第16話、モナとの日々


「うぃ〜っす」

「コール、やっと来たか。お前達の探しものなら俺達で捕まえておいたぞ」


 擦り傷だらけながら満ち足りた顔付きのガッツが、縄で縛り上げた片腕のない魔族を視線で指し示す。


 男は気絶しているが、生きてはいるようだ。何か『加速ぅ、加速ぅ』と寝息を立てている。


「……なんかマーナンが強そうとか言うから、どんなもんなのかと思ってたけど二人でやれたんだな」

「いや、強かった。レベルとしては俺達よりもずっと上だ」

「すっげ、よく倒せたな」


 ガッツやマーナンよりも上というのもあるが、ガッツがここまで熱を込めて言うからにはかなり強かった証拠だ。


「……ふん、吸血鬼か。これを倒すには難儀する筈。なんとも恐ろしい限りだ」

「だろ? どうやったんだよ」

「そうではない。一々浅はかなる友よ」


 勿体ぶるマーナンは、ガッツ達を評価したわけではなかった。


 いや流石に『やるやん』くらいは内心で密かに思っているだろうが、それどころではないといった様子だ。


「この失われた腕の方だ。再生しないように傷口に魔法までかけている」

「……ヤバそ?」

「かな〜りヤバぁ〜い」


 杖の先端で魔族を指し示して解説してから、強者の危機度を改めて告げた。


「このマーナンの物言いだと本気で危険そうだな。……とりあえず、この男……ファストというのだが、連れ帰って尋問してみてはどうだ?」

「ドナガンさんに頼もっか。今あの人、泥酔してるからこいつヤバいことになるかもしれねぇけど」


 俺がガッツと真剣な話し合いをしている間に、ガッツの向こう側で未知との遭遇が行われていた。


「貴様がイチカ・グラぁースか?」

「は、はい……、よろしくです」

「何を怯える。いや、それも当然か……世紀の闇魔法使いである我を前にしてはな。ふはははははっ!!」

「ひぃ……!?」


 闇魔法にボコボコにされたマーナンだが、そのくらいで彼のメンタルを削ぐことはできない。


「マーナン、こいつの魔法を甘く見るなよ。結構、危険なやつだから」

「なぁにぃ?」

「あとお前の先輩だぞ、そいつ。イチカは学園をもう既に卒業している」

「めちゃくちゃ先輩ではないかっ、貴様ぁあ!!」


 完全に格下扱いして悦に浸っていた少女が卒業生であると知り、びっくり仰天して吠えてしまっている。


「ひぃぃ……!!」

「ふむ、失礼をした。既に巣から旅立った優秀な魔法使いであったか。ならば敬意は必要。イチカとやら、これからよろしく頼む」

「はい……」


 頭を…………ほんの少し、本当に気持ちばかりだけ傾けて敬意を表すマーナン。そしてきちんと頭を下げて返すイチカ。


 まだ巣でモゾモゾしている分際で空を行く鳥にこの態度でいられるのがマーナンだ。


「挨拶が終わったなら帰ろうぜぇ。俺もマー君にマナポーションを作ってやらないと」

「マー君? マーナンのことか?」


 マー君に対して疑問に思うガッツだが、顔を真横にして間近で俺を睨み付けるマーナンがいる。だが安心して欲しい。流石に性癖をバラすような真似はしない。


 というか他人の性癖を笑うような真似を俺はしない。


 そう、アレは半年くらい前のこと。



 ………


 ……


 …



 俺はモナとデートをしていた。


 モナは《嘘》で異なる姿を周りに見せ、ファーランドではなく良く似た別の都市でのデートであった。


 ロマンチックな気分になれる匂い付きキャンドルが欲しいというので、それを買うついでに都市を回る。


 雪が降りそうな曇天に、風はなくとも肌を赤らめる寒気の中で街並みを見て回っていた俺達は、何気ない会話を楽しんでいた。


「楽しいね、コール君」

「もうね、めちゃくちゃ楽しい。テンション上がり過ぎてそこの川を泳ぎたいくらい。死ぬからやんないけど」

「死んでも《嘘》ですぐに復活できるけどぉ……どうする?」

「どうするぅって、やるとでも思ってんの? 彼氏が一回でも死ぬんだよ? 分かってる?」


 お気に入りのコートを着て終始はしゃいでいるモナに先導され、都市を満喫する。


 雪でも降って欲しいなどと言って、ロマンチックだねなんて他愛ないやり取りだってした。


 ここまでは俺達の間ではよくある会話だ。というよりも一般的なものだろう。……ここまでは。


