第12話、追跡中に発覚


「……なるほどな」

「今、そいつどうなってる?」

「おそらくは……腕を吹き飛ばされた? ギルド【ファフタの方舟】の中へ入ろうとしていたみたいだが……、まさか強者に追われていたのか? しかし、それにしては殺されてはいないようだ」


 指を差して語るマーナンは行動を大凡推測して事件を追う。


「え、ギルドの鍵、開いてたんかな」

「いや、尚も扉前で何やらもたもたしているが、結果的に窓を突き破っている。そしてポーションを幾つも一気に飲み、更に抱えて裏口から逃走したようだ」

「窓を突き破ったって……」


 表のギルドにある木窓は全て傷もなく開かれている。


「復元したのだろう。魔法か、何かしらの手段を用いて。痕跡を消していると言っているだろう」

「裏口行ってみるか」

「うむ」


 未だに馬鹿騒ぎ状態のギルド内を抜けて裏口から外へと出る。


 あるのは塀だけ。あとは焼却炉。少しの花壇と共に。


「で? 次はどうしてる?」

「……走り去っているな。余程にその追跡者が恐ろしいらしい。そして素早い。加減して遅く見ているが、それでも速い」

「ふ〜ん、どっち?」

「こちらだ。錆び付いたその脚で付いてくるがいい」

「うぃ〜っす」


 マーナンが左の塀を乗り越えようとしているので、錆び付いた脚で花壇を踏み台にして跳び乗る。


「じ、助手よ、手を貸せ……!!」

「錆びた脚でもできるんだけどな。ほらよっ」


 手を貸して引っ張り上げ、俺は先んじて飛び降りる。


 大自然の中で育った俺はこの程度なら身軽にこなせる。


「…………何してんだよ。降りろよ」

「ふん、野蛮猿めが」


 そう吐き捨てるなり、しゃがみ込み『……跳ぶ? 跳ぶの? マジ? 高くね?』みたいな表情の変化を見せ……。


「…………っ、……では、向かうとしよう」

「…………」


 一度塀に沿ってうつ伏せに寝転び、片足から慎重に下ろし、しがみ付くようにして降りて来た。大安全策であった。


「……これ、森に向かってね?」

「人の目に触れないようにだろう。最早、近辺にはいないのかもしれないな」

「ここらへん、あんまり来ないからソワソワするわ」


 少し大人な店が立ち並んでいる。


 怪しげな店も多く【エルフマッサージ】だの【ケモ耳ランド】だのが立ち並んでおり、看板の淵や柱伝いがぴかぴかと謎に光って目立とうとしている。


「眼鏡っ子なんとかなんてあろうもんなら、ガッツがどうなるか分かんねぇな。こわっ」

「我も一度も立ち入ったことはないが、どこであれ我はマーナン・ナイナターを通すのみ」


 実力はあるマーナン。威風堂々と胸を張って歩んでいる。


 闇魔法がそもそも高位とされる魔法で、あの通り取り扱いが難しい。それを平然と使用しているだけでも秀才の証と言える。加えて寝る間も惜しみ魔法に打ち込む熱意。


 確かな努力あっての今のマーナンなのだ。


「貴様も前を向いて歩け。不甲斐ない姿を我に――」

「あ〜っ!! やっほーっ!!」


 鋭く見下ろすマーナンの声が、陽気なお姉さんの声により止められる。


 そちらに視線を向けてみれば、【悪魔っ娘怪しげカフェ】なる看板をした店から角やら尻尾やらを装着した女性店員らしき人物がいた。


「えっ、俺等……?」

「くだらん。このような場所に知り合いなどいる筈がなかろう。さっさと行くぞ」


 だが何やらこちらの方へ手を振っているように見て取れる。


「……あの人、こっちに手を振ってね?」

「ならば貴様の知り合いだろうが。我は知らんのだからな。行くぞ」

「まぁ、待てよ」


 歩み出そうとするマーナンの肩を掴んで止める。


 指摘された通り、俺の知人であるかもしれないのでよく見てみる。


 …………だが分からない。まるで覚えのない女性であった。


「お〜い、マーくんってばぁ〜!!」

「マー君って言ってんぞ。マー君ってお前、もしかして……」


 マーナン……マー君……?


 自然と怪訝な目付きとなる俺はじろりとマーナンへ視線をぶつけた。


 しかしマーナンは嘆息してから呆れたとばかりに返答した。


「よく聞け、馬鹿者。マークだ。叫ぶ際にマークの発音が行き過ぎて、クン〜と、マークん〜となっているだけだろうが。そこらの道をマークとやらが歩いていたようだな」

「ねぇ、マーくん。なんで無視するのぉ?」


 浅い言い訳と徹底無視した努力は認めるが、悪魔っ娘のお姉さんはマー君の腕を捕まえてしまう。あざとくマーナンの顔を覗き込むように見上げている。


「良かったじゃんか、マーク。挨拶は返せよ、マーク」

「……な、なんのことだか、我にはさっぱり」


 露出度高めの制服の悪魔っ娘に腕を絡められ、この期に及んで認めないマーナン。


 マー君と呼ばれるからには、こいつ【悪魔っ娘怪しげカフェ】の常連客である。


「ねぇ、マーくん。昨日だってたくさんサービスしてあげたのに、なんで無視するのぉ? また魔王様プレイしてあげるよぉ?」

「だぁぁああああああいやもぉおおおおおんどっ!!」


 言葉尻に謎の雄叫びを上がるが、隠さなくても良い。お前はそういう奴だ。


 というよりも昨日も来たのか、ここに。


「こいつ、悪魔っ娘がめっちゃ好きですよね」

「うん、そりゃあもう大好きよ? わたしもマーくんが可愛いから特にサービスしちゃう。ね、魔王さま」


 サービス、ね。


 マーナンはもう俯いて微動だにしなくなってしまったが、杖を買って余った金でこういう遊びを覚えたようだ。


「じゃ、俺等は仕事中なんでそろそろ行くっすね」

「あっ、そうなんだぁ。残念だけど、じゃあまたね、マーくん」


 マーナンと俺に手を振って別れの挨拶を終え、爽やかな悪魔っ娘お姉さんがお店へと戻っていく。背中の小さな作り物の羽がパタパタと揺れ、お尻の尻尾もふりふりゆらゆらと揺れている。


 名札には“小さめサキュバス、Cカップ、サキでぇす”と書かれていた。


「……ふん、行くぞ」

「今のやり取りの記憶失ってんのか? いつもの関係にはまだ戻れないぞ?」

「人違いだろう。傍迷惑な話である……」


 何事もなく、一連の問題がなかったかのような顔付きで歩き出したマーナン。


 俺も後に続き、並んで歩く。


「…………」

「…………」


 魔王様プレイってなんだろうか。


「……ふん、やはり森の方に向かっている。魔物の楽園へと入ることになるようだな。気を抜くなよ」

「うぃ〜っす」


 友として、この疑問をそっと懐に収めた。


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