第14話、ファスト登場


 依頼完了には、討伐部位を提示しなければならない。


 それは正式に冒険者条約で定められた魔物もいれば、依頼者が指定する場合もある。


 今回の場合、依頼主である牧場の経営者は“羊を攫うウルフを討伐して欲しい”とギルド【ファフタの方舟】に依頼した。それをイチカが引き受け、見事に成功。


 部位は指定されていない。そして素材の要求もない。


「ただ気を付けないといけないのが、明らかに倒したと分かる部位にしなければならないのだ」

「倒していないのに姑息な手で素材を買って、それを討伐の証として提出する人がいるからです」

「その通り。だから依頼主に討伐確認してもらうのが一番いいんだが、ウルフなんて倒しても倒してもうじゃうじゃ出て来るからキリがない。尻尾でいいんじゃないか?」

「分かりました。いつも尻尾ですけど」


 腰元からナイフを取り出し、スパっと尻尾を切り取って回収。


「そ、そう言えばウルフのプロだったな。出過ぎた真似をした」

「分かればいいんです。さっ、帰還しましょう」


 時刻は昼を超えた辺りだろう。


 歩き回り空腹感も強く、ギルドへ早く帰りたくて仕方がないといった様子だ。


『オホホホホホホホホホホっ!!』


 そんな折に森に響くのが、謎の笑い声であった。


 轟く笑い声の発生源は樹々を転々と跳び回り、その姿を捉えることが叶わない。


「ひっ!?」

「何者だ……。その登場は大体弱い奴の登場であることを知ってのことか」


 大剣を背より片手で軽々と引き抜き、重量のまま先端を地に打ち下ろす。地鳴りが響き、ガッツの膂力を遺憾なく感じさせる動作であった。


『オホホホホホっ、やるではありませんか。しかしパワー特化は私の得意とするところ……』


 性別は男性。武器は不明、戦闘経験もありそうで、ちょっと変な人。


「姿を現したらどうだ。そんなに隠れてばかりで大口を――」

「ここですよ」

「っ――――!?」


 真隣から発せられた声音に怖気が走り、反射的に大剣を振るう。


「…………」

「強さはパワーではありませんよ。強さとは即ちスピード。制御可能という条件をクリアした上でのスピード。この速さの度合いが即ちは戦闘力」


 大剣が描く軌跡の間には既に男の姿はなく、二人の目の前にある樹に背を預けて寛いでいた。


「雑魚ではない、か。だが俺の剣はこの程度ではな…………死にかけじゃないかっ!!」

「死にかけですっ!!」


 二人が驚くのも無理はない。


「は、はぁ? し、死にかけぇ……? 違いますけどぉ……?」


 細身の奇抜なスーツ姿をしたその男は、片腕を失っていた。


 更に明らかに青い顔をして震えており、腹回りは異様に膨れている。まるで水を飲み過ぎたかのように。


「何故その怪我で敵体感丸出しに出て来たぁ……!?」

「〈減速スロウ〉をかけて死ぬの待ちます?」

「えっ? 俺の隣に悪魔いない……?」


 小さな悪魔を見下ろすガッツは見た。ソロで冒険者生活を勝ち抜いたイチカの瞳はモノノフのそれであった。


「無駄ですよ? 発動のタイミングで補足されたポイントから少し身体をズラす。この行為を回避といい、魔法使い対策などこれだけを徹底してぇぇぇぇいぃぃぃぃれぇぇぇぶぁぁぁ…………」

「……〈減速〉成功です」


 イチカのやたらと手慣れた不意を突く早撃ち魔法の発動タイミングを見切り、サッと身体をズラすも負傷するその男は動きを激しく鈍くさせてしまう。


「…………」

「…………」


 男から涙がゆっくり、ゆっくりと流れるのを目にするガッツ。


 きっと強いであろう男が、懇願する眼差しを向けている。


「……名前も知らないで殺すには惜しくないか?」

「ウルフもガッツさんが今朝に殺したトロールだって、私達は名前も知りません。それにあの人、魔族です。敵体感ありありの魔族です」

「そうだけどっ……そうだけどさぁ……」


 魔族は魔族域という領域に棲まう者達で、魔物と共存できる数少ない種族である。それに伴って人族と騒動になることがしばしば。


「…………なら、一度だけでも名乗らせてあげますか?」

「いい? ちょっとだけ見せ場あげてくれる?」


 嘆息混じりのイチカはやれやれと言った様子で、魔族の男へと手の平を翳した。


「分かりました……。……解除」

「……っ、……オホホホホホホホホホホっ!!」


 明確な安堵の溜め息を漏らした男は、再び威勢良くその姿を消した。


「甘いっ! 人はそれを甘さと呼ぶっ! 私は“ファスト”っ、人呼んで快速のファストと申しますっ!! そして高貴なる吸血鬼です!!」

「慌てて名乗ったぞ……」

「先程の拘束はお見事でした。しかし解いてしまわれたあなた方は、この私を倒せる唯一無二の機会を逃しましたねぇ……!! でもありがとう!!」


 跳び回り感謝を告げるファストは影を残すばかりで目で追うことも難しい。


 凄まじい実力者であることが一目瞭然であった。


「速いっ……やはり速いな……」

「お礼に私を倒す三つの方法をお教えしましょう!!」

「不要だ。俺はいついかなる時もこの大剣一つで窮地を切り開く」


 重厚な大剣を肩に担ぎ、一人で倒そうという気迫を滲ませるガッツが歩み出る。


「ほほほほっ、まぁそう言わず。一つは私に追い付き、その大剣で斬殺」

「それはそうだろうな」

「二つ目は、私の脚を止め、その間にそちらの大剣で斬り伏せる」

「そりゃそうだろう……」

「三つ目は…………こちらに向かって来ている増援のお二方と力を合わせて、私を打倒する」

「なにっ!? 仲間だとっ……?」


 敵方の言葉を鵜呑みにするのなら、この魔族の存在に勘付いた人間がいる。


「私の下僕である魔物が教えてくれました。錬成キットを持つ男と、やたらと豪華な杖を持つおっさんがやって来ています」

「あからさまにコールとマーナンじゃないかっ!! 俺の危機を察して来てくれたか、友よ!!」



 〜その頃〜



 森を行く、とある二人。


「おっ、山苺があるぅ」

「我のだ我のだ」

「止めろってっ、見つけた俺のもんだ!! くたばれ!!」


 山苺に夢中になって群がっていた。



 〜その頃〜



「…………」

「コールさん達なんですね!? これで正面からでも勝てますっ!!」

「いや、やっぱりあいつらが助けてくれるとは思えん。俺一人で倒す」

「えぇっ!?」


 少し頭を働かせて正解に至ったガッツが、改めて大剣を握り締めた。


「さぁさ、私が生き残るにはあなた方の血を吸わねばならない。あなた方が生きて帰るには、私を倒さなくてはならない。――スリリングな宴の開幕ですっ!!」



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