第15話、加速への熱意
「きぃえぃ!!」
「くっ……!?」
伸びた爪による強襲を、大剣で懸命に防ぐ。
魔族の男であるファストは強かった。いや、速かった。
瞬発力、跳躍力共に並ぶ者なしとばかりに樹々を足場に縦横無尽に駆け回る。
「片腕でこの強さ……!! 何者なんだ、こいつはっ……」
「こんな故郷ちっくな森にいていい強さじゃないです……」
振れども振れども大剣は空回るばかりで、ファストに掠りもしていなかった。
「オホホホホホホホホゲホっ、……ほほほほほほほっ!!」
リンボーダンスをしながら薙ぎ払いをくぐり抜け、吐血。振りかぶりからの斬り下ろしにはガッツの周りを一周して避ける始末。
「変人ですっ!! でも強い!! や、やっぱりさっきのでやっつけておくべきでした……!!」
「い〜や、熱くなって来た!! やはり冒険とはこうでなくてはならんっ!!」
瞳に猛る闘志の炎が、ガッツの身体に力を漲らせる。
「遠くに行く必要はない。こんな近場にも冒険は溢れている。思いも寄らぬ出会いがある。まだ見ぬ強敵がいる。未知があり、胸が高鳴る……」
「冒険……」
「そう、冒険だっ!!」
情熱により大剣の速度が上がる。
袈裟懸けに斬り下ろした切っ先が、ファストが着るスーツの襟を掠める。
「おっとっ!! ……やりますねぇ」
速度のままに通り抜け…………いや、ファストもまた速くなる。
「か弱き人族にあって抜きん出て強き冒険者よ! いざ尋常に、勝負ですっ!!」
「おおおおおおおおっ!!」
大剣の速度とファストのスピード。速さ対決。
ファストの攻撃は頑強はガッツに少しのダメージしか与えられない。対してガッツの大剣は一撃必殺なれど、掠るのが精一杯。
「…………何か技とかないのですっ?」
「あるっ! だが…………いや、やはりダメだ!! 今は使えないっ!!」
「何故ですかっ?」
「俺の技は威力が高いがデメリットがあるっ!! コールかマーナンがいる状況でなければ恐ろしくて使えないのだ!!」
魔法を使うと老いるマーナンと同じく、ガッツはその特殊技を使用するとデメリットに見舞われてしまう。
コールは上手く対処し、それに及ばずともマーナンからば魔法で多少は補える。
しかし初見のイチカでは何が起こるか分からない。
「後がないことを自ら暴露するとは浅はかですよっ?」
「くっ……!?」
「なお私には技がありますっ!! 〈ヴァンパイアステップ〉!!」
駆け抜けたファストの足跡から魔力の黒い蝙蝠のようなものが無数に這い出てガッツへ殺到する。
「強そうです……!! カッコいい!!」
「そこのお嬢さんは見逃し決定」
心からの賛辞を受け、イチカの血液が難を逃れた。
だが影の蝙蝠に覆われるガッツはそれどころではない。視界も塞がれ、牙がちくちくと肌を刺す。
「言っている場合かっ!! うおおおおおおおお!!」
腕っ節のままに振り下ろした大剣で地面を爆散させた。
「なんですと!? 私の子供達を一撃で!?」
地鳴りと共に巻き上がった土が蝙蝠を容赦なく一掃してしまう。
大剣一つで技がなくとも技にする無茶を、ガッツは可能とする。
「なんとメチャクチャな……、出鱈目にも程がある。しかしそれも上回って見せましょう」
奮起するファストは怪我など嘘のように計り知れない魔力を滲ませて言う。
「世界一の
「…………」
ぴくりと、イチカが反応する。
「ふん、上等。俺のパワーで叩きつぶ――」
「世界一ですか?」
土煙りを被り、懸命に払い落としていた筈のイチカが躍り出る。
「お、おい、イチカ……? どうした? そんなに怖い顔をして……」
「強度だけなら自信があります。世界一の〈加速〉は、この私です」
「え……?」
あの魔法にそこまでの誇りを持っていたのかと、ガッツは間の抜けた声を出した。
「……聞き捨てならないことを仰いますねぇ。この私よりも速い加速がこの世にあると?」
「あります。飛び切りの魔法が、ここにあります」
「ほぉ……? 魔法で加速ですか」
ありもしない眼鏡を中指で押し上げ、試験管の面持ちでイチカを見る。
「では見せていただきましょう。私よりも速い加速を。もし仮に私よりも速ければ、これはもう完全に私の負けです」
「認めるのですね?」
「認めます。死すらも受け入れましょう。私にとってスピードは正しく命なのです」
矜持をかけた二人が確固たる意志を感じさせる視線を交差させる。
今、決死のバトルが始まる。
「…………じゃ、俺は下がってるから」
良くない未来を想像してしまったガッツがいそいそと背後へ控えようとする。
「弓には矢が……」
「っ…………」
そっと呟いたイチカに、息を呑んだガッツが動きを止められる。
「魔法には魔力が。そして、〈加速〉にはガッツが必要です」
「なんじゃそれぇ!?」
無許可で凶悪な魔法とセットにする小さな悪魔を見下ろし、怯え始めるガッツ。
「い、嫌だっ、嫌だからな!! 痛いだけっ! 戦闘の興奮とかじゃなくて、ただ痛いことが起きるだけなんだ!! 加速したい変人達だけでやってくれ!!」
「私は彼女の加速を評価しなければなりません」
「加速を評価って何!?」
珍しく狼狽するガッツだが、ふと思い付く。
「……分かった」
「本当ですっ? ありがとうございます!!」
「ただし、眼鏡をかけるんだ」
喜悦満面の笑みがたった一言により、イチカの表情を恐怖に染めていく。
「……そ、そんな……」
「眼鏡をかけて一言だ。何を言うかはイチカのセンスに任せる」
そして両手を地面に付けたガッツは駆け出す体勢を作り、一騎打ちを思わせる決死の目付きでイチカへ告げる。
「できるものならな……」
「っ…………」
ガッツの眼鏡への気迫に、イチカが圧倒される。
百獣の王然とした獅子の構えであった。
「…………」
自分はどうだろうか。〈加速〉にここまでの熱意を持てるか。
本当にファストを超えられるだろうか。あの速さは上回れる筈もないのでは……?
「……………………否っ!!」
「ほほぅ……」
イチカが懐から禁忌の箱である眼鏡ケースを取り出す。
「行きますっ!!」
「来いぃぃ!!」
まさに重なる獅子の気迫で、ファストへ挑む。
「っ、これは、期待できそうですね。いや、できるっ!」
不粋な風が止み、静寂の中でそれを解き放たれた。
「っ――――」
イチカが眼鏡をかけた。直後に一言、そして魔法〈
「……………………が、ガッツお兄ちゃん」
「好きだぁぁ――――――――――――――!!」
歓喜が爆発したガッツが撃ち出され、ファストへ間も空けずに到達する。
「速すぎるぅぅぅうわぁあああああああああああ!!」
二人となった眼鏡っ子砲が、森の中を突き抜けた。
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