?」


 察した時には、その者等は戦艦の前方に着地していた。


「おっしゃっ、ナイスラン!!」

「アォォ……」

「あんがとな、もう森に帰んな。後は俺がやるから」


 息も絶え絶えなウルフの進化種らしき個体と、コール・アリマがいた。


「あんま悪さすんなよ、じゃあな」

「ガゥゥ!!」


 コールは腰にローブらしきものを巻き、気が狂ったのか戦艦へと走り出す。なんの迷いもなく、立ち向かっていく。


 その姿は頼りなくも勇ましく、自分が憧れた勇者の姿そのものであった。


「――――」


 次には先程にウルフとコールが着地した付近に、紅い化け物が力強く降り立つ。兎に角、力強く飛び込んで来た。


 そして足踏み。枯れ木の林特有の湿り気ある地面が跳ね上がる。


「ッ――――」


 姿が、掻き消えた。


 微かに捉えたのは、視界を瞬時に流れる流星の如き紅い光。


 前進する不死戦艦と紅い閃光が、ぶつかる。


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