第13話、イチカの魔法



 コールとマーナンが東の森へ踏み入るよりも一時間と少し前……。


 二つの影が森へと歩みを進めていた。


 薄暗いながらも深緑豊かで、自生する植物は種類も様々である。


「――よいしょっと。……ここはうちのギルドが採っていい場所だから、コールの為にも純薬草などは持って帰るようにした方がいいぞ」

「そうでしたか……、今までそんなこと少しも考えずにポーションを頂いていました……」


 人道を行く傍らで少しばかり獣道に入り、ポーションの材料を採取するガッツ。


 薬草などはギルドや薬草屋へと卸し業者ごとに大まかに区域が分けられており、ファーランド二大ギルドの一つである【ファフタの方舟】も広い面積を割り当てられている。


 ファーランドの都市長により一年ごとに区域は変更され、今年のガッツ達は当たり年と言える東の森を獲得していた。


「気にすることはない。じゃんじゃん使え。コールだって、常々そう言っているだろう? まぁ、今でさえギルド員が依頼のついでに集めて帰ってあの量だからな。本当にたまたま見かけて、持ち帰れる籠か袋がある時だけでいい。コールが倒れてしまうからな、あっはっは!!」

「分かりました。依頼中なので馬鹿みたいに大きな声で笑わないでください」

「ただイチカが知っているかは分からないが、よく似た……そこまでは似ていないが間違えるものも多いのが、っ……この濁薬草だ。これは完全に別種で、異様に鼻の頭が痒くなる。コールがポーション作製の際に入念に確認してはいるが、混ざらないように注意するんだぞ」


 腰をかがめたガッツが手に取ったのは、緑色の丸みを帯びた葉。


 しかし純薬草と違い、葉先は三つに分かれていた。純薬草は一つに尖るのみであるので間違える者は少ないが、大まかな認識で採取する者は純薬草と捉えがちだ。


「知っています。かなり初期の頃に先生から、冒険者になるなら気をつけるようにと学園で教えを受けました」

「え……イチカはファーランド魔法学園の生徒なのか?」

「……今更です。あそこの補助魔法科を卒業しました」

「卒業っ!? その歳で!? マジぃ!?」

「大声を出さないでください」


 手で軽く押し付け、二度目の注意を促す。


「あのマーナンでさえ、まだ卒業していないぞ……」

「マーナンさん? それはどなたですか? もしかして、彼女さんです?」

「止めてください」


 虚無の表情で懇願するガッツに、さしものイチカもこくこくと頷くばかりであった。


「奴は魔法バカだ。闇魔法ばかりを研究していて、最近は学園に入り浸っているから知らないのも無理はない。コールとは頻繁に連絡を取っていたがな。ちなみに、男だ」

「闇魔法科とは校舎もかなり離れています。それに……闇魔法はかなり素晴らしい才能です。強大です。応用力豊かです。……闇との親和によりその強さを増大させるとも聞きますし、とても仲良しなのでしょう」


 どちらともなく薬草取りに一段落付け、再び人道を歩き始める。


「ファーランド魔法学園か。そう言えば、イチカの魔法をまだ訊いていなかったな」

「…………」

「補助魔法科、付与魔法、そのくらいのことしか知らない」


 魔法の種類的に味方の回復や身体能力上昇、または敵の攻撃阻害や能力弱体化などであろうことは察せられる。


 特殊な場合で言うなら、相手に毒にも似た効果を付与させるなどという強力なものもあるのだが……。


「……今一押しなのは、〈加速アクセラレーション〉と〈減速スロウ〉です。かなり効くので、ご注意です……」

「ほぅ、敵にも味方にもかけられるじゃないか。効き目が強いのはいいことだし、やはりソロでは勿体ないな」


 今一押しと言うからには他の魔法もあると予想される。しかも本人も認める魔法の効果。


 感嘆したガッツはなだらかな一本道を登る足を止め、イチカへと一つの提案をする。


「よし、イチカ。共に戦闘するのだから一度魔法の具合を見ておこう」

「し、正気ですか……?」

「うん? うむ、無論だ。コールと共に言っただろう。今度にでも依頼を一緒にどうだと、あれは社交辞令ではないぞ? パーティーとなるのなら当然に仲間の力量は把握しておくべきだろう?」

「…………」


 柔和に微笑むガッツをまるで狂人のように見上げて汗を滲ませるイチカ。


「……分かりました」

「よし、では始めよう。戦闘中では俺達は止まってばかりではいられない。魔物や敵だって攻撃をするのだからな。戦場は常に変化を続ける化け物なのだ」


 そう言うとガッツは大剣を近くの樹へ立てかけ、道を駆け上がる構えを取る。


「あの二本目の樹のポイントがあるだろう。あそこに合わせて〈加速〉だ。……できるか?」

「それはできますけど……」

「では行くぞっ!!」

「あっ……!?」


 イチカの不安と戸惑いを振り払うようにガッツが駆け出した。


 強引気味に冒険者としてのスキルを叩き込む。


 これはコールも含めたパーティーへの事前訓練であって、そうでない。イチカが他のパーティーと組む場合などの、これからの冒険者としての活動を手助けするつもりでガッツは同行していた。


(さぁ、俺に付いて来られるかな?)