「――ふむ、ではそろそろ昨日のエッチについて話そうか」

「…………ん? な、なんて?」


 耳を疑った。


 突然に街中の賑わうカフェ前で始まった羞恥の時間。


「昨夜のエッチだよ。君が意地悪をして、私が大いに恥ずかしい思いをしたアレのことだね。忘れたとは言わせないとも」

「ここ、人が普通にいるけど……」

「普段の悪戯の仕返しなのか、恥ずかしいから止めてくれと泣いて懇願する私を更にいじめて、後ろからこう……私のお胸をガッと両手で鷲掴むのが君は本当に大好きだよね」


 自身の豊満な胸に手を当てて当時を再現し始めるモナ。


「あいや……そう、だったかなぁ。昨日は眠かったからなぁ……」


 ひそひそと周りの人が噂し始める。


 優しそうに見えて野獣だの、夜は性獣だの、こそこそと聴こえて来て顔が真っ赤になる。


 俺は一般の範囲内ではないの? 俺の性癖は歪んでいるの?


「そうだとも。君はベッド時にはたまに物凄く強気になるんだ」

「そ、それで……? それがなに? や、やっぱやり過ぎてた……?」

「凄く興奮したから是非ともまたお願いしたいものだね、っていうお話」

「家で言ってぇ!? 最初から最後まで家で言うやつぅ!!」


 眩しいドヤ顔で胸を張るモナは最強に可愛い。


 けど外では止めて。


「私はお胸もお尻もガッとされるの好きだけど、コール君側はどうなのかな? ん? 言ってみたまえ」

「続けんの!? 俺も好き!!」


 どうやらまた揶揄われたらしい。だがこれはモナにしては幾分に控えめな悪戯である。


 《嘘》を使用した悪戯がかなり大掛かりで度肝を抜いて来るので、これはまだ可愛いものだ。


「ふふっ、君が一から仕込んだモナさんは夜も最高だね。相性もばっちりだ」

「さ、さいこーだね……」


 ひそひそが活発化する中で、顔真っ赤で涙を流しながら笑顔で答えた。


「あらら、泣いてしまったのかい? けれど安心するといい。――冗談だよ」


 モナが手を叩いた瞬間に景色が誰もいない路地裏に切り替わる。


「またお願いするついでに悪戯をしたくなってしまったよ。ごめんね、コール君」

「うぃ~、ぜんぜんいいよ?」


 説教顔の頬にキスされて一瞬で機嫌を取り戻してしまった。


 ………


 ……


 …


 エロエロになる前のモナはそれはもう初心であった。


 嘘なのかもしれないが、交際経験無しということで…………俺も同じだったが、彼女はキスするカップルを目にしただけであわあわと慌てる純真無垢っぷりを見せたものだ。


 料理にも全く触れてこなかったらしく、包丁も掃除も洗濯も何もかもを妹達がやっていたと聞いている。


 今では目玉焼きやベーコンを焼いたり、卵焼きやパスタにもチャレンジをしている変わりよう。


 ちなみに洗濯物などはモナが魔法で済ませてしまうので本当に助かっている。


『う〜ん、いい香りだ。遠くの国の皇帝を脅して譲って貰っただけはある。今日の紅茶は一味も二味も違うよ、コール君』

『うぃ〜、ありがと』

『あつっ……しまった、猫舌だったのを忘れていたよ』

『毎回、忘れてるけどねぇ~』


 美少女モナはちょっと我が儘で悪戯もするしエロエロだ。つまり可愛過ぎる。


『コール君のパンツあげて来たよ!!』

『はっ? あげた? だ、誰に……?』

『いつもご苦労さまって、衛兵のおじさんに』

『なんで衛兵に俺のパンツあげるの!?』


 幼女のモナは悪戯っ子のお転婆娘でとても可愛い。


『コール君、今日は一緒にお風呂に入ろうか。背中を流してあげよう』

『マジっ!?』

『うん。今日は平原の大きな魔物をギルドが退治したから、君はずっとポーションを作っていただろう? 彼等は君に癒されただろうけど、君は私が癒さなければ。だろう?』

『天使やん……、絶対に惚れさせてやんぜっ』

『うん、待っているよ』


 大人モナは優しくて美しくて妖艶で、天使。


 どのモナも俺に必要不可欠になってしまった。


 そんな彼女は今頃、何をしているのだろう。


 う~ん、この前のようにまだ寝ていたいからと世界から朝を無くそうとしたりしていなければいいが……。

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