第10話、マーナンとお昼


 四十路程度にまで年齢が若返ったマーナンを連れて、俺はギルドへの帰路に就いていた。


 マーナンは呼び出した大きな闇の手に殴られて頬を晴らしている。


 初期に三本のマナポーションで有利を取るとか、そんな次元ではない化け物を呼び出してしまい、マーナンは一先ずは敗北を認めたのだという。


「おのれ……」


 俺の背後で復讐の炎が燃え上がっているが、今日のところは闇魔法と話が付いたようだ。


 せっかくなので、昼飯と頬の傷を癒すポーションをと共にギルドへと足を運んでいる。


「そういやさぁ、うちのギルドからポーションが盗まれたんだけど何か知ってるか?」

「知るわけがなかろう。我は最近、研究室に入り浸りだったからな」

「だろうな。研究室に布団もパジャマも干してあったもんな」


 魔法と暮らしていると言っても過言ではなさそうだ。


「ただ、今朝方のこのファーランドには異様なまでの強者がいたということは、凄まじい魔力を感じ取った我なら分かる」

「は……? どのくらいを言ってんのよ。お前やガッツは勝てるだろ?」


 ガッツとマーナンは単独でも強いが、本当に稀にパーティーを組むこともあるし、この二人がいれば安心なのではないだろうか。


「無理だ」


 立ち止まったマーナンが真面目な顔付きで断言した。


「…………マジ?」

「あぁ、無理だ。その者がここに現れたなら、是非もなく全滅だ」

「……衛兵さんに言っとく?」

「生徒に過ぎない我が気付くのだから、教師陣やギルドの者達は既に動いているはず」

「酒飲んでたぜ? いつになく早い時間からギルドの奴等は酔ってたぜ?」

「……諦めたか」


 ギルドの人達は、最後の晩餐代わりに宴会を開いていたらしい。


「心情は察して余る。今の我等がどうこうできる類の強さではなかった。トップ冒険者が集まらなければ抗えない強者であったからな」


 やはりモナではない。何者であったとしても《嘘の魔女》の前ではあまりに無力だ。立ち向かえる可能性があるだけでモナではないことが分かる。


 では何者なのだろうか。


「…………ま、俺が考えることじゃねぇな。メシ行こうぜ」

「カツサンド以外、あり得ん」

「また? 昼飯のカツサンド率が高くね? 好きだねぇ。じゃあ、俺はカツ丼にしよ」


 ギルドの酒場は料理のメニューが豊富で酒よりもそちらを目当てにやって来る一般客までいる。


 俺達はギルドに帰るなり、酒臭さから逃げるように端の席を取る。ギルドに入って右手にある酒場のカウンターでメニューを注文して、調理係のおばちゃんが作ってくれたのを受け取ってからまた席へと戻る。


 肉厚の豚カツを使ったサンドイッチと丼物。豚肉と濃いソースとパンの相性は抜群なのは、分かる。分かるが俺はカツ丼派だ。


「このさぁ……卵のところが最強なんだよな。出汁も入ってるんだろ? 美味い厚切り豚肉に旨い卵に米だぜ? 狂気の沙汰じゃん」

「ふん、何も分かっていないな。豚カツのほんの少し野暮ったい油をこのパンが相殺しているのだ。つまり、欲を言えばマスタードがあれば完璧なのだが」

「言ってる意味は分かんないけど、ちょっと待ってな。……タナカさぁ〜ん」


 ヤクモの届けてくれたポーションをタナカさんから受け取り、マーナンに渡す。


「…………なんだ、これは。貴様のポーションならカツサンドの傍ら、しっかりと飲み干したぞ」

「カツサンドに付けてみ。電撃走るから」

「……くだらん、失望したぞ。そのような幼稚な悪戯をするようになったとはな」

「いいから付けてみって」

「あぁっ!? なんということを……」


 有無を言わさず、勝手に幻滅するマーナンのカツサンドにポーションを垂らす。


「……失望に次ぐ失望。貴様は解雇だ、助手よマぁスタぁドぉぉおおおおふはははははははぁっ!!」


 言葉終わりにカツサンドを一齧りしただけで電撃が走ってしまった。


「くっ、なんだ、このポーションは……。カツサンドとの相性が最高ではないか。このツンと来る刺激っ、辛みっ、堪らん!」

「隣のヤクモが作ってくれるぞ。……あむっ」


 熱々の分厚いカツに食らいつく。


 噛み締める度に肉々しい味が肉汁と共に口の中に溢れる。


 そしてカツ丼での俺のキング。ふわふわ卵とご飯の組み合わせ。箸で上手く持ち上げて口に運ぶ……。


「…………美味い」


 カツありきにはなってしまうところがチームとして纏まっている。


 俺は言葉を飾らず、味わいながら心中で歓喜する派だ。


「やはりカツサンドはうまぁぁぁいっ!! ふはははははは!!」

「…………うるせぇな」


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