「っ…………あ、〈加速アクセラレーション〉っ!!」


 勇ましく駆けるガッツが指示した二本目の樹に差し掛かる直前に、魔法は放たれた。


 ガッツの身体に紫の光が灯り、次の一歩で……加速する。


「やるじゃ――――――――」


 消えた。


 ガッツが消えた。


 いや……遥か前方でソリのようになって、うつ伏せで坂を滑り上がる高速の何かがある。


 数秒と経たずして一直線で坂を滑り切って見えなくなってしまう。


「…………」


 ぷるぷると震えるイチカ。


 暫くすると、やがて何やら人影がふらふらと坂から降りて来るのを目にする。右に左にと、どうしてなのか足取りが不安定である。


「…………あわわわわ、ぽ、ポーションいります?」

「よ、良かった……。ここでコールなら“あっ、先にポーションいただいてんでぇ”などと言い出すからな。イチカはまだ人間だ。あいつは生まれながらのモンスター……」


 泥だらけで足取り覚束ないながらもほぼ無傷の超人ガッツ。しかしガッツでさえもダメージは拭い切れず、狼狽するイチカが差し出したポーションを仰ぎ飲む。


「ぷはぁっ!! ……い、イチカがパーティーに入らない理由が分かった。なるほど、完全に理解したぞ……この身を持ってな」

「…………」


 そう、イチカの魔法は強過ぎた。


 施された者が制御できる域を飛び越えた効果を発揮してしまう。


「ますます、どのようにしてウルフを狩るのか知りたくなったな……」

「簡単です」


 珍しく確信めいた自信を覗かせるイチカに続き、森を行く。


 近くの家畜を襲ったというウルフを求めて、近辺を捜索すること一時間。幸運にも早々にその影を捉える。


『…………』

「お馬鹿な狼さんの発見です」


 正確には、アンフェアウルフという狡賢い魔物である。


 今日も羊を攫い、昼食を既に終えて羊毛を集めて作ったベッドで昼寝までしている。


 腕枕までして、人間味すら感じさせて……。


「……やはり何度となく目にしてもおっさんだな」

「行きます」

「本当に大丈夫なのか……? あのように見えて動きは素早く、噛む力もなかなかだぞ」

「私はウルフ狩りで生計を立てています。アマチュアがプロに意見しないでください」

「えっ、すまん……」


 普段の小動物じみた気配が霧散し、凄みすら漂う自信を覗かせている。


「では……まず〈減速スロウ〉を施します。――〈減速〉」


 青いオーラによる線が大きな魔法陣を描き、ウルフを中心に展開される。


『っ……!?』


 当然に気付いたウルフは跳び上がり、…………ゆっくり、ゆっくりとしなやかに身体を着地の体勢へ持っていく。


「……すん……………………この間に倒せばいいのではないのか?」

「私の〈減速〉はあの空間全部に効果があります。入ったら私達まで遅くなります」

「ではここからどうするつもりなんだ……?」


 鼻を吸ったり、体勢を変えたり、ゆっくりとなった時の中で悪戦苦闘するウルフを暇を持て余しながら見守る。


「待ち遠しいです……」

「なぁ、俺の文字を見てくれないか。綺麗だろう?」

「…………汚いじゃないですか。それにここ、字の終わりのところは跳ねないといけないです。枝を貸してください……こうです」


 地面に落書きをし始めるガッツに手解きとして見本を書く。


「……あまり違わないような」

「どこがですかっ。まったく形やバランスがしまったぁーっ!?」


 この作戦は着地のタイミングが命。


 余所見をしていて慌てたイチカが目を向ける頃には丁度、ウルフが着地した瞬間である。


 そしてウルフはイチカ達を目視して、物陰に隠れつつ接近を試みようとする。


 そう、脚に力を込める。


「〈減速スロウ〉解除っ、同時に〈加速アクセラレーション〉っ!!」

『っ、ッ――――――――』


 射出されるウルフ。


 行ってきますとばかりに右斜め上空に撃ち出されたウルフは勢い止まる事なく、樹の枝に当たり、反射して別の樹にぶつかり、また反射してを繰り返す。


「…………」

「…………」


 目で追う二人に見守られながらウルフは最後に地面へ打ち返され、羊毛の特製ベッドで永遠の眠りに就いた。


 それはもう穏やかに。


「……ウルフはこうやって倒すに限ります」

「イチカは……ソロでもやっていけそうな気がして来た。壮絶だったもん」


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