第11話、ポーション泥棒の影


「お〜い、ドナガンさん」

「ん〜〜? 何かしらぁ?」


 ウチでガッツと同等の前衛職であるドナガンさん。


 筋骨隆々で力強く、雷魔法と戦斧により撃退した魔物は数知れず。


 女口調に初めは違和感を感じるも、人の良さが滲み出ていてすぐに気にならなくなった。


「今朝ってさ、ヤバいのいたんだろ?」

「いたのよぉ、あたしなんて震えあがっちゃってもぅ……やんなっちゃう!!」


 一つ離れたテーブルで既に泥酔している様子だが、記憶は確かにあるように見受けられる。どうやら勘違いということもなくマーナンの言うことは真実らしい。


「で、どうしようもないからみんなで宴会を?」

「そういうことね。逃げようにもアレがどこに行ったのか分からないし……ただ領主は期待している冒険者には何かしらの理由を付けて遠征させたりしているみたぁい」

「あぁ、だから《希望剣》に緊急依頼が来てたのか……」


 これからも将来有望な《希望剣》を生かしておきたいというのは分かるが、あからさま過ぎやしないだろうか。


 サンコー山脈だったか。かなり遠くに出ると小耳に挟んだし、今夜は会えないかもしれない。


「……仕方ねぇ。今日は純薬草もないし、することもないから帰っちゃおっかな」

「ならば我が研究室でマナポーションをたんまり作ってから帰るがいい。我に貴様の価値を示すのだ」

「人間の頼み方をしなさい?」


 まぁ、マーナンはこういう奴だから気にはならない。むしろ急に変わられても困るかもしれない。


 ギルドを後にした俺達は、本拠地前で伸びをして学園へと戻る。


「…………これは」

「なんだよ、ギルドの誰かがまたやったのか?」


 飲み過ぎて吐いてしまう輩が稀に出る。飲酒するなら自分の飲める量は把握しておこう。鉄則だ。


「そうだ」

「そうなのかよっ!!」


 ギルド前の地面をやたらと関心を持って見下ろしているので何かと思えば、変わり者のマーナンであっても意図の分からない行動である。


「しかしおそらく、酔い覚ましのチェイサー代わりにでもポーションを飲んだ者なのだろう。見ろ」

「嫌だ。説明だけ聞かせてもらう」


 吐瀉物など視界に入れたくはない。つられてしまっては大事だ。


「ポーションは血液に触れると淡く光る。だからポーション摂取時には身体が光るのだ」

「ふ〜ん」

「今朝、ここで戦闘があった。もしくは怪我を一方的に負わされた者がいたのだ。そしてそれはすぐに隠蔽されたようだ」


 どうやら道端に血液があり、吐いたポーションがそれに反応していたようだ。


「もしかして、そいつは負傷してたまたま目に付いたポーションを掻っ攫って行ったってことか?」

「そのようだ。しかしこれなら我が魔法で犯人を追跡できる」

「いやいやいやいや…………そいつでしょ? タイミング的に、ヤバい強者のやつって」

「ふん、負傷してポーションに頼る者が絶対的強者の筈がなかろう。おそらくは……件の強者から通り過ぎ様に攻撃を受けたのだろう。見逃した点からも遊び程度の認識であったことが伺える」


 ここには今朝、二名がいた。


 一人は圧倒的強者。そしてもう一人、強者からの攻撃を受けた者がいる。


「助けを求めずに逃げたことから察するに、盗賊や山賊、犯罪者か魔族、反魔女派辺りではないのか」

「……なら、ちらっと様子だけでも見てみるか。考え過ぎの勘違いだろうから衛兵さんには言えないし」


 ギルドの男性面子が女性陣の誘惑を受けて鼻血を出したなどの可能性の方が圧倒的に高い。


「うむ、ならば…………〈痕跡追尾トレース〉」


 マーナンだけに見えているらしい。


 霊魂のようにぼんやりと見える人影が、あの血液を地面に落とした時点から起こした行動をこれから辿るようだ。


 けれど、どうしたことかマーナンの表情は険しくなる。


「……貴様の錬成キットは携帯しているな、助手よ」

「助手じゃねぇよ、不当解雇にあった後だ。……帰るつもりだったから錬成キットなら持ってるぞ。見りゃ分かんだろ」


 何故そのようなことを訊ねたのだろうか。


 追跡魔法を見るマーナンの目が細められ、鋭利にその影を見つめている。


 もしや戦闘を覚悟した?


「おえっ…………うおえっ……ちょっとぉ、水とかを用意するのだっ」

「お前、吐瀉物の方を〈痕跡追尾トレース〉したな?」


 俺の持っているものはマーナンには勿体ないのでギルドに戻って水を貰い、要らない吐き気を貰ってしまったお馬鹿さんに手渡す。


 マーナンはそれで押し込もうという気迫で一気にグラスの水を飲み干し、改めて魔法を発動した。


「ふん、〈痕跡追尾トレース〉。暴け、盗人の醜態を……」

「お前の醜態ならすぐに見られるのにな」


 グラスを返して戻って来たタイミングで再びマーナンの視界に朧げな人影が現れる。



 ♢♢♢



 ファーランドから離れた街道。


 デューブック王国内の都市間を移動するには馬が引く馬車が一般的である。


 聖域外といえども比較的安全な道筋はある。


 魔物にも縄張りや棲家があり、目撃例や群れの移動などの情報を冒険者から入手すれば行くべきルートは見えて来る。


 がしかし、全てを網羅できるわけではない。


 人並びに連なるこの馬車列もそうであった。


『コケェ……』

「…………」


 ホノオクイドリ。飛行しない鳥類の魔物だが、強靭な脚力とナイフのような鋭い爪が必殺と呼べるまでに強力である。


 そして、大きい。


 先頭馬車を引く御者を見下ろし、獰猛さを物語る眼光で見定めている。


「…………う、うぃ〜あ〜、ふれぇんど」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 御者の対応策を目にして、馬車の窓から顔を出していた者達が目を剥いた。


『コケェ……?』


 ホノオクイドリが首を傾ける。


 少しばかり興味が生まれたようだ。


「…………あ、あい、ラブ、ふらいどチキン」

『コケェーっ!!』


 ホノオクイドリは激昂した。


 鳥類の仇を討たんがために、必殺の前蹴りを繰り出す。その爪は岩をも抉り、人体などいとも容易く切断してしまう。


「〈盾撃シールドバッシュ〉ッ!!」

「〈スカイショット〉ぉぉ!!」


 しかしホノオクイドリは横合いからの攻撃により、その身体を横転させた。


『コケェ……!? …………コケェェ』


 何者だ……一回転して見事に立ち直った後に、鳥類の守護者はその眼で問いかけた。


「……き、《希望剣》だ。《希望剣》が来てくれたぞぉぉおお!!」

「やったぁ!! 助かった!!」


 貴公子然とした出立ちと動かざる山を思わせる二人の男達。見間違うことなどないだろう。 


 《希望剣》のエドワードとクラウザーだ。


「……ここからは私達が相手になろう」

『…………』

「《希望剣》エドワード、……参――――」


 参るの“る”を掻き消して、


「――〈鏖殺雷撃びりびりライトニング〉」


 気の抜ける可愛らしい掛け声と共に鮮やかな紫の雷光がホノオクイドリへ撃ち込まれた。


『…………こ、けぇ…………』


 摩訶不思議にも鈴の音で走った雷撃はホノオクイドリを瞬時に黒炭へ姿を変えた。


 煙を一度大きく吐き出したホノオクイドリは、すぐにパタリと倒れ込む。


「…………」

「…………」


 ……危険極まり無い魔物が一撃で葬られてしまい、エドワード達は呆然自失となる。


「――ダメじゃないか、私の指示もなしに馬から降りては」


 馬上から肩を竦め、エドワード等を見下ろすその美少女モルガナ。


「い、いまのは、君か……?」

「いつものモルガナの魔法よりも幾分に……つ、強かったような」


 後光射すモルガナを見上げて問うも、当の彼女はそれどころではない様子であった。


「そんな些細な疑問は今この時に必要かい? いいや、要らないね。どの時間軸にも、どの世界線にも不要だ。何故なら私は労働後の癒しの為に、とても急いでいるからね」

「…………」

「あぁ、すまない。……二人の乗り捨てた馬をオーミくんが誘導して来てくれたよ。早く乗るんだ。そしてもっと焦るんだ。でないと私が手を下しちゃいそうだよ?」


 右手から馬を引き連れてやって来たオーミへ視線を向け、モルガナはいつもよりも率先して急かした。


「し、しかしだね、モルガナ。魔物におそ――」

「馬車列を襲撃している魔物がいても無視するんだ。今日は特別に全て私が倒してあげよう」

「そんなことをさせられないっ!! 君が心配だか――」

「するかしないかは私が決めることだろう? 本日のリーダーである私にほんの一粒たりとも己の意思を持たず盲目的に従いたまえ」


 一息に言い切ったモルガナは有無を言わさずに視線で素気無く『馬に乗れ』と命じた。


「……危ないと判断した場合は――」

「さぁ、行くよ。今日はなんと秘密裏に買ったあのコスチュームが届く日だからね。この高揚感、癖になっちゃう」


 乗り込むエドワード達を置いて、上機嫌のモルガナが馬を嘶かせて駆け出した。


「……すげぇ、綺麗だなぁ……」

「なんと美しい……」


 馬車列から覗くモルガナの姿は女神そのものであった。


 噂に聞く《希望剣》の美少女魔法使い……。救出による対価を求めることもなく、風のように疾走して去っていく。


「追いついたっ……!! ……ところでモルガナ、依頼成功の暁にはウチでディナーでもどうだろう。シェフが腕によりをかけた晩餐を用意しているんだ」

「う〜ん、それはいいかもね」

「そうかっ、初めて受け入れてもらえたな。よし、決まりだ」

「決まらないよ。だって行かないからね」

「……な、何故だい? いつも断るではないか」


 隣り合うモルガナとエドワードを嫉妬の目で見る者は多い。


 ファーランドでもギルドでも……。恋人なのだろうという認識をする者が大多数であった。


「いつも断るよ? 何故なら私は忙しいからね。……そう、とても忙しいんだ」



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